第240話 追い撃ち
気を取り直したモーハルドの使者が、席から離れてこちらに、と言うかラシンシャ天に必死になって土下座している。
「数々の無礼、申し訳御座いませんでした」
カタカタと震える使者の姿を横目に、ラシンシャ天を見遣ると、その顔は不機嫌なままだ。辻原議員の言葉で大赦は出したが、このままモーハルドの使者を許すつもりはないようだ。
「今、貴様のところから余の国に使節団が来ていてな」
「申し訳御座いません!!」
それだけで事態を察したモーハルドの使者は、絨毯の敷かれた床に頭をこすりつけるように更に謝罪する。
「ふん。とりあえずお前の国の人間には、余の国での行動は制限させて貰う」
「そ、それは………」
「それ以上何か言うのは、止めた方が良いと思いますよ」
俺の言葉に、モーハルドの使者は土下座しながら、すんごい睨んできた。助けてあげたのに。何か理不尽を感じる。まあ、さっきラシンシャ天の激昂を庇ったからか、直接何かを言ってはこなかったが。
「まあ、私は別に良いんですけどね? あなたがこれ以上いらない口を開いたせいで、ラシンシャ天の不興を買って、モーハルドの人間全員が入国禁止になっても」
俺の言葉に、ハッとなり口を噤むモーハルドの使者。やっと事態を理解出来たらしい。それだけ混乱していたのだろう。
「では、事態が理解出来たところで、モーハルドの使者さんも、席に着いて貰えますか?」
「いや、しかし……」
とモーハルドの使者は俺とラシンシャ天を交互に見遣る。
「早く着け。余はそのままでも構わんが、他の国の使者たちが、貴様が困窮している時に何もしなかった。と貴様が国に報告しては敵わんからな」
「そ、そのような事は、滅相も御座いません!」
言いながらモーハルドの使者は素早く席に着いた。
「さて、皆さん席にお着きになられたところで、私に一つ提案があるのですが、よろしいでしょうか?」
俺の発言に、各国の使者たちが首を傾げ、自国の仲間と視線でコンタクトを取る。
「その、提案と言うのは何でしょう?」
発言したのはクドウ大使だ。異世界で最初に日本と国交を結んだと言うアドバンテージがあるからだろう。この場ではまずはオルドランドが発言するのかも知れない。
「何、簡単な事です。先程モーハルドの使者さんからもご注意がありました通り、この場をこのまま無防備に晒しているのは頂けない。と思いまして」
俺は右手の人差し指をピンと伸ばすと、その先に半透明の正六面体を顕現させる。
「それは……結界ですか?」
エルルランドの使者の言葉に俺は首肯する。
「はい。私が持っているスキルの一つ、『聖結界』です」
「『聖結界』だと!?」
俺の言葉に素っ頓狂な声を上げたのはモーハルドの使者だ。思わず、何事か!? とそちらを注視しそうになったが、そこをグッと我慢して、片眉をピクリと動かしただけに留めたのは、我ながら偉いと思う。そうしてからゆっくりモーハルドの使者を見遣ると、モーハルド陣営は全員目を丸くしていた。そんなに驚く事?
「ふん」
ラシンシャ天の咳払いに、ハッと我を取り戻したモーハルドの使者は、睨むラシンシャ天に頭を下げてから、俺に睨みを入れてきた。しかしその瞳はどこか狼狽している。
「そんなはずはない」
「何がですか?」
「『聖結界』とは、聖者になる素養のある赤子が御神より授かるスキルだ。一般人が授かるスキルじゃない」
成程、モーハルドではそのように言われているのか。多分それは『聖結界』に限った事ではなく、『聖』の付くスキルは全て特別と考えられているのだろう。
「そうですか。しかし私にそう言われても困ります。くれたのは神様ですから」
「はん! どうせ名も知らぬ三流の土地神だろう? そのような神とも言えぬ者のご加護なんぞ、ここで使うんじゃない! 我らの身が穢れたらどうしてくれる?」
腕を組んでそっぽを向くモーハルドの使者。
「そうですね。アロッパ海と言う西の大陸の内海に面する、クーヨンと言う港町で、デウサリウス様と言う神様から授かったのですが、モーハルドの方々は名前も知らない土地神のようですね」
俺の発言に慌てふためくモーハルドの陣営。
「う、嘘だ!!」
「おやあ? それは私に対してですか? それともデウサリウス様に対してですか? 私が嘘を吐いたならばともかく、もしも本当の事を言っていたとなると、あなたの今の発言は、神の否定と取られかねませんが、責任、取れるんですよね?」
「ぅなっ、そ、それは……」
うわあ、滅茶苦茶動揺しておられる。目は泳ぎまくっているし、歯は噛み合わなくてカチカチ言っているし、身体は震えている。ここまでくると可哀想になってくるが、そう思っているのはこの場で俺だけらしく、ラシンシャ天がニヤニヤしているだけでなく、辻原議員も、各国の使者も、俯いて肩を震わせている。余程この場でモーハルドの使者がやり込められている事が面白いのだろう。
「まあ、今のあなたの発言は、聞かなかった事にしますよ。さて、知らない方もおられるでしょうから、簡単にこの『聖結界』の説明をしますと、害意や悪意のある者を結界外に弾く仕様となっています。つまり害意や悪意がなければ、私がこの場で『聖結界』を展開しても、誰も外に弾かれる事がない。と言う訳です」
俺の説明に、各国がざわつく。まあ、それはそうか。どうしても各国としては自国の利益優先となるのだから。だから俺はわざとらしく首を傾げてみせる。
「おやあ? おかしいですねえ。モーハルドの使者さんは、我々が入ってきた時に、この場は関係国で今後の各国の未来を、より良くしていこうと設けられた場。だと聞いたのですが? それならば、敵対行動なんて取る国がある訳ないですよねえ?」
この発言に場が静まり返る。各国が各国の様子を窺うように目を走らせ、そして覚悟を決めたように俺に視線を向けてきた。どうやらオルドランドにもエルルランドにも、そしてパジャンのラシンシャ天にも、日本をどうこうしてやろうと言う害意と悪意はないようだ。が、
「どうしました? モーハルドの使者さん?」
モーハルドの使者は顔面蒼白で、汗をだらだら流している。まあ、そうだろう。夕方から深夜に及ぶまで会談に時間が掛かったのは、モーハルドのせいだと情報は入っている。
モーハルドとしては、表面上は同列の同盟国を装いながら、どうやらこの場で同盟国のどの国が一番か、それを決定する場のように立ち回っていたらしい。モーハルドこそが各国の盟主国であり、モーハルドの指示に従うように各国に要望していたようだ。それで話がまとまるはずがない。特にオルドランドは反発し、
しかも『聖結界』が展開されるのをこれだけ恐れると言う事は、恐らく国の上層部から、会談がご破算になっても良いから、主導権を取ってこい。との指示でも出ていたのだろう。まあ、この使者にそこを上手く立ち回れる資質はなかったようだが。
俺はここで半透明の正六面体を消滅させる。
「ふふ。皆さん落ち着かれたようですね」
『聖結界』が消滅した事で、各国から安堵の声が漏れる。
「もう深夜ですし、パジャンと言う新しく国交を望まれる国も現れました。ここは一時中断として、各国に現状報告に行かれてはどうでしょう?」
「そうですね。最後にきて、いきなり意図せぬ情報が舞い込んできましたからね。オルドランドとしても、一度国に持ち帰って話し合っておきたい」
「それが良い。エルルランドもそのようにさせて貰います」
クドウ大使がそう口にすれば、エルルランドの使者もそれに続く。モーハルドの使者を見れば、もうクタクタと言った印象だ。
「モーハルドさんもそれでよろしいでしょうか?」
「……ああ、はい。……我々はこれで失礼させて頂きます」
何とかそれだけ口にすると、モーハルドの使者は武官に肩を担がれながら、会議場を後にしようとした。
「ふむ」
とそこにラシンシャ天の声が上がり、帰路に着こうとしていたモーハルド陣営含め、全員がピタリと止まる。
「分かった。じゃあ明日だな」
全員が目を見張った。言いたい事は分かる。「早いよ明日は!」って言いたいんだよね? でも言えない。言ったらこの人何するか分からないから。だから全員が乾いた笑い声を上げていた。
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