第265話 疑惑

「大丈夫よ」


 俺が入口の扉の方を気にしていたからだろうか、アネカネが声を掛けてきた。


「分かるのか?」


 俺が尋ねると首肯が返ってきた。


「私の召喚した子とは、感覚がリンクしているから、外の様子もしっかり見えているわ。ハルアキの結界も機能している。皆その中で大人しいものよ」


 そうか、皆無事か。そして言われて気付いたが、アネカネの周りにいる召喚獣が、角ウサギから灰色狼に代わっていた。角ウサギたちは日本人たちと一緒に外に出ていったのだろう。彼らが守ってくれるなら安心感も増すな。


「さてと、懸念材料が一つ減ったところで、バヨネッタさん、お待たせしました。加勢します」


「遅いのよ。まあ、ハルアキ一人いなくても、こんな雑魚たち倒すのに苦労しないけれど」


 それはそうでしょうけど、出来るなら早目にカタをつけたいところだからなあ。俺はそんな事を思いながら、『空間庫』から二丁の改造ガバメントを取り出し、それに無限弾帯をセットする。


「いきます!」


 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…………ッ!!!!


 改造ガバメントから連射される銃弾によって、掃討されていく魔物たち。そこにバヨネッタさんのトゥインクルステッキとナイトアマリリス、バヨネットが加わり、吸血神殿一階は、あっという間に見える範囲が銃雨によって埋め尽くされていった。



 三分後━━。


 眼前の魔物は全て霞となって蒸発していた。


「馬鹿じゃねえの。主従そろって見境なしかよ。俺たちの他にも冒険者はいるんだぞ」


 武田が呆れたように口にするが、それくらい俺だって分かっている。これでも一応全合一が使えるのだから、他の冒険者の位置くらい把握済みだ。


「大丈夫ですよ。それより、早く下階に急ぎましょう」


 俺がそう口にして同行していた冒険者の男を見ると、男はうずくまってガタガタ震えていた。


「あのう、大丈夫ですか?」


「ひいっ! すみません! 助けてください!」


 男の対応に、俺は周りから半眼を向けられる。いや、俺、何もしてないじゃん。むしろこの男を助けているじゃん。そこで、助けを求めてきていた冒険者は正気に戻り、すっくと立ち上がると、


「こっちだ!」


 と何者もいなくなった一階を、何事もなかったかのように奥に向かって駆けていく。その後に続く俺たち。


「やっぱりおかしいわね」


「あの男ですか?」


「周囲の様子がよ」


 トゥインクルステッキに乗りながら、辺りの確認をしていたバヨネッタさんに、「周囲」の部分を強調して言われた。


「そうですねえ、神殿に吸収される前に、霞になって消えていましたからねえ」


 俺の同意に、一行が頷く。


「全くだ。しかも経験値も入らないときている」


 愚痴る武田。


「経験値が入らない、ですか?」


「ああ。俺も何体か魔物を倒したのに、レベルが上がっていないんだ」


 そう言えば武田の『空識』には、鑑定だか看破だかの能力もあったんだっけ。自分を鑑定すれば、レベルは分かるか。


「勇者だから、レベルアップし難いとかじゃないんですか?」


「いつの時代のJRPGの話をしているんだよ。例えそんな変な縛りがされていたって、経験値自体は入っていないとおかしいだろ?」


 武田の『空識』だと、そこまで分かるのか。普通に凄いな。


「でもそれってつまり、俺たちがさっきまで相手をしていたのは、幻影って事ですか? それだと、あの人が怪我を負っていた辻褄が合いません」


 先を行く冒険者に聞こえないように、少し小声で武田と会話する。


「俺たちを誘導する為に、わざと怪我をしていたのかも知れないだろ?」


「誘導? 何の為に?」


「それは…………分からないけど」


「これが何者かによって誘い出されているのだとしても、俺たちはこの魔物の大量発生の元凶を叩く事に変更はないだろう」


 とジェイリスくん。確かにねえ、ここで大量発生を叩いておかないと、安心して日本人たちのところに戻れないからなあ。


「全くだわ。私の勇姿を見せようと思っていたのに、計画が台無しよ。これを引き起こした奴は殺す」


 バヨネッタさんから殺気が迸っている。恐ろしい。それよりも、


「これって、やっぱり人為的なものなんですかね?」


 俺の疑問に、全員が溜息をこぼす。


「もしこれが、自然的な魔物の大量発生なら、魔物は霞となって消えたりしないでしょ。明らかに人為的なものよ」


 ごもっともです。


「多分相手のスキルは『粗製乱造』だ」


 武田の発言に、全員が頷く。そんなスキルもあるんだ。


「どう言うスキルなんですか?」


「劣化コピーを大量に生み出すスキルだよ」


 そのまんまだった。


「魔王配下の魔族が、都市攻略に良く使用するスキルだ」


 と武田の顔がいつになく真剣になっていた。


「じゃあ、これって魔族による攻勢なんですか?」


「僕はそう考えている」


 答えたのはジェイリスくんだ。他の皆も同様なのか、厳しい顔をしている。しかし、これが魔族による攻勢ねえ?


「おかしくないですか?」


「何がよ?」


 俺が疑問を呈すると、バヨネッタさんを始め、全員から半眼を向けられた。


「『粗製乱造』による都市攻めが有効なのは分かりますけど、俺なら上のサリィでやります。下の吸血神殿でする意味が分かりません」


 俺の疑問は正鵠を射ていたのか、皆が黙り込んだ。


「ここで騒ぎが起これば、上の常駐軍が動きます。その混乱に乗じて、サリィの方を攻める気なのでは?」


 このミウラさんの発言は、確かに作戦としてはあり得ると思う。でも、それは上の軍だって気付くだろうし、ここの制圧に、軍の大多数を投入する事態になり得るのだろうか?


「もしくはここに欲しいものがあって、それを取りに来たとか? はないですかね?」


 その、俺が何か言う度に半眼になるのやめて欲しい。


「欲しいものと言われてもな。ここは全てを飲み込む吸血神殿だぞ? そんなもの……」


 そこで士官学校時代の同期であるジェイリスくんとミウラさんが、顔を見合わせた。


「いえ、でも、魔族はどこでこの情報を?」


「可能性としては、情報を知る何者かが魔族を手引きしたとしか……」


 どうやらこの吸血神殿の地下には、何かがあるらしい。


「話は一旦ここまでにしましょう。大穴に到着したわよ」


 バヨネッタさんの言葉で、会話は一旦幕を閉じ、そして俺たちの眼前には、足元を霜に覆わせる程の冷気を吹き上げる、ベフメルの吸血神殿の数倍はあるであろう大穴が姿を見せたのだった。

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