第263話 張り切ると碌な事がない
「さあ! 張り切っていくわよ!」
珍しく声を張るバヨネッタさんは、両手に金と銀の
現在俺たちがいるのは、空中浮遊都市サリィの下、ビール川の中州にある吸血神殿の前だ。この吸血神殿はビール川沿岸にある吸血神殿の中でも最大のもので、入り口は三つ、深さは地下十階まである。
何故こんなところにいるのか。それは夜会まで時間があるからだ。『マギ*なぎ』スタッフ陣から、どうせなら魔法で戦っているところを撮影したい。との申し出を受けた為に、俺たちはこんなところまで来ている。バヨネッタさん、自分がアニメになるからって、スタッフ陣に甘くない?
「元気ないわね?」
「寒いんすよ!」
ガタガタと身体を揺する俺たちを見て、バヨネッタさんが首を傾げているが、俺からすれば元気にしている方がどうかしている。オルドランドは現在冬なのだ。そんな冬空を、吹きさらしの飛竜に乗ってここまでやって来たのだから、身体が凍える程冷たくなっている。
「何を言っているの? あの程度の風に音を上げていたら、何も出来ないじゃない」
元気なバヨネッタさんの言う事はもっともだ。そして俺だってその程度の寒さに震えるはずないのだが、
「この神殿めっちゃ寒いんですけど」
冬だから当然なのか、はたまた別の要因があるのか、白亜の建材で出来ている吸血神殿が、とても冷たい。冷気が外にいる俺たちにまで届く程に。ベフメルの吸血神殿に潜った時は夏だったから気にならなかったが、冬の吸血神殿は凍死するんじゃないかってくらい寒い。何故だ? デレダ迷宮やペッグ回廊はそれ程寒くなかったのに。
「何を甘ったれた事を」
俺たちが吸血神殿に行くと聞いて、同行してきたジェイリスくんは、その身体を鎧に包み、愛剣を腰に吊るして、呆れたように俺を見てくる。
「そんな事を言われても、滅茶苦茶寒いんですけど。ジェイリスくんこそ、そんな金属製の鎧を着ていて、寒くないの?」
「いや、全く。と言うか寒がっているのはお前らくらいだぞ?」
本当かよ? だが確かに、俺を始め、ウチの社員やテレビクルーは寒がっているのに、こっちの世界の人間であるバヨネッタさん、アネカネ、ミウラさん、ジェイリスくんは寒がっていない。武田が寒くないのはその脂肪のお陰だろうから除く。
「もしかしてハルアキ様、防寒の魔法を使用していないのですか?」
「何それ?」
ミウラさんにそう言われて、俺たちが首を傾げると、同行者一同から嘆息が漏れた。
「吸血神殿は、冬は凍血神殿と呼ばれる程寒くなるダンジョンなんです。防寒の魔法は必須ですよ」
それを先に言ってください。血も凍る寒さとか、ヤバ過ぎる。
「じ、じゃあ、とりあえず」
俺は『空間庫』から魔法陣の施されたテープを取り出し、それを左腕に巻き付け魔力を通す。それだけで血流が温かくなり、身体がポカポカしてきた。ふう。と一息吐いたところで、それを他の日本人たちにも巻き付けていった。
「あれ?」
何故か『マギ*なぎ』スタッフ陣まで腕を出してきた。
「バヨネッタさんから、防寒の魔法を掛けて貰ったんじゃなかったんですか?」
「いえ、今までは気合いでどうにかしていました」
気合いだったんだ。凄いなスタッフ陣のやる気。そう思いながら俺はスタッフ陣にもテープを巻き付け、全員に行き渡ったところで、
「さてと、じゃあ行きましょう」
とバヨネッタさんに声を掛ける。
「いや、俺がまだなんだが!?」
声を上げたのは武田だ。
「必要ですか?」
「必要だよ! 俺まだレベル一で魔力も低いし、魔道具も一つも持っていないんだからな!」
さいですか。俺は仕方なしに武田にもテープを巻き付けた。
「さてと、それじゃあ改めて、受付行って誓約書書きましょう」
「誓約書ですか?」
秋山さんが尋ねてきた。
「はい。これから行くのはダンジョンと言う名の戦場ですから、何が起こっても、例え死んでも自己責任って言う誓約書にサインしないと入れません」
「戦場……ですか」
息を呑む秋山さんら日本人たちに、俺は静かにゆっくり頷いて、脅しを掛ける。ある程度こちらで行動を制限しておかないと、何か起こった時に対処に出遅れるからねえ。
「ふっふっふっ、ふっふっふっ、ふっふっふっ……」
「相変わらず存在がキモいやつね」
「存在がキモいって、秋山さん、俺の事そんな風に思っていたの!?」
吸血神殿に入って、ずっと笑い続けている武田に、テレビディレクターの秋山さんから、辛辣な口撃が与えられた。目を見開いて驚く武田だが、さもありなんとしか俺には思えん。
「何なの? キモいし、音声が入るから、静かにしていてくれないかしら」
