第449話 男の対決(後編)

「いや、あれだけ生えていれば、相手の行動を阻害するには十分ですし、多少なら魔導具で動かせます」


「詰めが甘いわね」


 バヨネッタさんの言葉に押し黙るガドガンさん。まあ、確かにまだまだスキルの使い方に改良の余地がありそうだ。そもそもマチコさんは治癒要員で戦闘要員じゃないしね。けど、今回のミカリー卿との勝負に関してだけ見ると、可能性はゼロじゃないかな。何故なら、ミカリー卿が手を抜いているから。


 魔導書型の魔導具は初めてみるが、その存在はオルさんに聞いていた。その話によると、魔導書には一ページごとに魔石インクで魔法陣が描かれているそうだ。安い魔導書だと魔石インクの魔力が切れると、その頁の紙ごと砂となって消えてしまうそうだが、高い魔導書だと魔法陣が消えるだけで、紙は残るのだそうだ。


 つまり魔導書には頁の数だけ魔法が詰め込まれているはずなのに、ミカリー卿が今使っているのは氷の矢と鉄球だけだ。恐らく低級魔法で繰り返し使えるから、この二つを使っているのだろうが、これは隙であり油断だろう。まあ、あえて油断を誘い、マチコさんの実力を図っていると考えるのが妥当か。なのでマチコさんに出来る事は、今のうちにミカリー卿に傷を与える事なのだが、それが一番難しいよなあ。相手は無傷のミカリーな訳だし。


「ガドガンさんは、マチコさんの攻撃がミカリー卿に通る。と思っているようですけど、何故ですか?」


 首を傾げる俺に、ガドガンさんが理由を答える。


「昔、マチコと伝説の勇者や英雄で誰なら勝てる? って馬鹿話をした事があるんです。その時、マチコが勝てると断言したのが、ミカリー卿だったので」


 それは理由としては浅いのでは? でも断言出来ると言う事は、ミカリー卿の『不老』に対して、マチコさんが攻略法を思い付いている。とも取れるか。


「おお!」


 そこで周囲から歓声が上がった。氷の矢と鉄球だけのミカリー卿が、蔓草の対処に苦戦している中、蔓草が繁茂するグラウンドを、マチコさんが華麗なフットワークでミカリー卿に再度肉薄したからだ。あんな蔓草の対処、魔導書で刃を出すなり火で焼くなりすれば事足りるはずだ。それをしないと言う事はミカリー卿が本気を出していない証拠だろう。そしてミカリー卿に再度叩き込まれるマチコさんの左フック。


 ドゴッ!


 右腕でガードしたミカリー卿を吹っ飛ばすその威力は凄まじいが、どんな強烈なパンチもただの物理攻撃では意味がないだろう。それこそ、


「過剰再生か!」


「でしょうね。その効果なら、確かに『不老』のミカリー卿の細胞にも傷を付けられるかも知れないわ」


 俺の考えにバヨネッタさんは既にたどり着いていたらしい。視線は勝負を見守りつつ、声だけで反応してくれた。


「でも何で、攻撃と一緒に直接叩き込んだんでしょう? 無傷のミカリー相手だから、傷を付けられないのは最初から分かっていたはずです。それに『範囲再生』なんだから、遠距離からでも過剰再生させられるはずなのに」


 俺の疑問に答えてくれたのは、当然ガドガンさんだ。


「『範囲再生』は範囲を広く取れば取る程、その再生能力が減少するんです。ミカリー卿程の大物を相手にするとなると、普通に『範囲再生』を使用しても相手にレジストされると思ったのかも知れません」


 成程。それならあの行動も納得かな。最初に一撃ぶちかました時には、本当に自分の攻撃が効かないのか確認したかったのかもなあ。


 そんな会話の最中、吹っ飛ばされたミカリー卿が、蔓草の中から立ち上がる。どうやら傷はないようだ。過剰再生でも無傷のミカリーに傷を付ける事は叶わなかったらしい。と思っていたら立ち上がったミカリー卿の様子がおかしい。


「いやあ、ははは。こんな事になるとはねえ。長く生きているけれど、こんな体験は初めてだよ」


 と口にするミカリー卿の声が低音に変わっている。いや変わっているのは声だけではない。その見た目が、何倍にも膨れ上がり、身体がパンパンになっているのだ。つまり太ったのだ。


「成程。君のスキルを受けると、こんな事になるのか」


 そう言うミカリー卿相手にも、構えを解かないマチコさん。油断がないなあ。数刻前まであんなにだらけていたのに。


 そんな油断のないマチコさんは、更なる追撃を与えるべく、太って動きの緩慢になったミカリー卿目掛けて走り出す。


「参りました」


 とここでミカリー卿の思わぬ降参宣言に、マチコさんの足が急停止する。


「これでは闘えないからね。私の負けで良いかな」


 ミカリー卿は太った自身の身体を確認しながら、あっさり負けを認めた。にんまり笑うガドガンさん以外、誰も予想していなかったその結末にグラウンドが沸いた。


 それでもマチコさんは構えを解かなかった。いや、事態の急展開に脳がついていけていないのだろう。顔が呆然としている。


「君の勝ちだよ」


 とミカリー卿に再度宣言されて、そこで初めて自分の勝ちを認識出来たのだろう。握っていた拳を再度握り締めて、勝てた喜びに一人で浸っていた。


「いやあ、参った参った。良い勝負になると思っていたんだけど、まさか負けるとは想定外だったよ」


 ミカリー卿が繁茂する蔓草を、うんしょと掻き分けながらマチコさんに歩み寄り、握手を求めてきた。その差し出された手を、はにかみ笑顔で握り返そうとしたマチコさんの動きが寸前で止まる。そして手からミカリー卿の顔へと視線を上へ向ければ、そこにはいつもと変わらぬミカリー卿がいた。そう。太っていたはずのミカリー卿は、既に元のスリムなミカリー卿に戻っていたのだ。


「うん? どうかしたのかい?」


 いつもと変わらぬ微笑を湛え、ミカリー卿は握手寸前で止まっていたマチコさんの手を少々強引に握って、マチコさんの勝ちを褒め称えると、こちらへと戻ってきた。


「いやあ、負けてしまったよ」


「はあ。そうですか?」


 疑問形で返答した俺だったが、視線は呆然として固まるマチコさんの方へ向けられていた。

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