第611話 対ゾンビ竜と亡霊女(前編)

 ガローイン(女)の凍えるような殺気が、フロア全体を覆い尽くすと同時に、俺たちも戦闘態勢へと移行する。


 まず、俺が『虚空』を発動。『清浄星』でその場の全員を小さな星の中へと収めた。これまでの『清浄星』では、星に荒涼とした大地を形成する程度だったが、『虚空』に進化した事で、大地は草木生い茂る豊穣な森林へと変貌を遂げていた。


「ふん、結界系スキルの亜種ですか」


 冷静に分析するガローイン(女)。その泰然自若とした振る舞いに、別の場所に移動させられたと言う動揺は微塵も見受けられない。


「もしかして、広ければワタクシの竜のブレスによる広範囲攻撃から逃れられると踏んでの仕掛けですか?」


 木々に隠れ、ガローイン(女)とガローイン(竜)から距離を取る俺たちの行動に、そう受け取ったらしいガローイン(女)だったが、そんなものは意味をなさない。とでも示すように、ガローイン(竜)がその形を変化させていく。


 ガローイン(竜)はフロアと言う閉鎖空間での戦闘を想定してか、翼と後ろ脚の火袋を持ち合わせていなかった。完全に地上戦に特化した姿だったのだ。それが広大な星の大地に降り立った事で、背からは皮膜の翼を生えさせ、後ろ脚には火袋が形成される。


「マジかよ」


 その変容に思わず声が漏れ、そして背筋をゾッと悪寒が走り、その場から伏せるように飛び退く。直後に、周辺の木々諸共に空間を斬り裂く無色の刃が、俺の頭上を通り過ぎた。


 危な! と空間を斬り裂いた刃が飛んできた方を振り向けば、そこには当然の如くガローイン(女)が立っていた。


(空間系のスキルか?)


 と思考を巡らせる俺の周囲で、脳がバグる出来事が発生する。空間を斬り裂く無色の刃によって倒れていく木々が、まさに時間が巻き戻るかのように、浮き上がり、切断面が綺麗にくっついて、元の森林となったのだ。


(時空系! しかも時間を巻き戻せるなんて、俺の『時空操作』でも出来ない芸当だぞ!)


 そんな俺の心の呟きなどお構いなしに、ガローイン(女)は無造作に腕を振るう。するとその振りに合わせるように無色の刃が空間を斬り裂くのだ。それを繰り返すガローイン(女)。振るった無色の刃を俺が避ける度に木々は倒され、そしてまた元通りになる。その繰り返しだ。どうやらガローイン本人は俺にご執心のようで、真っ先に俺を殺したいらしい。なら、


『バヨネッタさん!』


『言われるまでないわ』


 そう言って森林から飛び出してきたのは、バヨネッタさんが所有する飛空艇、サングリッター・スローンだ。これを視認したガローイン(竜)が翼をはためかせ、火袋から炎を噴き出し、中空へ飛び上がろうとするのを、サングリッター・スローンが側面の重機関銃やレーザー砲で阻止しようとするが、これをガローイン(竜)は意に介さず、その強靭な鱗で跳ね返して、空へと飛び上がった。


 デカい。が、的としても大きい。それは長所であり短所だ。


 ドオオオォォ!!


 ガローイン(竜)が中空でその図体を留めたところを狙って、カッテナさんが人工坩堝を弾丸とした単発銃を撃った。その巨体で狙いが外れる訳もなく、ガローイン(竜)の土手っ腹を貫く高密度のエネルギー波。


 これはもう倒しただろうと、皆の期待が『六識接続』越しに伝わってくるが、それは淡い夢でしかなかった。


 ガローイン(竜)は腹が崩れ落ちて内臓丸見えとなりながらも、墜落する事なく、そのまま中空に留まり続けていた。ゾンビだからだろう。痛覚がないので、痛みにその巨体をよじる事もなく、平然としている。それどころか、腹に空いた傷口は、骨を形成し、内臓を復活させ、血管を、筋肉を、皮膚を、鱗を、時間を巻き戻すかのように再生させていく。


「マジかよ」


 この戦いで二度目の「マジかよ」。それ程信じられない。いや、信じたくない光景だった。ガローイン(女)のスキルなのだろうが、あれは反則級じゃなかろうか。俺へと無色の刃を振るいながら、淡々と近付いてくるガローイン(女)へ、思わず目を細めて睨んでしまう。


 武田さんの事前情報から、ガローイン(竜)は、時間経過でスケルトンドラゴンから、ゾンビドラゴンへと肉体を再生させる能力がある事は分かっていた。それにしてもこの再生速度は異様であり、これにガローイン(女)の時空系スキルが関与しているのは明白だ。


 ガローイン(竜)の再生速度が、これだけ速いとなると、いくら大ダメージを与えたところで、無意味と思えてくる。とは言え、先に眼前のガローイン(女)を倒す事にシフトしたとしても、


「グルルルオオオオ!!!!」


 ガローイン(竜)が咆哮とともに口腔から、闇色のブレスを吐き出し、それが辺り一帯を包み込む。この闇色のブレスはこちらの視界を遮るだけでなく、身体能力弱化、魔法効果低下のデバフを与えてくる厄介なものでもあった。ここでの魔法にはスキルとギフトも含まれる。


 俺は直ぐ様デバフのブレスで覆われた辺り一帯に対して、『聖結界』を張る事でこれに対応を試みる。見る見る浄化されて清浄な空気に変わっていく森林地帯であったが、それはまたも巻き戻される事となった。


 ガローイン(女)の時空系スキルによって、俺の『聖結界』は巻き戻され、代わりに闇色のデバフのブレスが復活する。これが皮膚に触れて、だる重くなる身体。くっ、闇色のブレスに対しては、事前に俺の『聖結界』で無効化すると決めていたのに、これでは一から作戦を練り直しだ。


 厄介な事態になった。と俺は闇に紛れ姿を消したガローイン(女)が、内心せせら笑っている様を想像していた。

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