第371話 宵の公園

「ここですか」


 俺の問いに首肯する武田さん。バスから覗くと、そこはのどかな町の中にある緑化公園だった。夜の人気のない公園が目的地とは薄ら寒さがある。


「俺の『空識』では、この公園の奥に川が、木曽川が流れていて、そこに接する形で砂地があり、そこが奴らのアジトへの入口になっている」


 アジトへの入口って事は、忍者軍団のアジトはこことは別の場所━━別空間だと考えるのが妥当か。しかし、


「まさか祖父江地区に入口があるとは。これは誘い込まれた。と考えるべきですかね?」


 全員が首肯する。まあ、こちらは後手に回っているからなあ。罠を仕掛けるにしろ何にしろ、盤面をコントロールしているのは向こうだ。


「まあ、いつまでもここにいても仕方ないですから、行きましょう。柴田さんと石橋さんはこのままバスで公園から離脱してください」


 首肯する柴田県議。だが石橋さんは首を横に振る。


「これでも自衛隊員です。天賦の塔で鍛えてもいますし、足手まといにはなりませんよ。隊員共々・・・・


「はあ」


 まあ、自衛隊だって日々訓練しているのだから、俺がとやかく言うのもおこがましいか。


「分かりました」


 柴田県議を残して全員バスを降りると、バスはゆっくり出発していった。すると、直ぐ様石橋さんがスキルを使用する。黒い長方形の板が石橋さんの後ろに出現した。


「転移系のスキルですか」


「普通の『転移』ですよ。『超空間転移』のように異世界には転移出来ませんし、距離的には管轄区域程度ですが、人や物の輸送には適しています」


 成程、自衛隊の大隊長には向いているスキルだ。などと感心していると、転移門からフル装備の自衛隊員たちが素早くやって来て、公園内の広場に整列していく。その数、百人。


「公園に結界張ったわよ」


「公園内の一般人も全員外に退去して貰ったわ」


 俺が自衛隊の動きに感心している間に、バヨネッタさんとサルサルさんが、素早く動いてくれたお陰で、あっという間に突入準備が整ってしまった。


「え、何かありがとうございます」


「ハルアキの『聖結界』では、善人は通り抜けてしまうもの」


「気にしなくて良いわよ。夜の公園だからか、そんなに人はいなかったから」


 とは言えありがたい。俺は全員をぐるりと見回し、これなら小太郎くんたちに対抗出来るだろう。と考え一つ頷くと、


「行きましょう」


 と武田さんにその砂場まで案内して貰う。



「思ったよりずっと広いですね」


「祖父江砂丘と言って、サンドフェスタなんてのも開催されるらしいからな」


 俺の独り言に、皆の先を行く武田さんがプチ情報を語ってくれた。そんな砂丘の一ヶ所で武田さんが足を止める。そこは川風が吹くだけで、何がある場所でもなかった。


「ここですか?」


 俺の問いに、武田さんは振り返る事なく首肯で返す。見えないだけで別空間への入口があるって訳か。武田さんの代わりに俺が後ろを振り返ると、皆準備万端のようだ。俺も全身をアニンのスーツで覆うと、息を整え突入に備える。


「ハルアキ、これを」


 そんな俺に、バヨネッタさんから小瓶を数本差し入れられる。


「ポーションですか?」


「そうよ。あなた自分が『回復』スキルを奪われたの忘れてないわよね?」


 忘れてました。そうか、『回復』がないんだから、いつも以上に慎重に行動しないといけないんだ。その上『逆転(呪)』なんてデバフの縛りがあるし、これは一瞬でも気を抜いたら、まず俺からやられるな。


「ありがとうございます。では皆さん、突入します」


 言って俺は何もない空間にこの身を突っ込み、別空間へと突入する。


 ダダダダダダダダダダダダ…………!!!!


 直後に撃ち込まれる銃弾。当然の歓迎だな。俺はそれを『聖結界』を前面に展開する事で防ぐ。が、『聖結界』は見る見る間に摩耗していき、一分と保たずに砕け散ってしまった。


 それでも味方の九割が別空間に侵入するまでの時間稼ぎには成功。いや、向こうにそうやって調整されたのかも知れない。全員が侵入する前に、別空間への入口は閉ざされ、俺たちの退路は断たれてしまった。


『聖結界』が壊れてすぐに地に伏せる。周りは祖父江砂丘と同じ砂地だ。だが規模は更に広い。見渡す限り砂地で、小砂漠と呼んだ方が適している。


「デカいな。島一つ入る大きさだ」


 俺の後ろで伏せている武田さんがそう漏らす。島一つか。確かバヨネッタさんの宝物庫の内部がそれくらいの広さだと言っていたな。成程、これだけ広いなら、何でも入れられそうだ。


「地形は? 全域砂漠なんですか?」


「いや、ここら一帯だけだ。その先は峻険な森林になっていて、そこに城がある」


 森林か。忍者が潜むのには適しているな。そして城ね。


「山城ですかね?」


「そこら辺の知識は俺にはない」


 さいですか。


「いつまで芋虫の真似をしているつもりだ?」


 声が響く。小太郎くんの声が。


「自分たちだって、姿を現してないだ、ろ!」


 言いながら俺はアニンを砂中で複数方向へ這わせて、向こうさんに攻撃した。


 ザバババッ、と釣られて砂中から飛び出してくる忍者軍団。それに合わせてバヨネッタさんと自衛隊が小銃を撃ちまくる。


 複数の忍者に命中した。と思ったそれは幻影だった。分身の術か。そして実体は俺たちを囲うように現れる。その手にはこれまた小銃が握られていた。


 ダダダダダダダダダダダダ…………!!!!


 撃ち込まれる銃弾の雨に、俺が『聖結界』を展開しようとするより早く、いくつもの六角柱の水晶が俺たちの周囲に、砂地から天に向かって突き出した。パジャンさんのスキルか。


 銃弾は水晶に阻まれ、忍者たちの銃撃が止まる。それを確認して、俺たちは伏せ状態から立ち上がった。


 俺は顔を水晶の影から覗かせる形で口を開く。


「小太郎くん、こんな形になって何だけど、一応聞いても良いかな? 何故、こんな事をしたんだい?」


「……………………出来得る限り人死にをなくす為だ」


 出来得る限り、ねえ。能面のような無表情で言われてもな。

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