第5話 事故成金

『事故成金』なんて言葉があるそうだ。事故に会った被害者が、加害者からの慰謝料などで収支がプラスになると、そう言われるらしい。


 今回の事故に関して言えば、俺がそれに当たるだろう。何せ直ぐに退院出来る程度の軽症だったにも関わらず、加害者のトラック運転手から250万もの大金が、慰謝料だか示談金だかの名目で振り込まれたのだから。俺程度の軽症で250万は結構なお値段らしい。


 しかしトラック運転手もあの事故でかなりの怪我を負ったと聞いた時は、なんか悪いなあ。とちょっと思ったが、タカシのお見舞いに行ってよくよく聞いてみると、その運転手は一等の宝くじが当たったそうだから、250万程度は痛くも痒くもないだろう。との事だった。なんか心配して損した気分だ。


 さて、何が言いたいかと言うと、俺には非課税の250万円と言う使い勝手の良いお金が手元にあると言う事だ。



 学校帰りにホームセンターに寄り道する。異世界での探索をもう少し本格化させる為だ。


 買う物は一応決めてある。まずは服。一回目でボロボロになっちゃったからなあ。もっと丈夫な服が欲しい。そうなると作業服かつなぎになるだろう。


 ホームセンターで作業服とつなぎを物色してみると、作業服を上下揃えるより、つなぎを買った方が安いと分かった。ならつなぎかな。お金はあるが、無駄遣いは宜しくない。


 次に靴。スニーカーが悪い訳ではないが、足下が岩場だからな。登山用のトレッキングシューズの方が良いだろう。そうやって見ていると、


「安全靴?」


 何でも工事現場などで使われる靴で、靴の先が樹脂やガラス繊維、鉄板などで保護されており、上から重い物が落ちてきても大丈夫なように出来ているそうだ。


(これ、良いかもな)


 俺はトレッキングシューズの代わりに、足先に鉄板の入ったタイプの安全靴を買う事にした。これに蹴られて痛がるカエルの姿が目に浮かぶ。


 さて、お次はライトかな。それもヘッドライトがいい。カエル戦で感じたが、片方の手がライトで塞がると、こちらの動きが制限されてしまう。ヘッドライトならそんな事はないだろう。


 次にナイフ。十徳ナイフがガジェット的で格好良いと思ったが、どれも刃渡りが短いな。それに折りたたみ式のナイフは、回転する根本部分に力がかかると折れる。なんて話も聞いた事がある。う〜ん、でも十徳ナイフ格好良いんだよなあ。予備として買っておこう。


 となると、やはり主戦武器は包丁だな。和包丁が丈夫そうで良いけど、高いな。命を守る為の道具だから、高いのを買うべきなんだろうけど。手を出し難い。なんだろう? 包丁を包丁として使う訳じゃないからかな。心のどこかに罪悪感がある。


 結局俺は和包丁からワンランク下がる、三徳包丁を買った。決め手は鞘が付いていた事だ。これで腰に付けて携行出来る。


 俺はレジでこれらの会計を済ませると、また異世界へと向かう為に家路を急いだ。



「良し!」


 自室の姿見の前でなんとなくポーズをしてしまう。つなぎを着て、安全靴を履き、頭にはヘッドライト、腰には三徳包丁が括り付けてある。家の中とは言え妙な格好だ。異世界の崖下ではそうでもないかな。見る人なんていないし。


 俺は予備のリュックにタオルと水、十徳ナイフを入れると、転移門を開く。転移門に入る前にヘッドライトの灯りを点けて、いざ、三度目の異世界へ!



 崖下はやはりひんやりしているな。ヘッドライトのお陰で視界の確保が楽だ。買って良かった。


 まずは昨日ぶちまけたリュックの中身の回収。それから転移門をこの崖下の別の場所に設置してから自室に帰り、もう一度転移門を潜ってみる。これで転移門の場所がこの同じ場所に固定されているのか、別の場所に変わるのか分かるだろう。



 昨日の湖の近くまでやって来ると、着替えの服やタオルが地面に散乱したままだった。俺はそれを手早くリュックに詰め込む。湖の近くはまたカエルが出るかも知れないから、あまり長居したくないのだ。


(そう言えば、カエルの死骸をスライムが食べてたっけ)


 そう思い出して、カエルの死骸のあった場所を向くが、そこには何もなかった。カエルの死骸もなければ、スライムの姿もなかった。スライムがカエルを食べ尽くして、どこかに移動したのだろう。


 どこに行ったのか、気になるような、気にならないような。まあ、スライムは攻撃的じゃなかったから問題ないか。


 そう思った俺は、湖から出来るだけ離れた岩壁まで移動すると、手を岩壁に這わせながら、崖下を奥に向かって歩いて行った。



 ここら辺が最奥部かな? と思う所までやって来た俺は、ここで転移門を開こうとして、ふと、岩壁に這わせていた手に違和感を感じた。


 首をぐりんとそちらに向けると、ヘッドライトがその正体を浮き上がらせる。


 ムカデだ。


 五十センチ以上はあろうムカデが、俺の手を這って腕を登ってきていたのだ。


「うわあああああッ!?」


 あまりにいきなりのムカデとの邂逅に、俺は怖気とともに奇声を上げ、ムカデが這い回る腕をブンブンと振り回していた。


 そして地面に落ちるムカデ。俺は素早く腰の包丁を抜くと、ムカデの頭に突き刺す。が相手は節足動物だ。首一つ落としたところで動きは止まらない。尻尾を振り回して攻撃してくるムカデ。俺はそのムカデに向かって何度も何度も包丁を突き立てていた。



「はあ……、はあ……、はあ……」



 なんか、前回もこんなパターンだった気がする。


 バラバラになったムカデから二歩後退り、尻もちをつく俺。ムカデは既に動かなくなっていた。


 ああ、ここカエルだけじゃなくて、ムカデもいるのか。て言うか、どっちもデカいな。栄養が豊富なんだろうか? こんな事を考えるのは現実逃避かな? うう、カエルもムカデも怖いなあ。こんなのばっかりの世界って事はないよね? あとはスライムか。……せめて哺乳類に遭遇したい。


 とは言えカエルもムカデも倒した。俺は転移門をこの場所に設置して自室に一度戻り、そして再度崖下にやって来てみた。


「どうやら転移門の位置は、閉じたところから開く仕組みになっているようだな」


 それが分かっただけで大収穫だ。これでこの崖下を出る事が出来れば、この異世界の冒険を満喫出来るかも知れない。

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