第369話 裏に潜む者
『桂木はモーハルドのデーイッシュ派と繋がっていた。デーイッシュ派の一人として、今回の魔王との戦いで中核に食い込んでいる日本を、桂木を通して味方に引き入れる事で、国内外、ひいては両世界で発言力を増す狙いがあったようだ』
ひんやりとした朝の空気がホームに流れる。騒がしく人々が行き交い、列を形成する中、電話越しに辻原議員が教えてくれた。
『桂木の方でも与党内で発言力を高め、いずれ政界ヘの足掛かりを、との下心があったようだな』
異世界関係はそのほとんどを辻原議員が取りまとめ、桂木はモーハルド関係のみになっていたからな。内心に焦りがあったのかも知れない。とは言っても、
「高橋首相の誘拐に関してどうですか?」
『知らぬ存ぜぬの一点張りだ』
やっぱりか。
『やつの直属の部下にも話を聞いたが、聞けたのは三分の二だけだった。残る三分の一は影も形もなく消えていやがった』
多分そいつらが甲賀の忍者たちだろう。
「魔法科学研究所でも同様です。日本人研究員の何名かが姿を消しました。残った研究員に話を聞いても、分からないと答えるばかりです」
『…………やはり桂木を更に絞り上げるか?』
「いえ、この件に関しては桂木は関与していない可能性があります」
『なんだと!?』
「どうやら魔王軍、と言うより、織田信長関係者の仕業のようです」
『それで愛知か』
流石に分かるか。それとも日本史専攻? 辻原議員の時代的には、時代劇とか熱かったのかも? まあ、良いや。
「ええ。俺や研究所に差し向けられたのは甲賀の忍者でしたけど、どうやら桂木の部下として動きながら、何かを実行する機会を窺っていたようです」
『何かを?』
「その何かは分かりませんが、どうやら俺のギフトの一つが邪魔のようです」
聖属性である『清塩』を警戒すると言う事は、碌な事じゃないのは想像出来る。
『それで? 工藤、どうするつもりだ?』
「辻原さんは国内の警戒レベルを上げておいてください。俺はこれから愛知に向かいます」
『分かった。高橋首相の救出は工藤に任せる。こっちは桂木や、他にも下らん策を巡らせているやつがいないか、念入りに調べながら、朗報が入るのを待っていよう』
ははは。学生に期待され過ぎても困るんだけどね。そう思いながら電話を切る。東京駅のホームには丁度新幹線がやって来たところだった。
「はい」
手持ち無沙汰を解消する為、スマホで高橋首相関連のニュースを漁っていたら、隣りに座るバヨネッタさんにミカンを手渡された。
「ありがとうございます。…………別にバヨネッタさんのせいとは思っていませんよ。オルさんの話では、小太郎くんたちは定期的に研究所に出入りしていたようですし。監視カメラの様子を見ましたけど、あれだけ大胆に塩を盗んでいた様子からして、俺たちと決別するのは決まっていたんでしょう」
何だか言い訳がましいなあ。いっそバヨネッタさんのせいでとんでもない事態になりました。って言った方が良かったかなあ。
「あ! 見て見て! あれが富士山かあ!」
「真っ白な帽子をかぶった、綺麗なお山ねえ」
対面に座るアネカネとサルサルさんは、のんびりと車窓を通り過ぎる富士山を眺めながら、駅弁に舌鼓を打っていた。
「あの山、浮世絵やら日本画にも良く出てきていたが、実際にある山だったんだな」
「へえ、立派な山ねえ。セクシーマンには劣るけど」
俺の後ろでそんな事を言っているのは、ゼラン仙者と勇者パジャンだ。パジャンはそのままの格好では目立つので、全身をガイツクールで作った黒いライダーススーツでまとい、頭にはフルフェイスのヘルメットをかぶっている。…………うん。完璧に怪しい人だな。
パジャンさんだけでなく、ゼラン仙者も相応の格好で、サルサルさんもアネカネも思いっきり魔女の姿をしている。それでも周囲から何も言われないのは、バヨネッタさんが持つ幻惑燈のお陰だろう。
「あ、セクシーマンって言っても、あなたの事じゃないわよ」
「分かっているよ」
パジャンさんとゼラン仙者との間に通路を挟んで反対側に座る武田さんは、富士山には目もくれず、三個目の駅弁を食べていた。朝から良く入るな。
今回、愛知に行くメンバーはこの七人だ。タカシも連れてこようかと思ったが、相手は戦闘の、しかも対人戦のプロである。何かあってはいけないので地元で留守番して貰う事になった。
「しっかし、友達相手に本気の面子だな」
武田さんが駅弁を食べる箸を止めて、俺に尋ねてくる。
「まあ、工藤的には『逆転(呪)』を付与されたんだ。慎重にもなるか」
武田さんの言葉に俺は重い気を吐く。
「そうですね。小太郎くんは俺よりスキルの事を良く理解しているようで、それは怖いです。でもそれより、今回祖父江兄妹を動かしたバックの方が恐ろしいですね」
「バック?」
「軽く調べただけなんで確証はないですけど、甲賀忍者のルーツをたどると、山伏や修験者に行き着くんですよ」
「まあ、良くある話だな」
首肯し、再度駅弁を食べ始める武田さん。
「そして山伏や修験者はその修行を極めたりすると、天狗や仙人になる。そんな記事を目にしまして」
「天狗や仙人……。つまり相手はレベル五十オーバーだと? いるか? 地球にはもう魔物はいないはずだろう? どうやってそこまでレベルを上げたんだ?」
首を傾げる武田さん。しかし箸を動かすその手は止まらない。
「もういない。のであって、それはつまりかつてはこの地球にも魔物は存在した訳です」
「そうかも知れないが、そんなの、それこそ神話時代の話じゃないのか?」
「そうですね。俺も勝手にそう思い込んでいました。でも違っていたら? それが当たっていたとして、もしかしたら俺の『超空間転移』のスキルのように、向こうの世界の人間が、織田信長の時代に日本にやって来た可能性だってあります」
流石に武田さんも箸を止める。
「でも、それも四百年以上も前の話だぞ?」
「仙者であれば四百年を生きるなど造作もない」
武田さんの言をゼラン仙者が否定する。そうだ。中国でも何千年と生きる仙人の話は数多ある。天狗、天使がどうであるかは知らないが、レベル五十オーバーは皆人外だ。ここまで生き残っていてもおかしくない。
「つまり俺たちは、これからレベル五十オーバーが何人いるか分からない場所に乗り込まなきゃならないって訳か」
俺は武田さんの言に首肯する。
「しかも天賦の塔のせいで、忍者軍団のレベルは相当上がっているでしょうしね」
「帰って良いか?」
「良い訳ないでしょう。貴重な索敵係なんですから」
重く長い溜息をこぼした武田さんだったが、直ぐ様気を持ち直し、三個目の駅弁を食べ終えると、四個目に取り掛かるのだった。
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