第141話 ささやかな歓待
御聖殿と言う名のコントールルームから出てくると、ソダル翁ら騎士たちだけでなく、ディアンチュー嬢やバンジョーさんも外で待っていた。
「凄かったわ!! ジョンポチ様!!」
興奮したディアンチュー嬢が、ジョンポチ陛下の手を握ると、二人はその場でぐるぐる回転し始める。何とも微笑ましい光景だが、一国の帝に相応しいかと言われると問題行動な訳で、直ぐ様ソダル翁に止められていた。
ディアンチュー嬢がお付きの侍女にやんわり叱られている中、
「ご立派でした陛下。このソダル感動いたしましたぞ」
と涙目涙声でジョンポチ陛下を褒めるソダル翁だが、泣く程だっただろうか? それともソダル翁が年を取って、涙もろくなっただけだろうか? あ! でも他の騎士たちも泣いてる。皆ジョンポチ陛下に対して思い入れが強い。と言う事にしておこう。
俺はバンジョーさんと向き直る。
「すみませんでした」
俺が頭を下げた事に、周囲がざわっとする。
「おいおい、こんなところでやめてくれよ」
と動揺するバンジョーさんだったが、
「いえ、あの放送で俺が話した事は、そっくりそのままバンジョーさんが俺に語ってくれた事ですから。無断で、まるであたかも自分の言葉のように語ってしまい、申し訳ありませんでした」
バンジョーさんは俺の謝罪に、困ったなあ。と頭を掻きながら、
「言葉ってのは難しいものでさ、同じ内容であっても、八百屋のおっちゃんが言ったのと、吟遊詩人が言ったのと、貴族が言ったのでは、響く言葉が違ってくるんだよ。あの場で、誰もボクを知らない状況で同じ事を話したとしても、ボクにはハルアキ程、相手の心に沁み入らせる事は出来なかったと思うから、あれはあれで良かったって事で、この話はお終い!」
バンジョーさんに許しを貰えてホッとした。
その後、場所を帝城の食堂へと移し、昼間から豪勢な食事を摂らせて貰ったり、ジョンポチ陛下の大好きな厩舎で馬と触れ合ったり、バンジョーさんが吟遊詩人だからと一曲披露したら思いの外、ジョンポチ陛下以下、帝城で働く人々の心に響いたらしく、アンコールアンコールの連続で、歌い終わった頃には外は夜となっており、また帝城で夕食。昼より豪勢な食事を摂らせて貰い、遅い時間だからと帝城で一泊する事になった。
夜の定番。バヨネッタさんやオルさんなら、読書だろう。あの二人はいつも本を読んでいるイメージがある。実際にはバヨネッタさんは愛用の銃のメンテナンスをしているし、オルさんは実験していたりもするのだが、なんだか二人には読書のイメージが強い。
さて、俺はあの二人のように夜は読書と言った趣味はない。では何をするかと言えば、
「うぬぬ……ッ」
ジョンポチ陛下は、俺の差し出す二枚のカードで迷っていた。片方はダイヤの3で、もう片方はジョーカーだ。そう。今俺たちはババ抜きをしているのだ。流石にこっちの世界に来て、人がいるのにスマホやタブレットでゲームをする訳にもいかないので、カードゲームをしていた。
何故かジョンポチ陛下を始め、ソダル翁にディアンチュー嬢、その侍女さんにバンジョーさんまでが、俺に宛てがわれた部屋にやってきてトランプをやっていた。
「こっちじゃ!」
と陛下が引き抜いたのはジョーカーだった。はあああ。と周りから溜息が出る。これで十回目だからだ。陛下はカード運がないようだ。
現在ババ抜きで残っているのは俺とジョンポチ陛下だけだ。陛下をビリにする訳にはいかないので、二人残ったところから『共感覚』を使って、俺は陛下からジョーカーを引き続けている。あとは陛下がダイヤの3を引いてくれれば問題ないのだが、この陛下が、どうしたってジョーカーを引いてしまうのだ。
