第450話 夕景と紅茶
「いやあ、絶景だね」
そう言いながらミカリー卿は、ローテーブルからお茶の入ったカップを手に取ると一口すすり、また夕景に視線を移す。
「こんな高所から自国を眺める事なんて、今まで生きてきて初めての体験だよ」
ミカリー卿の初体験なんて、レアだな。
俺たちは現在サングリッター・スローンに乗って、デウサリオンのあるマルガンダから東南にあるデミス平原に向かっている途中だ。飛空艇は夕陽が沈むオレンジ色の林野をゆっくり進んでいる。デミス平原に着くのは朝になるそうだ。
三層建てのサングリッター・スローンの一層の後方は、バヨネッタさんの私室となっており、現在そこに全員集合している。いるのは俺やバヨネッタさんに武田さんなど含めて十五名だ。一次通過者が減っているのは、グラウンドでの二組の勝負を見て、辞退者が出たからである。主に記念受験者らから。それにしても全員入れる私室って。いや、確かにこの飛空艇はバヨネッタさんのものだけれども。
「何を言っているやら。お世辞を言ったところで何も出ないわよ。ミカリー卿なら、空を飛ぶくらい訳もないでしょう」
とミカリー卿の対面に座るバヨネッタさんの言。なんだ、お世辞だったのか。でもバヨネッタさんも満更でもない顔をしている。ちなみに席はバヨネッタさん、俺、武田さん、ミカリー卿で、他の人は立っている。なんか悪いなあ。と思って、「座ります?」って聞いたら全力で拒否された。悲しい。
「いやいや、確かに私の魔導書に空を飛ぶ魔法陣はあるが、だからと言って空中を遊覧するのに使ったりしないよ」
それは……確かに? いや、そう言うもんか? でも、ミカリー卿でさえテンション上がっているんだから、これも商売になるんじゃなかろうか? 普通に飛行機とかテンション上がるもんな。……う〜ん、ここのところ商売っ気出し過ぎかな?
「そうそう。ハルアキの生まれた異世界から、美味しいお茶を手に入れたのだけれど、試してみない?」
「ほう。それは嬉しい申し出だねえ」
バヨネッタさんは機嫌良さそうに、『空間庫』から紅茶の缶を取り出すと、後ろに控えるカッテナさんにそれを持たせて、ミカリー卿へ持って行かせる。そしてそれをミカリー卿の後ろに控えるガドガンさんが受け取るのだ。面倒臭い。
更には、ガドガンさんは紅茶の缶を開けると、ティースプーンで一杯すくい手に取ると、それを口に含む。明らかな毒見である。これに俺は顔をしかめるが、周りの雰囲気は当然と言った感じだ。俺がペットボトルの水を渡した時は誰も諌めなかったのに。
「すまないねえ」
そんな中でミカリー卿はバヨネッタさんに無礼を詫びてくれた。
「気にしていないわよ」
椅子の肘掛けに頬杖突きながら、バヨネッタさんはもう片方の手をひらひらさせる。慣れているのだろう。
「すみません」
ガドガンさんもやった後で、自分がした事が礼を欠く行為であったと反省したようだが、まあ、ミカリー卿の下に就いたのなら、それも当然だろうか。
何と言うか、グラウンドでの一件以来、勝手に序列が出来てしまっている。バヨネッタさんは元々カッテナさんを気に入っていたので、カッテナさんを使用人として既に登用する気満々だし、そんなバヨネッタさんの下に就けなかったガドガンさんは、上手い事ミカリー卿の下に納まっていた。武田さんは気安いのか気が合うのか、バンジョーさんを横に就けている。そして俺はと言うと、
「なんか悪いねえ、マチコさんもこんな事をする為に試験を通過した訳じゃないのに」
お茶出しをしてくれているマチコさんに頭を下げる。
「いえ、頭を上げてください。俺も先代の元で修行していた頃に、その一環としてお茶出しなんかはしていましたから。特に苦もありません」
そう言って貰えると助かる。
「それに、勇者に枢機卿、魔女が使用人を使っているのに、使徒様だけが手ずからお茶を飲むというのも、どうかと思いますから」
はい。なんか変に位が上がってしまった為に、面倒臭い上流階級の仕来りに巻き込まれてしまったな。気楽に行きたいんだけど、今後モーハルドでそれは無理かなあ。いや、ラシンシャ天みたいな相当気楽な人もいるしな、出来なくもないかなあ。
「へえ。独特だけど美味しいね」
俺が一人悶々としている間に、ミカリー卿がバヨネッタさんから貰った紅茶を飲んでいた。
「そうでしょう。不思議な味よね」
とバヨネッタさんの方も、同じ紅茶をカッテナさんに注いで貰って飲んでいる。あ、武田さんもだ。俺だけ飲まない訳にもいかないので、急いで紅茶を口に持っていく。
「あっつ!」
「何やっているのよ、ハルアキ」
「すみません」
俺が馬鹿やってテーブルを囲むミカリー卿や武田さんなんかは笑ってくれているけど、それ以外が笑っていない。う〜ん、やはり魔女への風当たりが強いな。カッテナさんはにこにこしているけど。そう思いながらもう一度紅茶に口をつける。うん。美味しい。マチコさんに紅茶の缶を渡して貰うと、ダージリンと記載されていた。確か世界三大紅茶のはずだ。
「どうかしたの?」
「いえ。流石はバヨネッタさん、良い味覚をお持ちで」
「当然の事を言われても嬉しくないわね」
ははは。ですよねえ。とは言え満更でもないバヨネッタさんは、お茶請けのクッキーまで出してくれるのだった。
「向こうのお茶は品質が安定しているよなあ」
と武田さんが率先してクッキーを食べながらお茶を濁す。何をやっているのやら。言外で、毒見はいらない。と言ってくれてるのありがたいです。
「こっちと違って、基本は一種類の茶の木のバリエーションですからねえ」
「え? 同じなの?」
バヨネッタさんが驚いて固まっている。珍しいな。でも面白いものが見れた。ミカリー卿も、面白そうだ。と口角を上げて目を細めている。
「発酵具合で味や呼び名が変わるんです。無発酵なら緑茶。半発酵なら烏龍茶。完全発酵なら紅茶。向こうの世界には『空間庫』がありませんから、昔は食品の長期運搬には腐るリスクがあったんです。元は半発酵の烏龍茶を海上輸送している間に発酵が進んで、紅茶になったのが始まりだと言われていますね」
「へえ、面白いわね」
「と、この紅茶の缶に入っていたカードに掛かれていました」
そんな半眼で見ないでください。
「まあ、ハルアキの演説よりは信憑性があるわね」
カッテナさんが馬鹿笑いして、周囲から白い目で見られていた。
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