第239話 傍若無人
「な、何だ貴様らは!?」
驚きで硬直する者、誰かを庇う者、冷静に事態を静観する者がいる中、モーハルドの使者は奇声を上げるようにこちらへ誰何してきた。
どうやら会議場中央の魔導具が、言語を翻訳しているらしく、モーハルドの使者の言葉はオルドランド語と日本語の両方で聞こえてくる。そしてモーハルドの使者の後ろに控えていた武官らしきお付きの二人が、使者と俺たちとの間に出てきて、使者を庇っていた。
「ふむ? 余が誰かだと? 貴様こそ誰だ? 無礼な奴だな」
ニヤニヤしながら、ラシンシャ天はからかうようにモーハルドの使者に誰何する。
「ぶ、無礼だと!? 無礼は貴様だ! この場は関係国で今後の各国の未来を、より良くしていこうと設けられた会談の場ですよ! 部外者は出て行きなさい!」
ラシンシャ天に開口一番罵られたモーハルドの使者は、目を白黒させながら、ラシンシャ天に抗議する。
「ふむ。貴様さては馬鹿だな?」
「ゔぁ? 馬鹿あ!? こんな男の侵入を許しおって! 警備の人間は何をやっているんだ!?」
「だから貴様は馬鹿なんだ」
煽るなあラシンシャ天。そして使者以外のモーハルド陣営は、
「おっと、武器は出さない方が良いですよ? 本当に国際問題になりますから?」
俺は先んじてモーハルドの武官を言葉で制する。それで何かしら仕掛けようとしていた武官たちの動きが止まる。こっちの方がまだ冷静のようだ。
「しかし天もお人が悪い。天と使者では、見えている景色が違うのですよ」
「ふむ。そうだな。弱い者イジメも悪趣味か」
俺の言葉に鷹揚に頷くラシンシャ天に、更にモーハルドの使者は声を荒げる。
「何をしている!? 何故誰も動かない!?」
それはあなた以外の人は、ラシンシャ天に何かしら感じ取っているからですよ。だって、こんな豪奢な漢服着た人が、会談に闖入した一般人の訳ないでしょ?
「使者さん、冷静になってください。この場に関係ない人間が、本当に立ち入れるとお思いですか?」
俺がそう尋ねると、使者に水の入ったペットボトルを投げ付けられた。
「私を馬鹿にするな!!」
ああ、これは完全に怒りで我を忘れているな。しかしモーハルドも、何でこんな短気な人間を使者として送り込んだんだ。まるでこの会談を破綻させようとしているようにしか思えないな。
「これは申し訳……」
「おい」
ゾッとする。俺が使者に謝るより早く、ラシンシャ天が口を開いた。その声には怒りが含まれていた。
「何をする。余の服が濡れたではないか」
その声に、その圧に、身が縮こまる。ああ、いつもはふざけているが、この人は大国の頂きにいる人なのだと実感した。怒らせてはいけないのだと。モーハルドの使者もそれを感じ取ったのだろう。先程までの気勢はどこへ行ったのか、今は顔を真っ青にさせている。
「申し訳ありません、ラシンシャ天。これは私の至らなさから招いた事態です。お怒りは私が」
バシッ。
ラシンシャ天の裏拳が俺の頬を張る。
「全く、不愉快だな。もっと面白おかしいものを想像していたのだかな?」
言いながら、ラシンシャ天は俺の前に出ていく。そうして俺にだけ分かるようにウインクしてきた。そう、これは即興芝居だ。こうやって場をかき乱し、ラシンシャ天は自身が横柄な暴君であると、不服があれば誰であろうと鉄槌を下すと周囲にアピールし、俺はこうやってモーハルドの使者を身体を張って守る事で、モーハルドの使者に負い目を感じさせて、こちらに強く出られないように仕向けたのだ。これが即興で出来るのだから、流石は大国の長。腹芸も一流である。
ラシンシャ天は係りの人間に椅子を用意させると、どかりとその椅子に座り、まさに自分こそがその場の主役であるかのように振る舞う。未だ会議場の雰囲気が浮ついている中、俺が口を開く。
「辻原さん、こちらも急ではありましたが、事前に各国の使者様方に通告くらいしてくれているものだと思っていましたよ」
俺の言葉によって、衆目が辻原議員に集まる。全てを察しているのだろう辻原議員は、笑みを深めながら一つ頷き、口を開いた。
「いやあ、申し訳なかった。こちらも議論が白熱していてね、各国に話を通す隙がなかったのだ」
俺に向かって、まるで申し訳ないと思っていない口調で語ると、辻原議員はおもむろに立ち上がり、ラシンシャ天に頭を下げる。
「不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳御座いません。全て進行役である私の責任です。首を差し出せと言うなら、差し出します。腹を切れと言うなら切りましょう。ですから、どうかあなたの矛を収めては頂けないでしょうか」
辻原議員の言葉に、ラシンシャ天は瞑目して何かしら考えているかのように周りに見せると、カッと目を見開き、
「許す!!」
と大声で大赦を出した後に「ふっはっはっはっはっ!!」といつもの笑い声を上げたのだった。
「あのう、辻原さん。こちらの方はどなたなのでしょう?」
事態が一段落したところで、クドウ大使が辻原議員に尋ねた。事態を静観していた面々、そしてかき乱したモーハルドやラシンシャ天の視線が辻原議員に集まる。
「おお! そうでした。紹介がまだでしたね。こちらは、パジャンより今日いらっしゃられた、ラシンシャ天にあらせられます」
「にゃっ!?」
にゃっ!? 奇声の方を振り向けば、モーハルドの使者が真っ青な顔で椅子に寄りかかり、気絶しそうになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます