第140話 伝えたい

 アニンの翼を広げ、無間迷宮に舞い降りる。


「相変わらず何もない所だなあ」


 360度見渡す限り、広漠な空間が続くのみで、ちょっとしたでっぱりやへこみもない。見続けていると侘びしくなる。そんな空間だ。


「さて、こんな所で長居するつもりもないので、さっさと脱出しましょう」


 背中のジョンポチ陛下を振り返ると、決心した顔で頷いてきた。俺の首に掛けられた陛下の手に、力が込もるのが分かる。


「さて、タイプBでいきますかね」


 タイプBとは自分の時間を加速させるタイプの『時間操作』だ。分かっているとは思うが、タイプAが周囲の時間を遅速させるタイプである。


 俺は歩き出し、眼前二百メートル程の場所に扉が出現したところで走り始め、徐々に速度を上げていく。そしてどんどんと縮まっていく俺たちと扉との距離。もうこれ以上は縮められない。と言うくらいまで扉に接近したところで、俺は『時間操作』によって自らを加速させ、扉へと手を伸ばす。これによって俺は扉に手が届く……はずたった。


(届かない!?)


 時間加速でどんどん速度を上げていっていると言うのに、扉にはあと一歩、いや、あと半歩と言うところで届かない。更に加速させても俺たちと扉との距離は変わらなかった。



「はあ……、はあ……、はあ……」


 ちょっと休憩。タイプAより魔力消費量が少ないとは言え、同時に子供を背負って全力疾走したのだ。そりゃ疲れるって。


「どうしたハルアキ? 扉に手が届かなかったぞ?」


 一端下ろしたジョンポチ陛下が不安そうな顔を見せる。


「やはり余がいては、第一の扉は突破出来ないのかのう?」


「いや、そう言う訳じゃないと思いますけど」


 俺はジョンポチ陛下を安心させる為に笑顔を作るが、内心ドキドキである。これが全力疾走によるドキドキなのか、脱出出来なかった時の事を考えてのドキドキなのか、陛下と二人っきりと言う事へのドキドキなのか分からない。はっ! これが吊り橋効果! これが恋と言うやつか!


『そんな訳なかろう』


 アニンが俺にだけ聞こえるようにして、冷静にツッコミを入れてきた。


(まあ、そうなんだけど。焦るよね。すぐに脱出出来ると思っていた無間迷宮が、走っても走っても脱出出来ないとなると)


『そのやり方では、いつまで経っても脱出は不可能だろうな』


(どう言う事?)


 俺は首を傾げる。


『ハルアキよ。この迷宮の仕組みを忘れたのか?』


 迷宮の仕組み? 確かアキレスと亀のような仕組みだ。アキレスがどれ程速く走ろうと、亀には追い付けないと言う……あ!


『気付いたか。ハルアキのタイプBは己の時間を加速させる。つまり周囲の環境側に立って見れば、単に走る速度を上げているのと変わらないのだ。それでは扉へはたどり着けん』


 あははー、ですよねえ。うわあ、格好悪い。最初からタイプAを使っていれば、ここから脱出出来ていた訳か。そりゃあアニンも最後の手助けをしてくれなかったはずだよ。


「ハルアキよ、大丈夫か?」


 アニンと二人で会話していた俺を心配して、ジョンポチ陛下が顔を覗き込んできた。


「ええ。大丈夫です。脱出のプランは固まりましたから」


 俺はそう言って、ジョンポチ陛下に向けて背中を差し出す。


「そうか?」


 声に若干の不安を残しながら、ジョンポチ陛下が俺に身体を預けてきたところで、俺は立ち上がって走り出す。直ぐ様第一の扉が出現し、俺たちは扉との距離をどんどんと縮めていった。


 そしてこれ以上は距離を縮められないと言う場所まできたところで、俺はタイプAの『時間操作』を使い、周囲の時間を遅速させた。やはり魔力がガンガン削られていく。しかし先程まではこれ以上縮められなかった扉との距離が、徐々に徐々に縮まっていく。あと少し、もう一センチで扉に手が届くと言うところで、アニンが腕に变化してその扉を開けてくれ、俺たちを無間迷宮から脱出させてくれた。


「はあ……、はあ……、はあ……、出れたあ……」


 俺はジョンポチ陛下をゆっくり床に下ろすと、その場に大の字になって寝そべる。ああ、疲れたあ。やっぱりこのタイプAで脱出すると、体力も魔力も0になるなあ。


「おお! ハルアキよ! 御聖殿に戻ってきたぞ!」


 ジョンポチ陛下は周囲を見回し、そこがコントロールルームであると分かると、とても喜んでいた。


 そして仕様書を片手に陛下がコントロールパネルを触ると、モニターの画面がパッパッと変わっていく。


「おお! 扱える……。余でもこの御聖殿のパネルを扱えるぞ!」


 喜んでいるなあ、ジョンポチ陛下。その笑顔を見ると苦労した甲斐があったと言うものだ。にやにやしてしまう。はっ! これが恋と言うやつか!


