第430話 圧が凄い
『何しているの?』
モニターに映るのは浅野だ。俺の姿を見て呆れた顔をしている。対する俺は、正座させられていた。
サンドボックスから戻ってきた俺は、その足でモニター室まで連行されて、バヨネッタさんだけでなく、魔法科学研究所の所員全員から睨まれている。オルさんまでもだ。そこに浅野からの定期連絡が来たのだ。
「いやあ、何と言うか、俺もなんでこんな事になっているのやら?」
『歯切れが悪いわね』
「自分が何を仕出かしたのか、理解していないのよ」
バヨネッタさんがすうっと目を細めて睨んでくる。怖い。今までも何度となく睨まれてきたけど、一位二位を争うレベルで怖い。
「今回ばかりは、僕も弁護出来ないかなあ」
とはオルさんの言。マジかー。
『工藤くん?』
事情が分からない浅野が、目で説明を求めてくる。それに根負けして俺は一度息を吐き出し、視線を逸らし、一言。
「マナポーションを……」
『手に入れたの!?』
滅茶苦茶嬉しそうに破顔する浅野の姿に、いたたまれない気持ちになる。
「その機会を棒に振ったのよ」
モニターの向こうの浅野が、椅子から転げ落ちていた。
『嘘でしょ!? マナポーションよ!? それが手に入る機会を、みすみす逃したって言うの!?』
浅野の発言に、バヨネッタさん以下その場にいる全員が首肯する。
「浅野レベルでも手に入らないんだな」
『当事者が他人事みたいに言わないで』
浅野に睨まれた。これは過去一で怒っていそうだ。
『マナポーションは、私のいる、いて座矮小楕円銀河でも、過去に数度発見されたレベルの代物よ。それも人類がまだ宇宙に飛び立つ前の時代で、現在では眉唾物だとか、創作物だとか、未だ空想の域を出ない未来の存在だとか、その存在さえ疑われる部類の物よ。発見されたとなれば、我が軍が動くわ』
「渡さないわよ」
『あはは、ですよね』
釘を刺すバヨネッタさんに、から笑いの浅野。話の規模が未だかつてないレベルで大きい。
「そんなに貴重なのか。魔電ハイブリッドバッテリーみたいに、電磁力を魔力に変換するとかで補えないのか?」
『なんで魔力を回復させるのに、いちいち電磁力でダメージ受けなきゃいけないのよ。そもそも普通の人間は体内に魔石を有していないわ』
確かに。
『でも、工藤くんが嘘を吐くとは思えませんし、発見されたのは本当なんですよね?』
改めて尋ねてくる浅野に、俺は事の経緯を説明した。
『それは、夢で見た話。って訳じゃあないのよね?』
首を傾げる浅野に、オルさんが補足する。
「それはないよ。ハルアキくんは現にその死後の世界から、純粋種のベナ草と魔石を数個を持ち帰っているからね」
『不思議な話だけれど、聞く限りでは、なくはないわね。その方法なら、誰でもとはいかないけれど、ある一定以上の修練を積んだ人間なら、入手可能なんじゃないんですか?』
「どうかしら? ハルアキと同時期に死後の世界へ行ったシンヤたちの前には、そのショップとやらは出現しなかったようだし」
『工藤くんのケースが特殊な訳ですか』
首肯するバヨネッタさん。
「ハルアキが死ねばマナポーションが手に入る。と言うなら、いくらでも殺すんだけどねえ」
バヨネッタさん、怖い事言わないでください。って言うか、皆して頷かないで。え? 本気? 本気なの?
『工藤くん、申し訳ないけど、死んでくれない』
あ、これ本気のやつだ。
「それこそ他人事だと思っているだろ? 言っておくと俺が死んでも意味ないからな。ショップのお姉さんにも、尸解仙法で購入可能なのは、今回限りと言われているから」
『ふ~ん、『尸解仙法では』ね?』
あ、やっぱりそこに気付いちゃった?
「まあ、俺も思ったよ。なら地仙法とか、天仙法とかもあるんじゃないか? って」
『でもその方法が分からないんじゃ、試す事も出来ないわね』
俺は首肯する。
「結局、マナポーションの入手は手詰まりって事よね」
バヨネッタさんの一言に、全員が深く長い溜息を漏らした。
「そんなに、ですか?」
「そんなに、よ」
ともう一度溜息を漏らすバヨネッタさん。
「マナポーションが手に入ったら、それこそ、歴史が変わる。と向こうの世界では言われてきたからねえ」
オルさんは机に突っ伏して、何もやる気が起きなくなっていた。
『世界どころか、銀河レベルの損失よ』
浅野は上を見上げて呆然としている。
「でも、マナポーションで魔力を回復させられるのって、結局一人じゃないですか」
「馬鹿なの?」
「右に同意」
『すみません』
三人とも酷くない?
「そんなの、使用する訳ないでしょう。まず『複製』持ちに複製させて、それから成分を調べて、何で出来ているのか、素材は何なのか、どのような仕組みで魔力が回復するのか、手に入ったマナポーションを徹底的に調べ尽くして、そして可能ならばその素材を集め、一からマナポーションを作ってみるのよ」
「研究材料って事ですね」
俺の言葉に全員が首肯する。何とも研究熱心な事だ。だけどマナポーションが手に入れば、今後の魔王軍との戦闘が有利になるのは事実だよなあ。まあ、マナポーションがどれくらい魔力を回復してくれるのか、材料費がどれくらい掛かるのかにもよるけど。
「尸解仙法に使う神丹よりちょっと高いくらいだったから、そんなに貴重だとは思わなかった」
まあ、『超時空操作』や『清浄星』を手に入れた時点で、命秒が足らなくて購入出来なかったけど。
「それは本当かい?」
俺の言葉に目を光らせたのはオルさんだった。
「え、ええ」
そのかつてない迫力にたじろぐが、正座で足が痺れて動けない。と言うか、俺はいつまで正座していれば良いのだろう。
『オルさん』
こちらも何かに気付いたらしい浅野が、オルさんに声を掛ける。
「ええ。ショップの位置付けで神丹の少し上。と言う事は、その神丹がどのような素材で作られているか分かれば、もしかしたらマナポーションを作り出す事が可能かも知れません」
確かに。使われている素材の中に同じ物が使われていたからこそ値段が近かった。と言うのは筋の通った推論だ。もちろん、全く違う素材である可能性もあるが、現状ではマナポーションにたどり着くには、この線からたどっていく道しかないだろう。
「じゃあオル、そっちは任せるわよ」
バヨネッタさんに首肯を返すオルさん。その目はさっきまでと違ってやる気に満ちている。
『素材が分かったら連絡ください。いえ、是非とも共同研究をしましょう!』
浅野の方もやる気のようだ。
「いやあ、これで落ち着くところに落ち着いた感じですかね。めでたしめでたし。一件落着。はっはっはっはっはっはっ。…………すみません」
圧が、皆からの圧が凄かったんです。
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