第264話 下心

「ハルアキ!」


「分かっています!」


 バヨネッタさんが宝物庫からトゥインクルステッキやナイトアマリリスを取り出す横で、俺は『空間庫』からスイッチっぽい物を取り出して、そのスイッチを押してみせる。その後展開される『聖結界』。俺を含む日本人たちが『聖結界』に覆われた。


「それは?」


 秋山さんの問いに、


「結界発生装置です」


 と俺はそれっぽくスイッチを見せた。こんな非常事態だから、『聖結界』が使える事をバラしても良いのだが、出来るなら隠しておきたい。今後の活動に支障が出るかも知れないからねえ。


 ドドドドドド…………ッッ!!


 そんな俺の横で、バヨネッタさんは最初から全開だ。トゥインクルステッキとナイトアマリリスを使って、わらわら沸いてくる凍血鬼たちを熱光線で撃ち抜いていく。その攻撃に合わせるように、俺たちはジリジリと入口へと後退する。


「凄い……!!」


「うおおおおッ!!」


 こんな時だと言うのに、『マギ*なぎ』スタッフ陣はバヨネッタさんの活躍に大はしゃぎしている。呑気なものと言うべきか、夢中になると周りが見えなくなると言うべきなのか。対して秋山さんやウチの社員たちは耳を塞いで緊張状態である。出来るならこの場から一目散に逃げ出したいだろうが、結界から外に出る勇気はない。と言ったところか。


「おかしくないか?」


 そんな中で武田が、口元に拳を当てて疑問を口にする。


「何がですか?」


「聞いた限りでは、凍血鬼って、ボス部屋にいる魔物なんだろう? いくらバヨネッタさんが強いからと言って、あんなにバタバタ倒されていくのは、ちょっと名折れと言うか、弱過ぎじゃないか?」


「何を適当な事言っているのよ! 倒せているんだから問題ないでしょ! それだけバヨネッタさんが強いって事よ!」


 武田の言に秋山さんが反論するが、


「いや、その男の言っている事は理解出来る」


 とジェイリスくんが擁護する。


「士官学校時代に凍血鬼とは何度か対峙した事があるが、あいつ一体に数十人の士官学生があたるんだ。いくら何でも弱過ぎる」


「多分、量が多い事と無関係ではないんじゃないかしら」


 アネカネが口にする。アネカネはいつの間に召喚したのか、象の牙に横乗りし、俺たちを覆う『聖結界』の周りに、二メートル級の角ウサギを四体配置していた。


「成程、大量に発生している分、一体一体の能力が減じているのか。それならあの弱さにも納得出来る」


 とジェイリスくんも首肯する。


「へえ、弱くなっているのか。なら、今の俺でも倒せちゃうんじゃないか?」


 下衆な事を口にしたのは武田だ。


「馬鹿! 変な事考えてんじゃねえよ!」


 と言っても遅かった。バチンッと『聖結界』の外に弾き飛ばされる武田。


「どぅわッ!?」


 いきなりの事態にその場の全員の目が点になる。


「どう言う事?」


 武田が、訳が分からない。と言った表情で尋ねてきた。


「この結界は、悪意や害意を弾き飛ばす仕様なんです。武田さん、この非常事態に変な事考えたでしょ?」


「変な事って! ちょっとここで株を上げたいな。と思っただけだよ!」


「それはそうなんでしょうけど、俺の結界はそれを結界内の人間に危険をもたらすものと判断したようです」


「じゃあ俺はこのままなのか!?」


「頑張って戦ってください」 


「マジかよ!?」


 だってしょうがないじゃないか。それは自分が蒔いた種だ。この『聖結界』は武田を受け付けない。一度『聖結界』を解除すれば、再度武田を取り込む事は出来るだろうが、ここで武田の為に皆を危険に晒す判断は出来ない。


「クソっ! まあ良いさ。バヨネッタさんがいるからな。ここまで凍血鬼もやって来ないだろう」


 武田は楽観的な事を口にするが、それってフラグですか? って聞きたくなるな。


 バンッ。


 と武田のフラグが早くも回収された。凍血鬼たちから氷の礫が飛んできて、『聖結界』にぶつかってぜた。


「マジかよ!?」


 言いながら武田は両手にナイフを構える。


「バヨネッタさん!?」


「数が多いのよ!」


 そう言って、更に宝物庫からバヨネットを取り出すバヨネッタさん。


「バヨネッタさんでもですか!?」


「凍血鬼だけじゃないのよ!」


 凍血鬼だけじゃない? その発言の意味はすぐに理解出来た。左右から、灰色の何かが襲い掛かってきたからだ。


「はっ!? 何こいつ!? グレイ!?」


 声を上げる秋山さん。それは灰色と言うより銀色に近いメタリックな小人だった。


「グレイじゃなくてゴブリンです」


「ゴブリン!? いや、どう見てもグレイなんですけど!?」


 驚いているところ悪いが、それに対して議論を交わしている場合じゃない。ゴブリン二体を斬り伏せているジェイリスくんを横目に、


「とにかく! 走りますよ!」


 と俺は皆に声を掛ける。周りにはグレイのようなゴブリンだけでなく、四足歩行の正にブタであるオークまでが現れていた。もうこの場で遅々としてはいられない。


「フゴッ!」


 こちらに直進してくるオークの攻撃を、半身になって躱した武田が、ナイフを逆手に持ち替えて、そのオークの背に突き刺す。するとまるで凍血鬼のように霞となって消えるオーク。おかしい。


 先程ジェイリスくんが斬り伏せたゴブリンもそうだ。霞になって消えていた。この吸血神殿は、魔物がやられたからって消えたりしない。死んだ魔物は神殿に吸収されるのだ。それなのに吸収される前に霞になって消えている。これは異常事態だろう。もしかしたら魔物たちが大量に沸いてくるのと関係しているのかも知れない。


「入口が見えてきた!」


 北見さんの声に思考は中断され、入口の方を見遣ると、その入口は今まさに閉ざされようとしていた。恐らく神殿内の異常事態に気付いたからだろう。他の入口から入った冒険者が凍血鬼たちに遭遇して、危険を知らせたのかも。


「嘘でしょッ!?」


 秋山さんが悲鳴を上げる。しょうがない。俺は『聖結界』から出ると、『聖結界』を球体に変形させ、それを入口目掛けて思いっきり蹴飛ばした。


『聖結界』内が悲鳴に包まれるが、球体になった『聖結界』はゴロゴロと吸血神殿の入口へと、一直線に転がっていき、何とか扉が閉ざされる前に神殿内から脱出に成功したのだった。


「無茶するわね」


 トゥインクルステッキに乗るバヨネッタさんが、呆れたように俺を見下ろしてくる。


「非常事態ですから、許してくれますよ」


 許してくれなかったら、とりあえず土下座しよ。


「俺、逃げられなかったんだけど」


 と既に肩で息をしている武田が、半眼で俺を見詰めてくる。


「武田さん……、頑張ってください」


「マジかよ!?」

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