第266話 標的

 ダダダダダダダダダダダダ…………ッ!!


 大穴の側面に沿うようにこしらえられた階段を降りていく間も、魔物たちが引っ切り無しに襲い掛かってくる。それを俺とバヨネッタさんが撃ち落として前に進む。


「やはり異常だ」


「ああ、そうだな。寒すぎるんだけど」


「それは毎年の事だ」


 俺が寒さの辛さを訴えても、ジェイリスくんの返答は淡々としたものだった。


「僕が異常だと言っているのは、階を跨いで魔物たちがこちらへ襲い掛かってくる事だ」


 そっちか。


「それは『粗製乱造』のスキルで作られた偽物だから、この吸血神殿の魔物として、システムだか創造主だかに認識されていないからじゃないのか?」


「だとしても、こちらへ襲い掛かってくる量が多いと言っているのだ。見ろ」


 とジェイリスくんが指差す先は、他の階段だ。この大穴は大きいから、階下へ降りていく階段が外の入口と同じく三つある。他の二つの階段では、この異常事態に、上階へと上っていく冒険者パーティが散見された。


「確かにおかしいな」


 他の二つの階段を見遣ると、魔物たちが冒険者パーティを追い掛けてはいるものの、俺たち程理不尽な数ではなく、対応を間違えなければ対処可能な範囲と言えた。その事から、明らかにこちらが標的なのが窺える。


「これはどう言う事なんだ?」


 ジェイリスくんが、自身の前を先導していた冒険者の男の肩を掴んで自分に振り向かせた。


「ひいっ! 頼む、助けてくれ! 仲間の命が懸かっているんだ!」


 男はそう言っては、手を合わせて必死になって嘆願してくる。


「やはりこの先に魔族が待ち受けているのか?」


「悪くない! 俺は悪くない!」


 ジェイリスくんが詰め寄っても、まるで会話が成立しない。仕方ない。


「事情を説明して貰う。でなければ撃つ」


「ひいいいいっ! やめてくれ! 撃たないでくれ! 勘弁してくれ!」


 俺が軽い脅しのつもりで銃をチラつかせただけで、男は顔を覆って恐怖にうずくまってしまった。皆の白い目が俺に突き刺さる。


「ええ……、そんな態度にならなくても良くない? 銃口も向けてないし、やり過ぎではないでしょ?」


「しかしこんな恐慌状態になられては、事情も聞けないんだが?」


 ジェイリスくんの言う事はもっともです。


「いえ、それでも情報は得られたわ」


 とバヨネッタさんは確信がありそうに口にした。


「情報ですか?」


「ええ。これだけ銃を怖がると言う事は、この男、銃による攻撃を受けた事があるんでしょう」


 ああ、成程。それなら必要以上に銃を怖がるのも分かる。


「でも、お姉ちゃん、この男の人と会った時、傷だらけだったけど、銃痕はなかったわよ」


「恐らく、治癒系魔法かスキルの持ち主がいるんでしょうね」


「ポーションじゃなくて?」


「この男の怖がりようからしたら、魔法かスキルと考える方が妥当よ。この男も冒険者だもの、一度や二度、銃で攻撃されたからって、ここまで精神を折られたりしないわ。これは恐らく、死なない程度に何度となく銃で撃たれ、その度に治癒されて、また撃たれてを繰り返されて心を折られたのよ」


