第262話 再会
オルドランド首都サリィにある白亜の館。その玄関前に数台の馬車で到着した俺たちを、俺と年の変わらない男女が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、ハルアキ様」
館の女主人、ベフメ伯爵がこちらに向けて恭しく頭を下げた。
「やめてくださいよ。これまで通り『学生さん』で良いですよ」
こちらを持ち上げるような対応にこそばゆさを感じた俺が、そう答えると、
「そうですか? でも流石に『学生さん』は他人行儀過ぎますよ」
ベフメ伯爵の相好が崩れる。良かった。
「お変わりないようで良かったです。再会出来て嬉しいわ」
と改めてあいさつしてくれた。良かった。最初の応対はジョークだったらしい。そして俺は彼女の一歩後ろに立つ少年に声を掛ける。
「や、ジェイリスくん。来ちゃった」
「見れば分かるよ」
俺の差し出した手を、ジェイリスくんが握り返してくれる。そんな俺たちの横では、ベフメ伯爵とミウラさんが再会を喜び合っていた。
「ベフメ様、玄関で立ち話ではお客様も困ってしまいますよ」
二人より更に下がったところで控えていたドイさんが、ベフメ伯爵にそれとなく忠告する。その忠告にベフメ伯爵は俺たちの後ろにいる皆に目を向けた。バヨネッタさんにアネカネ、ウチの社員たち、武田にテレビクルー、『マギ*なぎ』のスタッフ陣が手持ち無沙汰で控えていた。
「そうね。では皆様、館の中へどうぞ」
俺たちはベフメ伯爵に招かれ、その後に続いて館の中に入る。
「え? あの大通りに店舗を確保してくれたんですか?」
館の二階。大窓の向こうにバルコニーが見える部屋で、俺はベフメ伯爵から差し出された契約書を査読する。
「ええ。クドウ商会がわざわざ我が領に支店を出してくれるのですから、相応の場所はこちらで用意させます」
ありがたい。一等地は無理だと思っていたからなあ。やはり領主にコネがあるのは強いな。
「支店を出すんですか?」
『いらっしゃい!』シリーズのディレクターである秋山さんが尋ねてきた。
「はい。オルドランドと言えば『ベフメの砂糖』と言われるくらい、ベフメ領で採れる砂糖はこの世界で有名なんですよ。領都のベフメルも水運で栄えていますしね」
「へえ。そうなんですね」
「ええ。既にウチの商会で輸入自体は始めており、地球産の砂糖にはない爽やかな甘みで、料理店などでは使われ始めていますね」
「爽やか、なんですか?」
「ええ。『ベフメの砂糖』は砂糖瓜と言う瓜から作られているので、ウリ科の持つ爽やかさがあるんです」
「瓜から砂糖が作られているんですか!?」
秋山さんだけでなく、カメラマンも『マギ*なぎ』スタッフ陣も驚いている。何故か武田まで。あんたの前世はこっちだよね?
「瓜自体の味はスイカやメロンよりもあっまいですね。でも形はヘチマみたいなんですよ」
「おお!」と日本人たちから声が上がったところで、使用人がワゴンを押してバルコニーにやってきた。ワゴンに載せているのは、今話題に上がった『ベフメの砂糖』の元である砂糖瓜だ。
「皆様、丁度砂糖瓜の用意が出来ました。一度試食してはどうでしょう?」
計ったようなタイミングで特産品を出せた事に、眼前のベフメ伯爵がわずかに口角を上げていた。皆の前に、一口大に切り分けられた砂糖瓜が載った皿が配られていく。
「さあ、どうぞ皆様、ご試食ください」
ベフメ伯爵の言で、全員が小さなフォークで砂糖瓜を口にする。
「あっまい!」
誰かの発言を皮切りに、「こんなに甘いの!?」やら「天然の甘さじゃない!」など、様々な意見が飛び交う。それを満足そうに眺めるベフメ伯爵とジェイリスくん。
「しかし、本当にタイミング良く首都におられましたね? 私がミウラ嬢経由でベフメ伯爵に連絡を入れて、まだ数日ですよ?」
俺の質問に二人が視線で会話する。
「たまたまだよ」
とジェイリスくん。
「そうなの?」
「この時期は首都で夜会が開かれる事が少なくない。僕たちも、その夜会の一つに出席する為に首都にやって来たんだ。こうやって伯爵様自らハルアキと契約を交わせたのは、本当にたまたまさ」
そうなのか。と俺は査読の終わった契約書を、後ろに控えてくれていた七町さんに渡す。
「内容は理解しましたし、好条件ですし、これで良いのですけれど、一応ウチの現地スタッフに確認させてからサインさせてください」
「慎重ですね」
ベフメ伯爵が首を傾げた。
「まあ、あの頃とは違って、自分の身一つと言うわけではないですから。それに既に現地にスタッフを送っているんですけど、無駄になっちゃうのがもったいないんで」
「そうですか。社員にも気を使っておいでなのですね」
はは。貧乏性とも言う。
「それはそうと、どうでしょうハルアキくん。その夜会が今夜開かれるのですが、ハルアキくんも出席なさいませんか?」
「は?」
ベフメ伯爵からのいきなりの提案に、思わず変な声が漏れた。
「いやあ、そう言う夜会って、招待状か何かがないと入れないんじゃないんですか?」
「大丈夫ですよ、事前に連絡を入れておけば。それにあの『神の子』であるハルアキくんが夜会に来てくださると知れば、先方も良いように取り計らってくださるでしょう」
「ああ、でも着ていく服がないんですよ」
「なら僕のを貸そう。嫌なら首都のレンタル店から取り寄せても良い」
行きたくない。って暗に伝えているのに、絶対行かせようとしているの何これ?
「そうだわ。皆様も是非夜会に出席なさってください。良い取材になるんじゃないかしら?」
おいおいマジかよ。ベフメ伯爵の発言に、日本人たちは降って湧いた幸運とでも思ったのか、喜びの声を上げる。うわあ、外堀から埋めていかれた。これ絶対俺も出席しないといけないやつじゃん。俺が出ないと言えば全員行けなくなると分かっているからだろう、日本人たちの期待の視線が痛い。
「分かりました。出ますよ」
「ありがとうございます」
にっこり笑顔のベフメ伯爵。領にいた頃と変わらぬ事の進め方だ。
「どうせ、既に先方に私が行くと伝えてあるのでしょう?」
「あら? どうだったかしら?」
ベフメ伯爵は、とぼけた顔でジェイリスくんをちらり。
「もしかしたら、先方が勘違いしている可能性はありますね」
しれっと言うジェイリスくんも、腹芸が上手くなってきているじゃないか。
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