第238話 予定外
「いらっしゃいませ、パジャンよりの使者様」
俺が日本の地元にある自社に転移してくるなり、日本政府から出向してきている我が社の社員である
何かあるかも知れない。と待機だけはしておいて貰っていたのだが、まさか本当に何事か起こるとは俺も思っていなかったよ。
「ふむ。異世界にも礼儀の分かっている人間がいるのだな」
とラシンシャ天がおっしゃられているので、きっとこれがパジャンでは正式な礼儀なのだろう。
「二瓶さんはパジャンから日本に転生した、転生者さんなんです」
「成程な。余程前世で徳を積んだのだろうな」
俺の説明に、ラシンシャ天がこぼした言葉の意味が分からず、俺は曖昧に微笑み返しておいた。
「ふふ、ハルアキよ、理解出来ていないのが顔に出ているぞ」
が、人の悪いゼラン仙者に指摘されてしまう。うう、誤魔化したのに。
「別に怒りはせん」
「ですよねえ」
あははー。と笑って誤魔化す俺に、皆が嘆息していた。
「極神教では、善行を積んだ人間は、来世に英雄界に転生し、幸福な人生を歩める。と言い伝えられているのだ」
とゼラン仙者が説明してくれた。へえ、そうなんだ。そう言えばこっちの世界は、向こうでは英雄界とか言われてたっけ。
「こっちの世界も、そんなに良いものじゃあないですけどね。確かに魔物も魔王もいませんけど、普通に人間同士の戦争はありますから。あ、でも、日本に生まれてこれたのは、結構幸運な事かも知れませんね」
「そう言うものなのか?」
首を傾げるラシンシャ天に、「まあ、俺程度の人間がいる世界ですから」と説明すると、「成程」と納得された。そこはもう少し高く評価して貰いたかったんだけどなあ。
「それよりハルアキ、私は疲れたから、ホテルに直行するわ。観光買い物諸々は明日にするから」
ああ、はい。俺の事には興味なしですねえ。バヨネッタさんらしいと言えばらしいけど。と言うか、俺、明日から学校なんですけど?
「そうだな。もう夜も更けた。ぐっすり眠らせて貰おう」
とラシンシャ天に、それに頷くゼラン仙者。はあ、そうですか。
「え〜と、そう言う事なので、二瓶さん、ホテルの用意をして貰って良いでしょうか? ホテルは前回と同じホテルで良いですから」
「はい。…………あのう」
頭を下げたままの二瓶さんが、目玉だけをこちらに向けて何かを訴えてきた。あ!
「ああ! はい。説明がまだでしたね! こちらは、パジャン天国の長であらせられる、ラシンシャ天その人です!」
「…………」
二瓶さんが固まっている。
「え? え!? ええええ!? パジャンからの使者じゃないんですか!? 天!? 天自ら!? 意味が分からないんですけど!? じゃあそちらの偉そうな子供は!?」
偉そうな子供って。パニックになって思っている事が口から漏れてますよ。
「こちらはゼラン仙者です」
「ええええ!? もう意味分かんないよこの人! 待機してろって言うからしてたけどさあ、まさか国のトップ二人が自ら乗り込んでくるとは思わないじゃん! 普通、来ても使者くらいじゃん! なんでいきなりトップ会談みたいになっちゃう訳!?」
ああ、どうやら二瓶さんの心の許容量を超えた事態が展開しているようだ。まあ、あれだよ。異世界行ったり来たりしていたら、良くあるコトだよ。…………ないか。
「面白い部下だな」
「あざーす」
とりあえず二瓶さんのこの無礼な態度は不問にしてくれるらしい。ラシンシャ天って懐深いよなあ。それより気になる話が二瓶さんの口から出ていたな。
「いきなりトップ会談って、どう言う事ですか?」
俺が尋ねると、二瓶さんは頭を抱えて懊悩していたのをピタリと止めた。
「実は……」
どうやら俺がパジャンに行っている間に、日本でも色々と事態が進行していたようだ。
「ふむ。面白そうだな。余をそこに連れて行け」
二瓶さんの話を聞いたラシンシャ天の反応がこれだった。
「よ、よろしいんですか!?」
恐る恐る尋ねる二瓶さんに、ラシンシャ天は深く頷いてみせた。
「余がそこに行けば、面白いものが見られそうだからな」
にやりと笑うラシンシャ天。まあ、今回のラシンシャ天の行動力には感謝しかないかな。日本としても、向こうさんに言われっぱなしは嫌だからなあ。俺も何か仕掛けるか。
「わ、分かりました。では辻原先生には内々でこの事を伝えておきますので、ラシンシャ天にはこれからそちらに向かって頂くと言う事で、よろしいでしょうか?」
鷹揚に頷くラシンシャ天に、二瓶さんは一礼すると、すぐにメールを打ち始めた。
「私は行かないわよ」
「私もだ」
とバヨネッタさんとゼラン仙者は同行を拒否。
「あ、はい。分かりました。二瓶さん、二人はこちらとは別行動になりますので、ホテル行きの乗り物をご用意してください」
「分かりました」
二瓶さんが慌ただしく各所と連絡を取り合っている間に、ゼラン仙者がラシンシャ天の前に銀の瓶を差し出す。
「そんな赤ら顔で会談の場に乗り込むつもりか?」
確かに。ラシンシャ天はしこたま日本酒を飲んでいるからなあ。一瞬だけ考えたラシンシャ天は、
「それもそうだな」
と銀の瓶に胃の内容物を吐き出す。何なのあの銀の瓶? 魔導具? あれを差し出されると吐かずにはいられない物なのだろうか? そうして吐き出したラシンシャ天は、すっきりした顔をしている。赤みもないし、恐らく酔いも醒めているのだろう。あの魔導具の助けを借りる人生は、何か嫌だなあ。
都内某所にて、その会談はなされていた。何でも夕方からずっと続いているとか。既に時刻は午前零時を過ぎている。これは会談としては長い気がする。まあ、トップ会談の前の事前打ち合わせのようなものだからなあ、色々決めるのに、長くなってしまうのも分かるけど。
そして白熱するその会談の場に、俺とラシンシャ天は乗り込んだ。
バンッと開け放たれる会議場の扉。自然とその場にいる人々の注目は、こちらに向けられる。そこにいたのは辻原議員など日本の調整役が何人か。そしてオルドランドからクドウ大使とその部下数名。他にエルルランドからの使者らしき方々、そして、桂木翔真の姿もあった。
(と言う事は、桂木の横にいるのが、モーハルドからの使者か)
青い学生服のようなものを着た、赤紫の髪のおじさんが、目をかっ開いてこちらを注視していた。さて、どう料理しようかな?
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