第431話 冷視

三月五日━━。やっとモーハルドへと出発する事になった。何故かって? いや、普通に学年末テストがあったからです。大事だからね。進級出来なくなっちゃうから。ちなみに二月の俺は風邪引いた後にインフルエンザに罹って休んでいた事になっていた。


「出迎え、ご苦労様」


「お疲れ様です。遅くなりました」


 転移門を通った先では、武田さんとバンジョーさんが待っていた。二人して気疲れしたような顔をしている。俺のせい? じゃないよね?


「どうかしたんですか?」


 二人は俺の質問には答えず、目線だけを周囲に配らせる。場所は応接室のような場所で、俺の『鑑定(低)』では鑑定出来ないような高そうな調度品が飾られているが、部屋自体はさほど広くはない。そんな部屋に、転移門を開いてくれた自衛隊員や、壁際に並んだ男女の使用人が複数人いて、手狭に感じる。


「ああ」


 そうして感じ取ったのは、そんな使用人たちの冷ややかな視線だった。遠慮なく部屋の中央にあるソファに腰掛けたバヨネッタさんに対して、敵を見るかのように冷たい目線を向けていた。


「ここの使用人は質が悪いわね」


 そんな視線に気付いてない訳がないのだが、バヨネッタさんは背もたれに身体を預けながら、文句を口にした。その言葉に壁際からの視線が一層険しくなったが、バヨネッタさんは気にしていないようだ。


 俺は嘆息し、ここは諫言かんげんの一つも言っておくべきかと思ったが、実際に使用人として態度が悪いのは事実なので、それは放っておく事にして、俺は『空間庫』からペットボトルの水とグラスを取り出すと、黙って注いでバヨネッタさんの前のローテーブルに置いた。


「本当に、うちの従僕は気が回るわ」


 わざとらしく声を上げてグラスを傾けるバヨネッタさん。その姿に武田さんとバンジョーさんが何かを諦めたように嘆息しながら向かいのソファに座り、俺が二人にも水を差し出したところで、使用人たちが慌てだした。


「も、申し訳ありません! お客様にお飲み物も出さず!」


 使用人の中でも一際年長者であろう白髪の紳士が、こちらに頭を下げてきて、他の使用人たちもそれに続く。


「気にしないでください」


 と俺がそれに返せば、


「そこは気にしなさい。彼らは客の前で堂々と職務放棄をしたのだから、然るべき罰則を受けるべきよ」


 とバヨネッタさんが辛辣に言葉にする。助けを求めて武田さんたちの方を見ても、二人もこれには同意見らしく、首を横に振った。俺は再度嘆息し、バヨネッタさんの横に座ると、


「バヨネッタさんの第一声のせいだと思います。ここはモーハルドなんですから」


 と少し恨みがましくバヨネッタさんを見遣るも、本人はどこ吹く風だ。はあ。


「まあ、良いさ。皆は出ていてくれ」


 状況の改善を諦めた武田さんが、使用人の紳士に声を掛けると、紳士はちらりと横目でバヨネッタさんを見遣り、部屋から辞する事を暗に拒否した。


「大丈夫だよ。彼女たちは俺の友人だ。何か起こるはずがない。それよりも君たちに部屋にいられる事で彼女たちが寛げない方が問題だ。出発時間になったら呼んでくれれば良いから」


 武田さんがやんわり伝えると、諦めたように紳士は一礼し、使用人たちを引き連れて部屋から出ていった。他の使用人たちは出ていく際にバヨネッタさんを睨み付けていたが。


「嫌われてますね、バヨネッタさん。何をしたんですか?」


「何もしていないわよ。この国の人間がおかしいだけよ」


 何もしていないのに、あんな態度になるものなのか? 親の仇を見るかのような強烈な視線だったぞ。


「ここの人間は国内でも特に排他的だからな。明確な異教徒であるバヨネッタさんが、この地を踏み締めているだけでも忌避感が凄いのだろう」


 とバンジョーさんが説明してくれた。


「この地って、モーハルド教国の聖都マルガンダをですか?」


 それは相当じゃないか? 平家にあらずんば人にあらずってやつか? デウサリウス教徒以外がこの地に足を踏み入れるのは許せないと?


「ここはデウサリオンと言って、聖都の中にある聖地であり、宗教的中心地なんだ。一般信徒からしたら、一生に一度はこの地を訪れたい。と思う憧れの地であり、絶対不可侵の神聖領域だと考えている信徒も少なくない。まあ、イタリアのローマにあるバチカン市国みたいな場所だよ」


 武田さんの説明に納得する。成程、そこにズカズカと異教徒がやっくれば、嫌な顔をするのも分かるな。


「ここに転移門が開かれたのは、私たちのせいじゃないわ」


 と脇に控える、転移門を開いた自衛隊員の方をちらりと見遣るバヨネッタさん。あの人も座れば良いのに。とりあえず水をペットボトルのまま差し入れしておいた。


「分かっているよ。こっちの都合だ。ストーノ教皇がその命を狙われ、モーハルドも国内がざわついているんだ。バンジョーたちの活躍で表面的には沈静化してきているが、まだまだ不安定なんだ」


「かつての勇者であるセクシーマン様が戻ってきて、ストーノ教皇側に付いた事で、中枢からデーイッシュ派は一掃されたが、その残滓は国内で燻っているからな。まだまだ気が抜けない状況だよ」


 武田さんもバンジョーさんも疲れが顔に出ているな。


「じゃあ、武田さんは俺たちの旅に付いてこれない感じですか?」


「そこなんだよなあ。情勢不安のモーハルドをこのままにしていくのも忍びないと言うか」


 含みのある言い方だ。


「何を言っているのよ? このままだとモーハルドどころか、この世界自体が滅びるのよ」


 武田さんの発言を諫めるバヨネッタさん。


「分かっている」


「分かっていないわ」


 互いに睨み合う武田さんとバヨネッタさん。バヨネッタさんからしたら、あれだけの準備を済ませてきたのだ。ここで前進する事に二の足を踏む武田さんの態度は、見過ごせないのだろう。


「こっちにも事情があるんだよ」


 困り顔の武田さんに代わって、バンジョーさんが割って入ったところで、部屋の扉がノックされた。


「時間のようだ。俺が行くか行かないか、ストーノと話をしてから決めてくれ」


 武田さんは意を決したような顔をして、ソファから立ち上がった。

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