第138話 殺しますか?

 俺はマスタック侯爵邸に設けられた、俺の私室で寛いでいた。外には出るなと言われているからだ。今、サリィは大混乱をきたしている。デウサリウス教の大司教が犯罪、それも洗脳なんてものの片棒を担いでいた為だ。


「全ての罪はムチーノ侯爵とノールッド大司教にある」


 と政府は表明を出し、今回、洗脳されていたであろうデウサリウス教徒たちの罪を不問とした。しかしサリィの住民たちはそれで納得しなかった。ムチーノによって洗脳された、もしくは洗脳されていたと自称するデウサリウス教徒による暴行や破壊行為などの犯罪は、それだけサリィで横行していたようだ。


 その為、この機に乗じてデウサリウス教をサリィから一掃しようと言う他宗教の派閥が、デウサリウス教徒や施設を狙って暴行や破壊行為など、強行手段に出ており、それを防ぐ為に街の警備隊や軍が動いているが、その警備隊や軍の中にもムチーノの洗脳に罹っていた者も少なくなく、


「お前は洗脳されているんじゃないか?」


 と住民たちは警備隊や軍の言う事を聞かず、衝突する事が少なくなかった。


 そして多神教や他の一神教の教徒による犯罪行為は、デウサリウス教徒だけに留まらなくなり、身内であるはずの多神教や他の一神教の教徒たちまでも、その犯罪行為に巻き込まれるようになっているらしい。その為、住民たちはなるべく犯罪に巻き込まれないように家の中に引き籠もって過ごしているそうだ。



「はあ。暇だ。こんな家の中に引き籠もって過ごすくらいなら、一旦自分ん家に戻ろうかなあ」


 バヨネッタさんとオルさんは、転移扉でサリューンのゴルコスに行っている。ハイポーションの製造法をゴルコス商会に教える為と、そこで出来たハイポーションを、オルドランドに納入する為だ。なのでしばらくはゴルコスで過ごす事になり、こちらに戻ってくるのは、早くとも一週間後らしい。


「はあ」


 付いて行くべきだったかなあ。こっちにいても暇だし。それにしても、俺って二人に優遇されてたんだなあ。


『確かにな。バヨネッタは転移扉でこの大陸の東の果てまで、あっという間とは言わないが、相当時間短縮して移動したのだ。あの魔女がその気になれば、行った事のないモーハルドにだって、一日で移動出来ていた事だろう』


 とアニン。そうなんだよなあ。まあ、バヨネッタさんの目的地はその手前のビチューレだけど。とは言え、クーヨンからこのサリィまで五ヶ月だ。当初の予定では三ヶ月だった訳で、ずいぶん延びた。それはバヨネッタさんが転移扉を使うのを嫌がったのも理由だが、俺ののんびりしたペースに合わせてくれていたのかも、と今では思う。


「二人に感謝だな。アンリさんにも」


『そうだな』


 とアニンと会話していると、部屋の扉がノックされた。


「はい」


 入ってきたのはバンジョーさんだった。


「何かありましたか?」


「何かなくちゃ、来ちゃいけないのかい?」


 そんな事はない。俺はバンジョーさんを部屋に招き入れると、ソファに座って貰い、お茶を淹れてお出しする。バンジョーさんはお茶を一口飲み終わると、オルガンを变化させたデルートを弾き始める。


「お互い、大変な目に遭いましたね」


「そうだね」


 デルートを弾きながらバンジョーさんが応える。


「なんかすみません」


「何がだい?」


 謝る俺に、バンジョーさんは首を傾げた。


「俺が『神の子』と名乗った事についてですよ。デウサリウス教徒としてはセンシティブな問題なんでしょう?」


「ああ、その事か。だがハルアキは正真正銘の『神の子』だろう? なにせ死んで復活したんだから」


 にやりと笑うバンジョーさん。


「やめてくださいよ。あんなカラクリありの復活劇、本物じゃありません」


「確かに。裏側を知っている者から見れば茶番劇だが、それを知らない者からしたら、本物の死と再生だ。今日もこの屋敷の周りには、ハルアキを一目見ようと、デウサリウス教徒たちが危険を冒して集まっているそうだ」


 ここ数日ずっとそんな感じだ。危険だから集まらないように軍が注意を促しているが、帰らずに残る者も少なくないので、仕方なく軍がマスタック侯爵邸の周辺警護に当たっている。


「はあ。本当は『神の子』じゃないってバレたら、俺、デウサリウス教徒に殺されるんじゃないですかね?」


「はっはっはっ。かも知れないな」


 笑い事じゃないんだけど。


「バンジョーさんは……」


 俺はバンジョーさんの目を見詰める。俺が真剣に見詰めているからだろう。バンジョーさんもデルートを弾く手を止めて見詰め返してきた。


「バンジョーさんは俺を殺しますか?」


「…………」


 反論しない。バンジョーさんは俺の目を見詰め返してくるばかりで、沈黙の時間が長く続き、やっとバンジョーさんは口を開いてくれた。


「俺はハルアキを殺さないよ」


「そう、ですか」


「大体ハルアキはあの闘技場で八百万の神々に誓ったんだ。デウサリウス教徒ではないだろう」


 そうだ。だからだろう。マスタック侯爵邸の周りでは、デウサリウス教徒だけでなく他の多神教や他の一神教の教徒たちが、俺は自分たちの宗教の『神の子』だと声高に主張していた。それがマスタック侯爵邸周囲の緊張を高めていた。


「ボクからしたらとんだ馬鹿騒ぎだよ。この世界は神の創り給うたものであり、それはつまり、人間も全て神が創り給うたものであると言う事。つまりは全ての人間は『神の子』であると言う事だ」


 成程。そう言う理論展開も出来るのか。それならこの世界の人間全員が『神の子』だ。俺はこの世界の人間ではないけど。


「まあ、今はその言葉、信用しておきますよ」


「おいおい、ボクってそんなに信用なかったのかい?」


 そうして互いに目を見詰め合い、ニカッと笑い合った。とそこにまたもや部屋の扉をノックする音が鳴る。


「はい」


「ハルアキ様。帝城より使者が参っております。ジョンポチ陛下よりお話があるそうです」


 なんだろう? だがジョンポチ陛下からの召喚である。断る事など出来ない。


「今行きます」


 俺は手早く身支度して部屋を出た。

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