第372話 牽強付会

「トモノリ……、魔王の虚妄を信じるのか?」


「そうだ」


 間髪入れずに返答がきた。


「忍者ってのは、もっと実利主義かと思っていたけどな」


「実利主義と問うなら、今回の戦いで魔王に与するのは何ら不思議はない」


「俺たちが負けると?」


 首を横に振るう小太郎くん。


「そうじゃない。言ったろ? 俺たちの目的は人死にを出来るだけなくす事だと。ハルアキたちに与すれば、否が応でも戦争になる。そうなればこの地球史上類を見ない死者が出る事になるんだぞ」


「だからって、指をくわえて魔王の所業を見ていろって言うのか?」


「そうだ」


 何だそれは!? そんな事に耐えられるか!


「ハルアキ、俺の答えに反抗したいんだろう? だがそれはお前は傲慢でワガママだ」


「何が傲慢でワガママだ! 自分の人生を他人に左右されるなんて、誰だって嫌だろう!?」


 だが俺の反応に忍者軍団はせせら笑う。


「それこそ傲慢だ。誰も彼もがお前のように戦って人生を勝ち取ろうと考えている訳じゃない」


「それは……」


 そうかも知れないが。なら、


「なら、そう考える人間は戦いの場に出なければ良い。とでも言いたいのか?」


 先んじてそれを言われては、口をつぐむしかない。


「やはり立場は人間を変えるのかな? 少し昔のハルアキなら、それでも魔王との融和策を模索していただろうに」


 俺だって融和策を頭の中で何度も何度も思考したさ。それでも戦う以外に道がない。と言うのが結論だ。


「ハルアキ、お前が戦うのは別に構わない。当事者だからな。だが、他の大勢にとって、今回の戦いは巻き込まれたものだ。何が何でも戦って人生を勝ち取ろうと言う人間が地球全体で何割いるか」


「だから戦う前に敗北宣言でもしようってのか?」


「そうだ」


 くっ、さっきから何なんだ? 小太郎くんは終始無表情で、淡々と話してくる。まるで全てを諦めたように。


「ハルアキ、昔のお前がそうだったように、この世に生きる大勢が、この世の流れに流されて生きているんだ。強い意志なんてない。そしてこの戦いに逃げ場がないのなら、なるべく早く、人死にが出来るだけ出ないように先手を打つのは当然の帰結なんだよ」


「魔王が、トモノリが、俺の前で宣言した事を正しく実行するならな」


「友達の言葉が信用ならないか?」


 小太郎くんの目が一瞬哀れみに輝き、思わず歯ぎしりしてしまった。


「その友達トモノリの為に友達シンヤを売れと?」


「そうだ」


「ふざけるな!!」


「それはこちらの台詞だ、ハルアキ。人間一人二人と、地球と向こうの世界の人類の命を、お前は天秤に掛けているんだぞ? どう行動するべきか、明白だろ?」


「だから……」


「戦争をするのか? お前たちの都合で? どれだけの人間が死ぬ? 十万か? 百万か? 一千万か? この戦争で死んだ人間は生き返らない。お前はお前の都合で、この先、新たな世界に転生出来るかも知れない命をむざむざ殺そうとしているだ」


 そんな…………。俺はそんなつもりじゃ…………。


「そもそもが魔王によってもたらされた、理不尽な二択なのよ」


 後ろからの声に思わず振り返れば、バヨネッタさんが手を腰に当てて小太郎くんを睨んでいた。


「魔王によってもたらされる未来は、もしかしたら本当に価値のある未来なのかも知れない。でもね、それは私が頼んだ事じゃない。向こうが勝手に「やります」と宣言して、こちらへ押し付けてきたもの。そんなの要らないって突っぱねるに決まっているじゃない。逃げ場がないから降参しよう? どうぞご勝手に。でも私の邪魔はしないで。たとえ魔王に立ち向かうのが私一人になったって、五体を千々に引き裂かれたって、意地でも奴の喉笛に噛み付いて、勝利をもぎ取ってやるわ!」


 何だよそれ? バヨネッタさんの宣誓は、まるで正解じゃないのに、不思議と心の奥から勇気が湧いてくる。


「小太郎くん。どうやら俺たちは、往生際が悪いらしい。この戦いが負け戦なのか、誰からも望まれていないのか、俺には分からないけれど、ここで立ち止まる事は俺たちには無理みたいだ」


「…………そうか」


 嘆息する小太郎くん。


「だが動き出した時は止められない。お前たちがこの『絶結界』の内に閉じ込められた時点で、俺たちの勝ちは確定しているんだから」


「やっぱり俺たちを誘い込む為の罠だったか」


「当然だろう? ハルアキ、お前は今やこの日本の最高戦力であり、日本政界に強力な発言力を持つ危険人物なんだよ。そして日本自体もまた、地球と向こうの世界とを繋ぐ結節点ハブとして機能している。つまりここさえ封じ込めてしまえば、次の戦いにおいて世界は協調力を失い、魔王軍は戦わずして勝ちを手にする事が出来るのさ」


 成程な。今や俺と同じ『超空間転移』を持つ人間は世界にそれなりの数いるだろう。だけど国家間の交流となると日本に一日の長がある。ここで日本が瓦解して、地球と向こうの世界との交流がグズグズになれば、それを半年で立て直す事は難しく、またそれをなし得たとしても、軍の編成なんて出来るはずもない。だが、


「俺たちがここに来るのに、何の対策も打ってこなかったと思ったのか?」


 政治に関しては辻原議員がいるから大丈夫のはず。戦闘面でもシンヤたち勇者パーティやリットーさんを残してきている。バンジョーさんは素早くモーハルドに戻り、教皇様と協調して事に当たる手筈だ。こっちだって、打てる手打ってここに臨んでいるんだ。


「騒ぎが起こるのがモーハルドだけだと良いな」


 小太郎くんの言葉にぞわりとした。


「一条辰哉率いる勇者パーティも、所詮パジャン天国の勇者パーティだ。国に危急の用があれば、引き戻されるに決まっている。遍歴騎士リットーもそう。オルドランドに何かあれば、そちらが優先される。どこだって自国が大事だからな。逆に俺は、ここにパジャンとゼランがいる事に感謝しているよ、ハルアキ」


 くっ、どうにも化かし合いでは向こうが一歩先んじている。あとはタカシにどうにかして貰おう! 頑張れ!


 日本の状況は心配だが、それにはこの場を突破し、この『絶結界』とやらを破壊しなければ。俺がアニンの黒剣を握るとともに、俺たちと忍者軍団との戦いが始まった。

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