ある時はダイヤの3を上に突き出し、こっちですよ引いてください。と誘導しても逆を引き、ならばジョーカーを下にして逆張りしても、今度は今度でジョーカーを引くのだ。もう何をしようとジョーカーを引くので、きっと陛下はジョーカーに愛されているのだろう。
「うう、またババじゃ」
泣きそうになっている陛下が、可哀想でならないんですが。
「もうやめます?」
俺がジョンポチ陛下に尋ねると、
「何を言っておる! 余はまだ負けておらんぞ!」
と未だ陛下のやる気は衰えず。ソダル翁を見ると、頷き返すばかりで、どうやら陛下の好きにやらせて上げて欲しいようだし、ディアンチュー嬢は既に侍女さんに抱かれて眠っていた。ああ。逃げ道がないと言うのは、辛い。
結局、陛下がダイヤの3を引いたのは、十五回目の事であった。
翌日。帝室御用達の六頭立ての馬車に乗り、マスタック侯爵邸に戻る。その中にはジョンポチ陛下の姿もあった。ジョンポチ陛下は鼻歌なんて歌っている。
「ご機嫌ですね?」
俺が尋ねると、ジョンポチ陛下は満面の笑みを返してくれた。
「当然だ! なにせラバに触れるのだからな!」
あ、そう言えば陛下とそんな約束したなあ。…………ヤバい。何の対策もしていない。このままテヤンとジールを陛下に会わせるのは、不味いんじゃなかろうか。
「えっと〜、今日は帝城でやる事はないんですか?」
俺の質問に答えてくれたのはソダル翁だ。
「うむ。評議会では色々議論がなされているな。なにせ陛下が御聖殿を掌握されたからのう。今まで使いこなせていなかったサリィの機能が色々使えるようになると、皆が様々な意見を交わしておるよ。まあ陛下の出番は実働段階だのう」
成程、評議会段階で色々決めて、決まった事に従って陛下が逆さ亀サリィを動かすのか。
「使いこなせていない機能、ですか?」
「うむ。例えば、逆さ亀サリィと地上を繋ぐ方法だが、今までは巨大転移扉一つに管を使った船体エレベータ四基、飛竜便がそれを担っていたが、転移扉と船体エレベータは増やす事となるじゃろう」
そう言えば船体エレベータの管は八つあるのに、四つしか稼働していないとバヨネッタさんが言っていたっけ。
「まあ、飛竜便との兼ね合いがあるから、どれだけ増やすかは、これからの評議会での議論次第だがな」
ふ〜む。確かに船体エレベータにしろ巨大転移扉にしろ、列が出来たからなあ。そこら辺を改善したいと思うのは当然か。一方、飛竜便からしたらエレベータと転移扉の数が増えれば、飛竜便を活用してくれる客が減る訳で、死活問題だ。何とか両者が儲かる方向で話がまとまって欲しいものだな。
他にも御聖殿が使えるようになる事で使用可能になる逆さ亀サリィの武装、と言うのもあるそうだ。それにどれだけの人員を割くのか、新しい部隊を設立するのか、とかも議題に上るらしい。難しい話だな。
などとソダル翁と色々話しているうちに、マスタック邸に着いてしまった。しまった。話し込んでしまった。
結論から言えば、テヤンとジールはジョンポチ陛下を咬まなかった。心底ホッとした。それどころか、馬(ラバ)には馬好きが分かるのか、物凄く懐いた。二頭はジョンポチ陛下へ顔をすり寄せ、咬む事はなかったが陛下の顔を舐め回してベチャベチャにしたのだ。ラバって人を舐めるんだ。心臓が止まるかと思った。
「はっはっはっ、くすぐったいではないか」
しかし陛下は寛容にも笑って許してくれたので良かった。俺の首が胴体から離れる事はなさそうだ。
その後、陛下をテヤンやジールの上に乗せて歩かせたりと、なんだかんだその日は日暮れまで、テヤンとジールと遊ぶ陛下であった。テヤンとジールも、久しぶりに目一杯動き回れたからだろう、楽しそうだった。
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