第241話 転校生

「おはよう!」


「おはようー!」


 三学期初日。教室に入ると、学友たちが久しぶりに会う友とのあいさつを交わしていた。


「おはよう! 今日からだね!」


「ドキドキするぅ!」


 初日だからだろうか? 学友たちはどこか浮ついて見えた。いや、間違いではないだろう。浮ついているのだ。


「どのクラスかなあ?」


「ウチのクラスに来ないかなあ?」


 彼ら彼女らが浮ついているのは、今日転校してくる転校生の事が気になっているからだ。今日からウチの学校に通う事になっている転校生の注目度は高い。何せ校門前にはテレビや新聞、ネットなどのマスメディアだけでなく、結構遠くから野次馬まで来ているからだ。


「はあ」


 気が重い。


「はよー! どうしたハルアキ? 朝っぱらから溜息なんて吐いて? 景気悪いな? って言うか、顔色悪いな?」


 タカシがいつものように女子を引き連れて、朝のあいさつをしてきた。


「ああ、うん。昨日……って言うか、今日? 寝てなくてさ。もう、朝からダルいんだよねえ」


「何だよ? そんなに転校生が気になっていたのか?」


 そんな訳ないだろう。いや、気になっていたのは気になっていたのだが、それが眠れなかった理由ではない。昨夜の会談後、ラシンシャ天に連れ回されたのが大きな理由だ。



 あの後、ラシンシャ天は早速パジャンに引き返すと言い出した。その為には俺が転移門を開く必要があり、当然のようにラシンシャ天に俺は同行する事になった。


 トホウ山近くの広場に出た俺たちは、そのままその場に敷かれている魔法陣と、女官の一人が使う呪符によって、簡易転移扉を開き、一気に碧天城へ。


 碧天城に戻ってきたラシンシャ天は、真夜中である事などお構いなしに、モーハルドの使節団を呼び出した。


 呼び出しに応じた使節団に下される、ラシンシャ天からのパジャンでのモーハルド人の行動制限。モーハルドとしては、パジャンはここの南の大陸にいる魔王と対峙する為の前線基地になる重要国だ。そこで行動制限を敷かれてはたまったものじゃない。とあれやこれや言葉を尽くしたが、聞く耳を持たないラシンシャ天。余程会談の場でのモーハルドの使者が気に食わなかったのだろうか?


 ラズゥさんのお兄さんであるデイネン氏も加わり、嘆願するモーハルドの使節団。何でデイネン氏が一緒になって嘆願しているんだ? まあ、それを言ったら、謁見の間で何故か嘆願する使節団を見ている俺の存在の方が場違いだけど。


「モーハルド使節団はデイネンの肝入りで、他国より優遇されていたのです。どうせ裏で何かしらやり取りをしていたのでしょう」


 と眠気であくびを噛み砕いていた俺に、同行していた女官が教えてくれた。成程。そう言えばデイネン氏は、俺たちやエルルランドの使節団が来た時に、天は忙しい的な事を言っていたっけ。実際にはトホウ山で呑んだくれていたけど。デイネン氏はそれなりの地位にいて、天への謁見の順番とか調整出来る立場にあるのか。そしてモーハルドはデイネン氏にそれなりの賄賂を贈ったと。


 この国で賄賂が悪い事なのかは知らないが、自分が斡旋した国の人間が、行動制限なんて事になれば、それを斡旋したデイネン氏の地位も危うくなるのは分かる。そりゃあ一緒になって嘆願するか。


 だがラシンシャ天はそれらを一蹴して、モーハルド使節団やデイネン氏に下がるように命じる。


 とぼとぼと力なく謁見の間を下がろうとするデイネン氏と目が合った。デイネン氏には最初に驚きがあり、次に怒りが顕れていた。ここが謁見の間じゃなかったらデイネン氏に襲い掛かられていたんじゃなかろうか。殿中でござるとか俺嫌だよ。