確かに、カメラのマイクにずっと笑い声が入っていたら、データが使い物にならなくなりそうだ。
「いや、やっとレベルアップの機会が巡ってきたと思ったら、こう、自然と笑いが込み上げてきてしまってさ」
「え? あんた戦うつもりなの?」
秋山さんが、信じられないものを見るような目で武田を見ている。
「当然さ。だからこうやって武器も持ってきているんだから」
そう言って武田は腰に挿していた二本のシースナイフを手に掴んでみせると、それをくるくるっと回転させ、何度か攻撃のフリをしてみせる。様になっているなあ。流石は前世勇者だ。
「無理でしょ」
が、秋山さんには洗練された武田の動きは、まるで理解されなかった。
「おかしいなあ。これを見せればどんな女性も惚れると思ったんだけどなあ」
そんな邪な気持ちでナイフを振るうなよ。
「へえ、凄いじゃないか。レベル一でそのナイフ捌きは普通は出来ないぞ」
そこに声を掛けてきたのはジェイリスくんだ。
「一朝一夕で身に付けられる動きじゃない。相当な研鑽を感じさせる代物だ」
ジェイリスくんにべた褒めされて、武田が照れている。
「本当に凄かったです。今のもう一回やって貰って良いですか」
そこにアニメーターの巽さんも声を掛けてきた。
「いやあ、良いねえ。太っているのにその機敏さ。逆に絵になるよ」
「確かに、凄味を感じる動きだった。歴戦の勇士を彷彿とさせる」
総監督の中島さんや脚本の北見さんまでが、武田を褒めちぎり、男たちが武田を囲んでわいのわいのとやっている。良かったねモテて。男だけど。
ダァン!
そこにいきなり銃声が鳴り響き、日本人全員がビクッと硬直した。
「どう? 見たかしら? 私の今の勇姿」
声のした方に顔を向ければ、バヨネッタさんがキャッキャとはしゃいでいた。
「…………すみません、見ていませんでした」
「何でよ!? 今は私の勇姿に、皆が酔いしれるところでしょ!?」
「いや、あの、はい、すみません」
なんかごめんなさい。
「って言うか、まだ一階ですよ? 魔物が出るとは思えないんですが」
吸血神殿は地下一階から魔物が出る仕様のはずだ。まだ地上一階なのに魔物が出るだろうか?
「私が間違えたとでも?」
バヨネッタさんに睨まれた。思わず目を逸らす俺だった。
とりあえず、全員で倒したもののところへ向かうと、傷だらけの男が倒れている。
「バヨネッタさん!?」
「あれえ? おかしいわねえ」
おかしいわねえ。じゃないから! 俺は急いでポーションを取り出すと、倒れていた男に飲ませた。
「…………う、うぐっ、はっ!」
ポーションが効いたからだろう。傷の癒えた男が覚醒して、人の多さにびっくりして大口を開けている。
「大丈夫ですか?」
俺の声掛けにハッとなった男は、俺の服の袖を掴んで訴えてきた。
「た、助けてくれ!」
「あ、はい。いや、今助けましたけど」
と言うか、ウチの主人が危うく殺しかけて申し訳ありません。
「違う! 俺じゃない! 仲間だ! 下階に凍血鬼が出たんだ! 今すぐ救援を差し向けてくれ!」
凍血鬼? 何それ?
「冬場のこの吸血神殿に出る鬼です。氷結系の魔法を使う魔物です。どうやらこの男性は凍血鬼にやられたようですね」
そうなんだ。バヨネッタさんにやられた訳じゃなかったんだな。
「地下何階に出たんですか?」
「二階だ。そこら中で徘徊している」
「馬鹿な!?」
「ありえません!」
男の言を、ジェイリスくんとミウラさんが否定する。
「それってヤバいのか?」
「普通は凍血鬼は地下六階より下に出るんです。それも大きな部屋に。それが二階で徘徊しているなんて」
つまり、深い場所にいるフロアボス的な奴が、低い階層でうろついていると。それも何体も。それは確かにヤバいな。
「おい! それは本当なんだな!?」
ジェイリスくんが男に詰め寄ったところで、
ダァン! ダァン!
バヨネッタさんの銃声がまたも響く。
サッとそちらを見遣れば、俺たちから離れた場所で、全身が氷で出来たような白い鬼が立っていた。そしてバヨネッタさんの魔弾に撃たれた白い鬼は、ゆっくりその場に倒れ込み、床に伏す前に蒸発して消えた。
「どうやら状況は予断を許さないようね。ハルアキ、アネカネ、ジェイリス、ミウラ、日本人には誰一人傷付けさせず、この場を切り抜けるわよ」
バヨネッタさんの命に、わらわらと地下から這い出てくる凍血鬼たちから視線を逸らさず、俺たちは頷いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます