第4話 帰還と帰宅

 自室に帰ってきてみれば、服は破れ、血と泥で塗れている。


(シャワー浴びよ)


 俺はバスルーム前の洗面所で服を脱ぐと、脱いだ服を洗濯機に放り込み、洗濯を始めてからバスルームでシャワーを浴び始めた。


 手にはまだカエルを殺した感触が残っていた。心臓もどこかそわそわといつもより早く動いている気がする。蚊やゴキブリを殺したのとは違う。生き物を殺したんだ。と言う実感が今になって沸いてきた。熱いシャワーを浴びているのに、背中が寒かった。



「ただいま〜」


 何もやる気が起こらなくて、リビングでだらだらしていたら家族が帰ってきた。


「お兄ちゃん何かあった?」


 妹のカナが俺の顔を見るなり心配そうに声を掛けてきた。


「いや、この傷は何でもないって言うか……」


 俺はカナから隠すように、カエルに引っ掻かれた顔の傷を手で押さえる。


「傷? 傷なんてどこにあるの?」


 は? 俺は顔の傷を手で触ってみるが、つるんとしていて傷の感触は無い。俺は慌てて洗面所に駆け込んだ。


 カエルに引っ掻かれたはずの顔の傷も左腕の傷も脚の傷も、綺麗さっぱり消えていた。夢だったのかと疑いたくなる程だ。


(どう言う事だ?)


 そう言えば、シャワーを浴びた時にも傷に染みるような感覚はなかった。あの時点で既に傷はなかったのか。


 とそこで丁度洗濯機が洗濯乾燥が終わったとアラームで告げる。洗濯機から服を取り出すと、服はカエルに破られたまま、ボロボロだった。ならばあの異世界の崖下は夢じゃなかったと言う事だろう。


「お兄ちゃん大丈夫?」


 カナが心配して洗面所に顔を出す。


「またマスコミの人に追いかけられたりしたの?」


 成程、それでカナは俺に声をかけてきたのか。


 俺はあの事故以降、しつこいマスコミ対応を嫌がって、あまり外出しないで部屋に閉じこもる事が増えていた。うちの家族はその事をとても心配していたからな。俺だけ家にいた時に、マスコミが押し寄せたとでも思ったのかも知れない。


「大丈夫だ。なんにもないよ」


 俺はこちらを心配そうに見詰めているカナを落ち着かせる為に、努めて朗らかな笑顔で返事をした。


「……そう」


 カナはまだ何か言いたそうだったが、俺の笑顔を見て引き下がってリビングに引き返していった。


 ホッと胸を撫で下ろす。しかし、何で傷がなくなっていたんだろう?



 翌日。昼休み。学校のトイレに引き込もる。もちろん大がしたい訳じゃない。異世界に行く為、誰にも気付かれずに転移門を開く為だ。


 学校で、と言うか自室以外で転移門を開くのはリスクを伴うが、今回はそのリスクを支払ってでもやってみなくちゃいけない事があるからだ。


 転移門を自室以外で開いた場合、繋がった異世界は、やはりあの崖下なのか、それともそこから離れた別の場所になるのか。気になる問題だ。早々に結果を確認しておく必要があった。



 結果、転移門を潜った俺が見たのは、昨日と同じ真っ暗闇だった。俺はスマホのライトで辺りを照らし出す。懐中電灯ほど遠くまで光が届かないが、足下の岩場具合や上空が吹き抜けている事などから、恐らくここが昨日と同じ崖下だと分かる。それは少し行った先にあったカエルに襲われた時に撒き散らした、リュックの中身を見て確信に変わった。


(う〜ん、これは、地球のどこから転移門で異世界にアクセスしても、この崖下に転移するって事なのかなあ?)


 それはそれで面倒臭い。もし何かしらの方法でこの崖下を抜け出したとしても、次にこの異世界にアクセスした時にこの崖下では、あまり異世界を満喫出来そうにないな。


 別の可能性としては、転移門は閉じた場所がアクセスポイントになって、次に開いた時にそこから異世界に行ける。と言う事だが。


 ここは崖下だがそれなりに広い。転移門を一度消して、崖下の別場所で開いて学校に戻ってみるか。いや、またあのカエルの同種に出会ったらヤバい。ここは一度学校に戻り、態勢を整えてからの方が良いか。リュックの中身の回収はその時で良いだろう。


 そう思って転移門へと踵を返したが、俺は昨日殺したカエルの事が気になり、どうなったのか、と確認しに戻った。



「何だこりゃ!?」


 カエルの死体は確かに昨日と同じ場所にあったが、そのカエルは、何やら半透明で緑色のスライムみたいなのに覆われていた。


「いや、スライムみたいじゃなくてスライムか!」


 一メートルのカエルに覆い被さる緑色のスライム。結構な大きさだ。


(何やってるんだ?)


 俺はスライムに近付くと、スマホのライトで照らして観察してみる。……が何をやっているのか分からない。


 次に指で突いてみた。ずぶりと人差し指は簡単にスライムにめり込んだ。と、ジュッ! と指先に焼けるような痛みが走る。


「痛って!」


 俺は直ぐに指を引っ込めた。


「つぅ〜」


 痛みでヒリヒリする指先。何度も振ってスライムの液体を除いてから口にくわえた。酸っぱい味がした。これってやっぱり酸か。直ぐに唾液とともに酸味を吐き出す。それでも口の中がヒリヒリし始めた。


 成程、どうやらこのスライム、体内の酸でカエルの死体を溶かしながら、体内に吸収しているみたいだ。スライムって、こうやって食事をするんだな。


 しばらくスライムの食事風景を観察していたが、こちらに向かって襲い掛かってくると言う事はなさそうだ。なら放置だな。


 俺は再び転移門へと踵を返し、学校へと戻っていった。トイレの洗面台で手を洗い、自販機で牛乳を買って口の中を潤しておいた。

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