「どうした?」


 謁見の間から下がろうとせず、俺を睨み続けるデイネン氏を訝しがって、ラシンシャ天が声を掛けてきた。


「いえ、何でも御座いません」


「何でもない訳ないだろう? 我が友に大して、万の恨みでもあるかのような目で睨みおって」


「と、友ですか!?」


 デイネン氏が声を裏返して驚いている。いや、デイネン氏だけでなく謁見の間にいる全員が驚いていた。俺も驚いているし。愉快そうなのはラシンシャ天だけだ。


「こ、こやつ、いや、この方は本日この国に来たばかりなのでは?」


「ふむ。友になるのに、時間は関係なかろう?」


 ラシンシャ天の言う事は至極もっともだ。俺の心が追い付かなくて、納得はいっていないけど。それはデイネン氏もそうなのだろう。パクパクと口を鯉のように開閉させている。


「ふむ。ハルアキよ、何があった?」


 ええ、俺が答えるのかよ。何か、余計な事を言うな。って感じにデイネン氏が睨んでくる。どうしたもんか。こんな人でもラズゥさんのお兄さんなんだよなあ。


「正直に答えよ」


「正直に、ですか?」


 聞き返した俺に、ラシンシャ天が鷹揚に頷く。


「ラシンシャ天も聞き知っておられますように、私とバヨネッタ様は、エルルランドの使節団の護衛としてこの国に入ったのです」


「そう言う話だったな」


「その道中でバヨネッタ様がヤマタノオロチを退治した事を、こちらのデイネン氏に説明したのですが、信じて貰えなかった。ただそれだけのつまらない話です」


 俺がそう説明すると、謁見の間がざわめいた。ヤマタノオロチが個人で退治されると言うのは、それだけ信じられない話と言う事だ。そしてデイネン氏がその情報を隠匿していた事も、このざわめきで明らかになった。故意ではなかったかも知れないが。そこでスッとラシンシャ天が片手を上げると、波が引くように謁見の間が静まる。


「ふむ。それだけでそれ程に人を睨み付けられるものなのか? 視線で呪い殺そうかと言う程だったぞ?」


「それは……、誤解と言うべきか、行き違いと言うべきか。私はエルルランドの使節団と同行してきましたから、恐らくデイネン氏は、私がラシンシャ天へエルルランド使節団を他国より優遇するように具申したのではないかと、邪推されたのではないかと思われます」


 俺の発言に、ラシンシャ天はやっと納得がいったらしく、腕を組んで頷いていた。


「成程な。デイネンには、余がいない間、様々な差配をさせていたが、ふむ、どうやら一人に権力を集中させ過ぎていたか」


「天よ! 決してそのような事は……」


「黙れ」


 このままでは己の地位が危うい。とデイネン氏が声を上げたところで、それをピシャリと黙らせるラシンシャ天。


「別に余としては、このまま貴様に暇を出しても良いのだぞ? これは余の優しさだ。今の地位にしがみついていたいのなら、それ以上口を開くな」


 その言葉に、デイネン氏だけでなく、謁見の間の全員が閉口した。それに満足したラシンシャ天が口を開く。


「ではデイネンよ。今後余がいない時の差配役は、貴様の他に二人追加し、その合議によって決める事とする。これは覆る事のない天命だ。理解したならば去れ」


 謁見の間のそこかしこで喜びの声が漏れる。対して命じられたデイネン氏は、一礼すると誰とも目を合わせる事なく、その場から立ち去ったのだった。


「ふむ。さて、エルルランドの者が今碧天城にいるのは都合が良いな。誰か、その者たちを連れて来い」


 デイネン氏の姿がなくなったところで、ラシンシャ天がそう言うと、配下の人が一人、真夜中だと言うのにエルルランド使節団を呼びに言った。


 そうして始まった真夜中の話し合い。ラシンシャ天にパジャンの上層部、エルルランドの使節団に何故か俺が加わり、更にリットーさんまで加わり、話し合いは明け方まで続き、それが終わるとラシンシャ天はその足で日本に戻ってきた。流石に疲れたのか、ラシンシャ天はすぐにホテルに直行したが。俺の方は一回家に戻ってから、寝ずに学校である。寝たい。すぐに寝落ち出来る自信がある。



 周りの話を上の空で聞き流していると、教室前方のドアが開けられた。先生が「席に着けー」と入ってきて、全員がそわそわしながら席に着く。そうして静かになったところで、先生がおもむろに口を開いた。


「皆さん、あけましておめでとうございます」


「おめでとうございます」と全員が返事をしているが、その視線は先生が入ってきたドアに釘付けだ。


「ああ、気になっているようだな? 気付いている通り、転入生だ」


「シャアアアアアアアアアアッ!!!!」


 男子たちが大喜びしている。転入生が女子だと知っているからだろう。女子は女子で喜んでいるので、嫌ではないのだろう。


「では、二人とも入ってきてください」


 と言う先生の発言に教室がざわりとする。二人? 一人じゃないのか?


 教室前方のドアが開けられ、入ってきたのは二人の女子高生だった。制服こそ着ているが、二人とも今時の女子高生とは思えない、床に付きそうな程長いスカートを穿いている。


 一人は腰まで伸ばした藍色の髪をしており、もう一人は、金髪を首の後ろで二つ結びにして、毛皮の帽子を被っている。その姿に、俺とタカシは思わず互いの顔を見合わせていた。


「では、自己紹介を」


 先生に言われて藍色の髪の女子高生が一歩前に出る。


「オルドランドから来ました。ミウラです。よろしくお願いします」


 綺麗なお辞儀である。その自己紹介に全員のテンションが爆上がり、拍手喝采が起こる。彼女はオルドランドの日本駐在大使をしているクドウ氏の娘さんである。綺麗な日本語を話せる事から、言語翻訳のスキルを取得しているのだろう。


 そして拍手が静まったところで、もう一人、金髪の女子高生が自己紹介を始めた。


「はじめまして皆さん。エルルランドから来たアネカネです。仲良くしましょうね!」


 そう、もう一人とはバヨネッタさんの妹、アネカネだったのだ。更にクラスのテンションが爆上がる中、俺は現状の面倒臭さに輪を掛けて面倒臭くなってきた事に、深い溜息をこぼすのだった。

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