第535話 連絡役

「やっぱりアルティニン廟とは壁の質が違うな」


 ジオの執務室に現れたワープゲートを通り、やって来たのは見覚えのある材質で造られた通路。流石にここがペッグ回廊の地下一階って事はないだろうが、さっさと勇者一行を探さなければ。と俺が『有頂天』を全開にしてこのフロアの現状を探ると、すぐに魔物とは違う反応があった。どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、こちらに向かって行動を始めた。カヌスはありがたくもシンヤたちがいるフロアにワープゲートを繋げてくれたらしい。


「これは動かない方が良いな」


 独り言ちりながら、俺は通路の角から現れた、毛がウニのように尖った猿たちをアニンの曲剣で屠っていく。



「やっぱりハルアキか!?」


 猿やら鎧武者やら鵺のようなキメラやらを相手にしていたら、走ってこちらに合流してくるシンヤたち勇者一行。


「よ! 来てくれたか友よ! とりあえず話は後で、この魔物たちの相手を手伝ってくれ!」


 軽口を叩く俺の言葉に動揺しながらも、乱戦状態になっている現状を打開する為、シンヤたちは魔物たちを倒していってくれるのだった。



「で? どう言う事だよ?」


 魔物たちを一通り倒し、俺が『聖結界』を発動させて全員人心地ついたところで、シンヤが俺の後ろに見える通路の突き当たりのワープゲートを視界の隅に見据えながら、俺に説明するよう半眼を向けてくる。器用だな。


「いやあ、こっちはこっちで色々あってな。リットーさんの力を借りようと思って」


「私の!?」


 驚いて声を上げるリットーさん。まあ、状況が分からず自分の名を出されたら、誰でもそうなるよね。


「ええ。今、俺たちのパーティにダイザーロくんとカッテナさんと言う二人の面子がいるんですけど、二人に『全合一』を覚えさせて欲しいんです」


「いきなり現れて、ずいぶん勝手な要求ね?」


 ラズゥさんが俺を睨みながら正論で返してくる。


「こっちは今、地下九十九階なんだ。そこでリットー様にパーティから抜けられるのはキツいな」


 とこれはヤスさん。と言うかもう地下九十九階まで来ているのか。早いな。そりゃあ全員『有頂天』を使えるとなれば、攻略速度も早くなるか。しかしそれなら、


「良かった」


「良かった? 何が?」


 サブさんが尋ねてきた。


「まだ地下界に行っていなくて。ですよ」


「それだと、まるでオレたちを、地下界に行かせたくない。と言っているようなものだぞ?」


 とゴウマオさんが半眼を向けてくる。


「そう言う訳ではないんですけど、魔石の採掘やら地下界の開発はストップするように各国に掛け合ってください」


「は? どうしてよ? 魔王軍との戦いまでもう時間がないのよ? 早々に開発に着手しないと、準備不足で魔王軍との戦いに負ける事になるわよ?」


 当然の疑問を俺に向けてくるラズゥさん。他の面々も疑問顔だ。


「その説明の為にも、俺がここにやって来たんです」



「地下界が大魔王の支配領域で、複数の魔王が分割して領土を支配している!?」


 素っ頓狂な声を上げるラズゥさん。他の面々も声こそ上げなかったが、顔はラズゥさんと同じく驚きで固まっている。


「誰よ! そんな胡散臭い偽情報をあなたたちに吹き込んだのは!」


 意気込むラズゥさんが詰め寄ってくるのを、手で制しながら、


「カヌスです」


 と俺は冷静に事実を述べる。これにキョトンとなる勇者一行。まあ、信じられないよね。


「ハルアキ……」


 シンヤの目が、言外に馬鹿も休み休み言え。と物語っていた。


「そうだな。俺だってそっちの立場だったら信じないよ。でも事実で、あいつは、カヌスは己を初代魔王と宣ったんだ」


 更なる爆弾情報に、勇者一行が黙り込む。信じられないのか、信じたくないないのか。多分両方だろう。


「ただ、考えてもみろ。世界中にダンジョンを造り出すって事は、それだけの魔力とそれが出来るだけのスキルを超えた能力を有していると言う事であり、西大陸にいるはずの俺を、東大陸のここまでワープゲートで簡単に移動させられるだけの実力を持っているって話だからな」


 俺の言葉を聞き、皆の視線が俺が通ってきたワープゲートに注がれた。いくら『有頂天』の領域にまで達したからと言って、西大陸と東大陸でピンポイントでワープゲートを造るのは至難の業である事は、シンヤたちでも理解出来る事実だ。


「一旦、……一旦それが本当だとして、何故そのカヌスはハルアキたちに有利になるような行動をするんだ?」


 シンヤからの疑問。それは俺も思っていた。魔王であるなら、現代の魔王であるノブナガに味方してもおかしくないのに、まるで俺たちを鍛え上げるような行動をしている。おかしな話だ。裏があると考えても当然だろう。


「さあ。俺にも、シンヤにも、魔王の真意は分からない。だろ?」


 俺はそう言ってシンヤの目をジッと見た。そう。魔王の真意は分からない。二年前まで友達として仲良くやっていたと思っていたトモノリが、俺たちの前に魔王として立ち塞がっているのだ。他の魔王の真意なんて分かる訳ない。


「…………分かった。リットーさんにはそっちに行って貰う」


「ちょっ!? シンヤ、本気なの!?」


 シンヤの発言にラズゥさんが慌てている。


「ああ。リットーさんにはハルアキたちの方に行って貰い、俺たちはここで一旦引き返して、ハルアキからもたらされたこの情報を、各国に伝えよう」


「偽情報かも知れない。それを分かったうえでパーティメンバーを一人離脱させ、更には一旦引き返す。我々にはそんなに余裕はないぞ」


 シンヤに対して、冷静に問い掛けるヤスさん。


「確かに余裕はない。でももし本当に地下界が違う魔王の領土なのだとしたら、そこでの行動は慎重にしなければならないし、下手をしたら、地下界で魔石採掘に従事する事になる多くの人たちの命が奪われる事になるんだ。この情報は持ち帰る価値がある」


 シンヤの固い意志を感じ取ったのか、勇者一行は嘆息をこぼす。まあ、折角地下九十九階まで来たのに、地下九十階のワープゲートまで逆戻りしないといけないんだもんなあ。しかも次はペッグ回廊の最下層だ。そりゃあ、やるせなさに項垂れもするだろう。


「それじゃあ、私はハルアキのパーティに合流する! それで良いな!?」


「はい。よろしくお願いします」


 既に自身が何をすべきか理解し立ち上がるリットーさんと、それを力なく浮かべた笑顔で見送るシンヤ。


「ここまで来てすみません」


「いや、ハルアキの言葉が本当なら、間に合って良かった! と言うべきだろう! このまま地下百階を突破してワープゲートを開き、採掘関係者を地下界に招いていたら、どうなっていたか!」


 そう言ってくれるリットーさんは、やはり優しい騎士だな。


「じゃあ悪いがシンヤ、リットーさんを連れていくな」


「ああ、こっちこそ情報ありがとう。下手したら大量の死者が出ていたところだ」


 俺はシンヤと軽く会話を交わすと、リットーさんと連れ立って入ってきたワープゲートに戻っていったのだった。

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