『違う!』


 アニンに冷静にツッコミを入れて貰った。



「ふむ。これでサリィ中に余の姿が投影されているのかのう?」


 不安そうにこちらを振り向くジョンポチ陛下に、俺は頷きモニターを指差す。モニターの中のサリィの街には、ジョンポチ陛下の姿、と言うかコントロールルームの中が、中空に映し出されていた。それを見た陛下は、より一層顔を強張らせるのだった。


「ええ、驚いている方が大多数、と言うかサリィにいる全員が驚いているかと思われますが、こちらは帝城内にある御聖殿と呼ばれる聖域より、オルドランド帝ジョンポチ陛下が、現在の状況に不安を抱えている住民たちに、一言伝えたいとの事で、このような手段を取らせて頂きました」


 ジョンポチ陛下が話を始める前に、俺がカメラの前に立って事態の説明をする。陛下が脱出出来るか分からない無間迷宮に、もう一度潜ってでもしたかった事が、これであった。俺がジョンポチ陛下を振り返ると、陛下は平静を取り戻したのか、俺にゆっくりと頷き返してから、カメラに向かって話し始めた。


「サリィに生きる民たちよ。ムチーノとノールッド大司教に端を発する今回の件で、人心は乱れ、街は荒れ、外を出歩く事もままならぬだろう。その事に余も心を痛めている。まずは全員落ち着きを取り戻して欲しい」


 良い出だしだ。


「何が善で何が悪か、分からなくなっているのかも知れない。だが、誰もが自身やその周囲の人々の安寧を求めていると余は分かっている。ならばこそ、その優しさを家族や縁者だけでなく、その更に周囲の人々や、このサリィに住む全ての人々に向けて欲しい。きっとそれが今回の件を終息させる一番の早道だからだ。心穏やかであれ、サリィの民たちよ。余はいつでもそなたらに寄り添い生きていこう。そしてともに今回の件を乗り越えようではないか。このサリィで、いや、このオルドランドでともに暮らす同士として」


 おお。これは初めての放送にしては及第点なのではなかろうか。と言うか、俺にこんな演説は出来ないなあ。流石幼いとは言え一国の帝である。帝王学とか学んでいるのかなあ。ジョンポチ陛下も言い終わった安心感でホッとしている。


「さて、余の話は終えたのだし、折角ここにハルアキもいるのだから、ハルアキにも何か一言話して貰おう」


 え? 俺がさて撤収だとカメラを切ろうとしたら、いきなりジョンポチ陛下がアドリブをぶち込んできた。え、どうしよう。これ、何か言わなきゃいけない流れだよね?


「え、ええと、はじめまして皆さん。ハルアキと申します」


 ええ、どうしよう。何も考えてないよ。


「ええと、皆さんは私の事を『神の子』だともてはやしてくださいますが、私を持ち上げたり、私を拝んだところで、意味などありません。即刻やめましょう。何故、そのような事を言うのか、とお思いでしょうが、これには理由があります。何故なら皆さんもまた、『神の子』だからです」


 俺はごくりと唾を飲み込み話を続ける。


「この世界は神が創り給うた世界であり、ならばこの世界で生を受けた我々は、等しく『神の子』なのです。今、サリィの情勢は不安定です。ですが皆さん、自身が『神の子』であり、また対する相手も『神の子』である事を忘れずに、付き合っていきましょう。あなたが傷付けようとしている相手もまた、『神の子』なのですから」


 と俺はそこで一礼するとカメラを切った。うひぇえ、ヒヤヒヤしたあ。まあ、言った事は百パーセントバンジョーさんの受け売りなんだけど。


「むむう」


 とすぐそこでジョンポチ陛下が腕を組んで唸っていた。


「どうかされました陛下?」


「ハルアキよ。なんだか余より格好良い事を言っていなかったか?」


 ちょっとすねているジョンポチ陛下だった。


「そんな事ありませんよ。陛下の方が格好良かったですよ」


 俺のそんな言葉にも、陛下は納得いっていないようだった。

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