第370話 計画的犯行

「お疲れ様です」


 名古屋駅を出たところで、二人の壮年の男性が待っていた。一人はかっちりスーツを着ており、もう一人は隊服だ。


「愛知県議をしている柴田です」


「愛知天賦の塔駐屯地を任されている石橋です」


 どうやら辻原議員が先回りして手配してくれたらしい。柴田県議は八の字眉で、困っているのが目に見て分かる。それともあえてそう見せているのか。もう一人の石橋さんは、白髪交じりながら頑強な自衛隊員と言った風体だ。天賦の塔は陸自が大隊で管理しているので、そのトップとなると二佐くらいだろう。


 俺たちはあいさつもそこそこに、二人が用意してくれたバスに乗り込んだ。


「まずは現場に向かいますか?」


 柴田県議に尋ねられるが、腕組みをして考えてしまう。


「犯人の目星は付いているんですか?」


 俺の質問に二人は顔を合わせ、次いで石橋さんが口を開く。


「お恥ずかしい話ですが、恐らくうちの隊員で間違いないかと」


 相手は自衛隊員か。石橋さんはタブレットを取り出すと、ある映像を見せてくれた。どうやら天賦の塔駐屯地のトイレ前の映像らしい。二人の男性隊員が入り、その後に高橋首相が部下やSPを引き連れてトイレ前までやってくると、SPが中を確認してから、高橋首相が一人でトイレに入り、そして出てくる。その後に二人組が出てきた。


「この時に何かあったと?」


「恐らく入れ替わったのかと」


 と首肯する石橋さん。まあ、SPが中を確認しているのに、何事もないように首相を促している時点でおかしいか。


「大野と和田は同期で、ともに一等陸士をしています」


 タブレットをスワイプすると、二人の顔写真付きの情報が出てきた。岐阜と愛知の出身らしい。地元か。何でもかんでも疑わしくなってきてしまうな。


「この後、どうやって高橋首相は消息を断ったんですか?」


「目の前で消えたんです」


 柴田県議の言葉に、俺は首を傾げた。転移系のスキルでも使われたのだろうか? それなら天賦の塔でチャンスはいくらでもあったはずだ。


「高橋首相が天賦の塔を出発された後、しばらくして首相が乗っていた車から、水のようになって消えました」


 何だそりゃ? ますます分からん。と俺が眉間に力を入れると、柴田県議がタブレットを操作してその映像を見せてくれた。


 映像は後続を走る護衛車の車載カメラのもので、前を行く高橋首相が乗った黒いセダンが映し出されている。と次にはセダンからテールランプが点滅して、セダンは車線を外れて横付け。何事かと護衛車からSPが駆け付けるも、高橋首相の姿はなくなっていたらしい。


「水になって消えたと言うのは、誰の証言ですか?」


「秘書や運転手、SPなど、同乗者全員の証言です。それに消えた高橋首相が座っていた席が、濡れていたと言う証言もあります」


 ふ〜む。水になるスキルって事か。


「『液化』のスキルね」


 バヨネッタさんの言葉に、石橋さんが首肯する。


「はい。大野が天賦の塔で取得したスキルの一つが、『液化』です」


 言われてタブレットの画面を戻すと、確かにスキルの欄に『液化』と表示されている。液状になれるなら、姿形は自由自在だろう。それこそ高橋首相にだって化ける事が出来るな。


 もう一人の和田のスキルは『投影』か。


「『投影』と言う事は、映像を映し出すスキルですか?」


「はい。私は直接見た事はないのですが、何もない空間に虚像を作り出すスキルのようです」


 虚像か。


「虚像と言う事は、実体がある訳ではないんですね?」


「はい。虚像を動かす事は可能のようですが、虚像に触る事も、虚像が何かを触る事も出来ないそうです」


 成程。虚像を作れるなら、壁の虚像を作って自分たちの姿を消す事も可能か。


「と言う事は、天賦の塔のトイレで二人は和田の『投影』のスキルで自分たちの姿を消して、SPの目を誤魔化し、トイレに入ってきた高橋首相を拘束すると、大野が『液化』のスキルで高橋首相に化けてトイレを出ていき、その後、和田は高橋首相の周囲に『投影』の虚像で大野を作り出して、高橋首相と和田の二人でトイレを出ていったと」


 首肯する柴田県議と石橋さん。


「この高橋首相が化けさせられた大野と和田が消えたのは何時ですか?」


「高橋首相が消えたとの連絡が入って、駐屯地が騒ぎに包まれたどさくさに」


 計画的だな。


「そもそも二人は何でこんな証拠が残るやり方をしたんだ? トイレに入る前から虚像で消えておけば良かったんじゃないのか?」


 とは武田さんの意見。


「いえ、駐屯地の隊舎はそもそもスキルの使用を禁止しているんです。スキルが発動すると、その波動を探知して、監視室のランプが点滅し、周囲の哨戒隊員に連絡が行き、すぐに現場に向かうようになっています」


 ならそもそもこの計画は成立しないのでは?


「もしかして監視室は……」


「はい。やられていました。幸い監視カメラはカメラ自体にも録画機能が備えられていたので、映像は残りましたが」


 恐らく二人はカメラ自体に録画機能がある事を知らず、やって来る高橋首相たちだけ誤魔化せれば良いと思っていた訳か。


 それにしても、どこから計画されていたのか。


「高橋首相がこの駐屯地に来る事は、事前に分かっていたんですか?」


「天賦の塔の前で演説するのは決まっていましたが、直接演説場に向かったので、隊舎にやって来たのは偶然です。トイレを借りる為ですから」


 と石橋さん。偶然? 本当に偶然か?


「すみません、高橋首相は演説前とか、演説中に、何か飲み物を飲みませんでしたか?」


「それは……、飲んでいたと思いますけど?」


 柴田県議が、俺の質問の意図が分からず首を傾げる。


「その飲み物を首相に渡したのは誰ですか?」


「首相の秘書です。首相が直接誰かから差し入れを受け取る事はありません」


 秘書かあ。いや、秘書がシロだったとして、秘書に飲み物を渡した人物はいるはず。まさか秘書が自販機で飲み物を買うとは思えない。


「ハルアキは、首相が隊舎でトイレを借りたのは、偶然ではなく仕組まれていた。と考えているのね?」


 バヨネッタさんの問いに俺は首肯する。


「はい。首相の飲み物に、利尿作用のある薬を仕込んでおけば、トイレに誘導する事は簡単ですから」


 俺の発言に全員が相槌を打つ。どうやらこの線が濃厚だろう。これなら首相が隊舎のトイレにやって来るのを逆算して、大野と和田は計画を立てられる。と言う事は、高橋首相を誘拐する計画は昨日今日の突発的なものではなく、それなりの期間、計画を練って行われたって訳か。それに殺害でなく誘拐って事は、首相はまだ生きているのだろう。犯行声明文はまだ出てきていないけど。


「それで、これからどうするの?」


 バヨネッタさんの声にハッとして顔を上げると、皆の視線が俺に向けられていた。


「これから天賦の塔に向かっても、相手に繋がる何かが発見出来るとは思えません。とは言え、相手がどのような手でくるか分からない以上、こちらも備えておくに越した事はありません」


 俺の言に全員が首肯してくれた。


天賦の塔そっちが終わったら、武田さん、よろしくお願いします」


「はいはい。『空識』で奴らが隠れていそうな場所を探れば良いんだろ?」


 やれやれと言った調子だが、こればかりは武田さんがいてこそ成立する。本当にありがとうございます。と心の中で礼を言っておく。声に出したら図に乗りそうだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る