 エグい。想像しただけで震えが止まらない。この吸血神殿が寒いからじゃなく、人間のおぞましさに寒気がして震える。


「何者なんですか、俺たちに対してこんな事を仕掛けてきている連中は?」


 魔族が銃を使うと言うのは、何とも奇妙と言うか、ミスマッチだ。この先で待っているのは魔族じゃない可能性も出てきたな。


「さあ? 何であれ、余程我々の中に恨まれている人間がいるんじゃないかしら?」


 なら俺じゃないな。俺は至極真っ当な人生を送ってきたから、人にも魔族にも恨まれてはいないはず。


「何やったんですか、バヨネッタさん」


「なんで私だと決め付けるのよ?」


 半眼で睨まれた。


「でも、ここまで恨みを買いそうな人って、バヨネッタさんくらいしか思い浮かばないんですけど?」


 きっとお宝関連で無茶をしたのだろう。ありそうな話である。


「ハルアキが私をどう言う目で見ているのかは分かったわ。でもね、この場には私以外にも恨みを買っていそうな人間がいるじゃない」


 そう口にしたバヨネッタさんの視線は、武田へと向けられていた。


「この攻撃が魔王軍によるものなのだとしたら、セクシーマンが標的になっていてもおかしくないわ」


 成程。現代の魔王軍が五十年前の魔王軍と繋がりがあるかは分からないけれど、かつて魔王を打倒したセクシーマンが、この世界に戻ってきたとなれば、標的にされてもおかしくないか。


「良かったですねえ、武田さん。大歓迎じゃないですか。モテモテですよ」


「まだ俺と決まった訳じゃないだろ!? ジェイリス卿とかミウラ嬢はこの国の貴族の子女なんだ! 標的にされたっておかしくない!」


 成程、武田の言う事にも一理ある。


「確かに、僕はマスタック侯爵家の血を引いているしね。標的にされていてもおかしくないか」


 ジェイリスくんは認めるんだ。でもそれをやると、大人二人が立つ瀬なくなるんじゃないかな?


「まあ、そうねえ、私かも知れないわねえ。私も商人や貴族相手に、結構強引な取り引きとかしてきたから、恨みを買っているかもねえ」


「いやいや〜、俺じゃないかなあ。やっぱり魔王軍的には、俺と言う存在は無視出来なかったんだろうなあ」


 張り合うなよ、大人二人して。


「まあ、何であれ、その連中のところまで案内して貰えば、敵の正体も判明するでしょう」


 そして早くここから出ましょう。寒いから。俺の言葉に全員が頷き、冒険者の男を恐慌状態から立ち直らせて先に進む。


「しかし、あの男、本当にセクシーマンなのか?」


 道中でジェイリスくんが尋ねてきた。


「ああ。俺のいる世界に転生してきたんだ」


「おお!」


 俺の答えに、目を輝かせるジェイリスくん。いや、そんな対象ではないと思うが。


「男の子って、勇者とか好きよねえ」


 横のミウラさんが、呆れ顔でジェイリスくんを見ていた。確かになあ、その対象が武田じゃなかったら、俺も憧れの眼差しで勇者を見ていたかもなあ。でもなあ、振り返った先にいる武田は、冴えないおじさんにしか見えなかった。



「連れてきたぞ! おい! いるんだろ!?」


 吸血神殿地下二階。その入り組んだ迷路の先に、その部屋はあった。辺り一面霜に覆われたその部屋は、それなりの大部屋で、四角い支柱が何本も立っており、死角が多い。部屋には凍血鬼やら他の魔物たちがうじゃうじゃいたが、今までとは打って変わって襲い掛かってこない。それだけで誰かの統率下なのが分かる。


 全合一が出来る俺や、『空識』を持っている武田には、柱の影に人が隠れているのはバレバレだ。武田なら鑑定で誰がどのスキルか分かっているかも知れない。俺たちは、無策で部屋の中へと進み出る冒険者の男の後を、周囲へ警戒しながら進んだ。


「Stop there!!」


 とそこに男の声が響いた。いや待て、今「ストップ」って聞こえたんだが? そうして柱の影から、次々と人影が現れる。俺たちの前の柱からは、二人の男が現れた。一人は冒険者然とした服装の男。そしてもう一人は、その男のこめかみに拳銃を突き付けていた。服装は白い冬季迷彩だ。周りの人影たちも一様に同じ格好。武装はアサルトライフルやらPDWである。


「ノコノコト、良ク来タヨ、ハルアキ・クドウ」


 眼前の冬季迷彩の男が、たどたどしいオルドランド語でそう話し掛けてきた。


「あー、皆さん、すみません、俺案件だったみたいです」


 成程成程。何をどうやってこいつらがここにいるのかは分からないけど、こいつらアンゲルスタだな。

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