第350話 実は無色透明

 真っ白の花。花だけではない。茎も葉も真っ白だし、なんなら地面まで真っ白になっている。何これ? 見た事ない花だが、何故か見覚えがある。


『ベナ草の花だな』


 とアニンが教えてくれて得心がいった。そうか、花には見覚えがなかったが葉や茎には見覚えがあったんだ。ベナ草か。これは、やばい能力なんじゃなかろうか? 俺は頭の中でこれがどれだけの価値になるか計算しながら、目の前のベナ草に手を伸ばす。


 バサ……


 だが俺が触れると、ベナ草はまるで雪が崩れるように壊れてしまった。


「残念だったなハルアキ。どうやら本当のベナ草ではなく、見せ掛けのベナ草だったみたいで」


 俺の内心を見抜いたように、トモノリが声を掛けてきた。


「全くだ。もし本物のベナ草だったら、ウチの商会にどれだけの利益をもたらしてくれた事か」


「そうなっていたら世界がひっくり返っているよ。魔王軍は直ぐ様解散して、そちらに全面降伏していたかも知れないな」


「そうか。それは本当に残念だった」


 俺はさして残念とも思っていない声で返事をしながら、何とか上半身を起き上がらせる。まあ、真っ白だった時点で違和感はあったからな。


 地面は俺を中心に真っ白い円を作り、その中でいくつものベナ草が咲き誇っているが、それらは海風ですぐに儚く崩れ去っていった。残ったのは粉雪のような白い粒。触ってみても冷たくないので、雪や氷ではないようだ。


 指で擦ればザラザラしている。覚えのある感触だった。匂いを嗅いでも無臭。では味は? と俺は白いそれを舐めてみた。


「おい! ハルアキ!」


 俺の行動に驚いたタカシが声を上げるが、俺は既に白いそれを舐めた後。そして俺はすぐに顔をしかめる事になった。


「不味いのか? 苦いとか、ジャリジャリしているとか?」


 心配するタカシに向かって一言。


「塩っぱい」


「塩っぱい……? え? 塩っぱいの?」


「塩っぱいって言うか、塩そのものだな」


「塩!? え? 何? ハルアキの新しいギフトって、塩を作るギフトなの?」


 タカシを始め、俺以外全員驚いていた。いつの間にか元に戻ったシンヤも、パソコンの向こうの浅野も、魔王であるトモノリまで。いや、俺も驚いているけどね。


「それって、強いのか?」


 タカシが素朴な疑問を投げ掛けてくる。


「いやあ、そもそもギフトやスキルで強いやつって言うのが例外で、基本的にどれも攻撃向きじゃあないんだよ」


「そうなのか?」


 何やら、不満と言う訳じゃあないだろうが、不思議そうにタカシが首を傾げている。


「人間、四六時中戦ってはいないもの。要は与えられたギフトやスキルを、どうやって応用して自身の活動に活かすかって事よ」


 と浅野が補足してくれた。


「確かに、塩なら汎用性や応用は高そうだな」


 そこにトモノリが付け加える。


「そりゃあ、ガチガチに化学が出来る二人なら、色々な使い道が思い浮かぶだろうけど、俺にはさっぱりだよ。どっちかって言うと、魔除け? 厄除け? 盛り塩とか」


 これにはタカシとシンヤが同意する。こっち系なら、魔族へと転生したトモノリにも効果ありそうだ。


「確かにな。そっちもそっちでありだけど、でも塩が生成出来るなら、水溶液にして+イオンと−イオンに分解からの電気生成とか出来るじゃないか?」


「水溶液に出来るなら、水酸化ナトリウムと言う劇物にも出来るんじゃない?」


「そっちもありだな。ついでに塩素も作れる。あっちは毒物か」


 とトモノリと浅野は塩をどのように使うか、あれやこれや説明してくれるが、全然頭に入ってこない。分解して電気に? 塩って劇物なのか? それとも毒物? 他にも、相手が氷雪系なら塩で溶かせるとか、いや、塩水の腐食力なら金属系全部駄目に出来るんじゃないかとか、何とも楽しそうな二人であった。


「まあ、良く考えて使ってみるよ」


 俺はそんな二人の話をぶった斬って立ち上がる。やっと身体に力が戻ってきたからだ。


「じゃあ、そろそろお暇するよ」


「なんだ、もう帰るのか?」


「これ以上聞いてもな。メカランの効果が出た時点で話は終わりだろう? それにこれ以上はこちら側が混乱して、会談までに統制出来なくなりそうだし。何であれ、トモノリの目指す世界と俺の目指す世界が違うってのが分かって良かったよ。周りはどうあれ、俺自身は気兼ねなくお前をぶっ潰せる」


 俺は真っ直ぐにトモノリを見定めて、トモノリへ宣戦布告した。


「ああ。受けて立つ」


 これに首肯するトモノリ。


「いや、魔王に宣戦布告するのは、勇者の役割だと思うんだけど?」


 そこにシンヤのツッコミが入り、場に笑いが起こって解散の流れになった。



「じゃあな、トモノリ! 達者でな!」


 タカシが、シンヤの飛行雲から手を振りながら、トモノリに別れのあいさつを告げる。


「いやいやいや、タカシとはこれが今生の別れなんだが? ノリ軽いな! そして戦う相手に達者も何もないだろ?」


 とツッコむトモノリ。


「そう言やそうだな。…………まあ良いや。俺たちが倒すまで達者でやっていろよ!」


「はは! 何だよそれ!? ……ああ、分かったよ」


 言ってトモノリはタカシに向かって拳を突き出し、それに応えるようにタカシも拳を突き出す。それが終わったのを見計らって、俺はトモノリに声を掛けた。


「じゃあ、次に俺とシンヤが会えるのは会談かな?」


「そうだな。会談になるかどうかは、そちらの状況次第だけどな」


「そうだなあ。まずはトモノリたちに先に見付けられてしまった、地球の勇者を見付け出すのが先決かなあ。こいつが見付からないと、こちらはどうにも身動き取れないからなあ」


 俺の言にシンヤが頷く。この件もトモノリに見逃されているんだろなあ。


「それにレベル上げもしておけよ。一撃で死なれてもつまんねえからな」


 それでメカランか。案外トモノリ側は今回の戦い、楽しめるかを重視しているのかも知れない。


「くっ、そっちもあるんだよなあ。商会の経営もあるし、色々あり過ぎて時間が足らねえ」


「はははは。またな。ハルアキ、シンヤ。タカシは、もし生き残ったなら、次の世界で会おう」


「そうなったら、俺がトモノリを倒しに来るさ」


「それは一番怖いなあ」


 そして全員が無言になる。どうにも別れ際と言うのはしんみりしてしまうものだ。それが久し振りに再会した友達ともなれば尚更だろう。


「じゃあな」


「ああ」


 最後にそれだけ言葉を交わして、俺たちは魔大陸を後にした。

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