第139話 帝城へ
迎えは自走車だった。使者が運転する自走車で帝城に向かう。自走車に窓は付いていたが、カーテンで閉めさせて貰った。今は外に集まっている人々と顔を合わせたくなかったからだ。
帝城は逆さ亀サリィのほぼ真ん中に位置する。周りをお堀で囲まれた白亜の城は、サリィのどの建物より高くそびえ立っており、その威容を首都に集まった人々に見せ付けていた。
帝城正門から自走車で乗り付け、通されたのは謁見の間ではなく、帝城の中庭にある東屋だった。壁はなく、柱と屋根だけの東屋で、オルドランド帝ジョンポチ陛下は、シャーベットを食べながら、俺を待っていた。
「ああ! ジョンポチ様ズルい!」
自走車で一緒にやってきたディアンチュー嬢が陛下の元へ駆け寄り、シャーベットを羨ましがっている。
「なんだ。ディアンチューとバンジョーも来たのか」
ジョンポチ陛下はガラスの器に盛られたシャーベットをひとすくいすると、それをディアンチューに食べさせながらちょっと驚いていた。
「すみません。一緒じゃまずかったですか? お話がある。としか聞いていなかったので、ディアンチュー嬢やバンジョーさんが一緒でも問題ないかと思っていたのですが」
「ふむ」
ジョンポチ陛下に嘆息されてしまった。駄目だったらしい。
「今回の事はこのサリィの、ひいてはオルドランドの根幹に関わる事でな。バンジョーはおろか、ディアンチュー嬢の耳にも入れる事は出来ぬのだ」
と陛下の脇に控えるソダル翁が教えてくれた。そうなんだ。それって異国人である俺が関わって良い問題なんだろうか? とりあえずディアンチュー嬢とバンジョーさんには、別室でシャーベットを食べて貰う事になった。
「それで、お話とは何でしょう?」
人払いをされた東屋で、シャーベットを出されれば、溶かしてドロドロにする訳にもいかないので、俺は急いでシャーベットを食べながら陛下に尋ねる。アイスクリーム頭痛で頭がキーンとする。
「うむ。ハルアキお主、余を連れてもう一度無間迷宮に行ってはくれぬか?」
どう言う事?
御聖殿と呼ばれるコントロールルームらしき場所へは、一本の廊下を進んでいく必要がある。そこを俺とジョンポチ陛下とソダル翁や護衛の騎士たちが進む。突き当たりに御聖殿と城とを結ぶ渡り廊下へ続く扉があり、そこを兵士二人が守っていた。見覚えがある。俺を捕縛した二人である。
ジョンポチ陛下に向かって敬礼をする二人は、俺の顔を見てバツが悪そうな顔になった。別に俺も恨んではいない。この二人は職務に忠実だっただけだ。
ジョンポチ陛下と俺の二人だけで渡り廊下のある扉の向こうに行くと、ソダル翁を始め、騎士や兵士たちが「おお!」と声を上げた。何事か? と振り返ると、
「本当に御聖殿に入れるのだな」
とソダル翁が驚いていた。何でもこの御聖殿に入れるのは、長いオルドランド帝国の歴史でも、帝の血を継いでいる人物だけだったらしい。つまり、俺は帝の血を引いていないにも関わらず、御聖殿に入った帝国史上初めての人間であるそうだ。まあ、御聖殿と言っても、あるのはコントロールルームなんだけど。それを知らなければ、凄く神聖な場所なんだろうなあ。
俺とジョンポチ陛下はソダル翁たちを置き去りにして、渡り廊下を進み、コントロールルームに入る。中には相変わらず複数のモニターにサリィの至る所が映し出され、このサリィの状況をリアルタイムで監視出来るようになっているが、今のサリィは、あまり見ていて気持ちの良いものじゃないな。
「これだな。このパネルのスイッチを押してみてくれ」
仕様書を手に持ち、俺に指示するジョンポチ陛下に従って、俺はコントロールパネルのスイッチを押した。すると入り口付近に無間迷宮へと落ちる穴が開いたのだ。万が一の可能性として、何かしらのスキルや魔法でこのコントロールルームに侵入してきた輩を、無間迷宮に落とす為だ。
このコントロールルーム自体中空に浮いているのに、落とし穴があるのは不思議だが、穴を覗くとどこまでも続いている。途中に区切りもないので、この穴自体空間が歪んているようだ。
「やはり、ハルアキがスイッチを起動させれば、この御聖殿も言う事を聞くようだのう」
そう言って陛下は俺と同じスイッチを触るが、落とし穴は開いたまんまで、うんともすんとも言わない。逆に俺がスイッチに触れると、落とし穴は開いたり閉じたりするのだった。これではまるで俺がこのコントロールルームの正当な主であるかのようだ。
そう感じてしまっても仕方がない。この御聖殿と言う名のコントロールルーム、今代まで代々の帝がその制御を試してきたが、動かせたのは建国の祖である初代オルドランド帝のテイレクスその人だけなのだから。テイレクスがどのようにしてこの逆さ亀サリィを手中に収め、どのようにして動かしてきたのかは、過去の文献からなんとなく分かってはいたが、その詳細となるとあやふやだった。
いや、仕様書があるんだから動かし方自体は分かっているのだが、まさかテイレクスも、跡目を継がせた自分の子孫たちが、このコントロールルームを動かせなくなるとは思っていなかったようだ。どうやらこの逆さ亀サリィのコントロールルームは、無間迷宮を突破した人間、それも第一の扉から脱出出来た人間にしか動かせない仕様であるらしい。
それは無間迷宮を俺が第一の扉から脱出し、御聖殿から現れると言う、初代オルドランド帝テイレクスと同じ轍を踏んできた事で証明されたようだ。言われてみれば、脱出不可能のはずの無間迷宮が、逆さ亀の中に内包されていると知れているのは、不思議だと思っていたのだ。テイレクスが脱出した事で、それがあると知れ渡っていたのだな。
「しかし、本当にやるんですか?」
俺はここに来るまでにも何度もした質問を、もう一度繰り返す。
「うむ。初代以外誰も成し得なかった事を余が成せば、余に対する貴族たちや民たちの視線も変わるだろう」
まあ確かに、まだ幼いジョンポチ陛下が、この広大なオルドランドを統治していくには、何かしらの箔は必要になってくるかも知れない。オルドランド人にとって、初代オルドランド帝テイレクスは、雲上人であり、最も神に近しい人物であるらしいから。伝説では神の血を引いているとか言われている。
「出られなくなっても知りませんからね」
俺はそう言ってジョンポチ陛下に向かって背を向けて座る。
「そうなったらそれまでよ!」
そう言ってジョンポチ陛下は俺の背に身体を預けた。
「じゃあ行きます!」
こうして俺とジョンポチ陛下は、二度目の無間迷宮へ向かったのだった。
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