第612話 対ゾンビ竜と亡霊女(後編)

 ゾッとする悪寒を感じ、地面に伏せると、俺の上を闇色のブレスを斬り裂くように見えない何かが通り過ぎ、これによって俺の周囲木々が倒れていく。それに巻き込まれないようにと、身体を動かそうとするが、身体能力弱化のデバフのせいで、身体がだる重い。


 何とか身体を起き上がらせたところを狙って、俺の上を通り過ぎた無色の何かが、元あった場所に戻って来る。今度はそれを飛び上がって回避した。俺の回避とタイミングを合わせたように、周囲の木々が巻き戻る。


『バヨネッタさん、上空はどうなっていますか?』


『ここは大丈夫よ。どうやら竜のブレスは空気よりも重いらしくて、木々より高い場所までは昇ってこないわ』


 となると、全員でサングリッター・スローンに乗り込むのも一手か。いや、そんな事をすれば、サングリッター・スローンにガローイン(竜)とガローイン(女)の攻撃が集中してしまう。なら、と俺は自分の周囲にだけ『聖結界』を張りながら、この場から移動を開始する。


 そんな俺の『聖結界』を壊そうと、ガローイン(女)の攻撃が連続して襲ってきて、その度に『聖結界』が壊され、そして張り直す。俺とガローイン(女)との戦闘が平行線をたどる中、デバフのブレスで覆われる間も、皆はそれぞれデバフに対抗していた。


 ミカリー卿は魔法で結界を張り、デムレイさんは『岩鎧』で自身の周囲をドーム状に囲い、カッテナさんは『反発』によってブレスを退ける。武田さんは『転置』でブレスの範囲外まで転移し、ダイザーロくんは雷のような速さで武田さんと同じくブレス外へと退避した。武田さんには結界を張れるヒカルもいるし、バヨネッタさんも結界を張れる。こうなってくるとダイザーロくん以外、皆ブレスに対抗出来るな。これなら『清浄星』に戦いの場を移さなくても良かったかも知れない。


 そんな現状でガローイン(竜)にバヨネッタさん、武田さん、ダイザーロくんが攻勢に出る。俺はガローイン(女)に動きを封じられて空を飛べないし、他の皆もガローイン(竜)のブレスのせいで動けない。リットーさんが残っていれば、飛竜ゼストルスによって対抗出来ていたが、シンヤに取られてしまったからな。


 バヨネッタさんがガローイン(竜)の周囲を旋回しながら、重機関銃とレーザー砲で攻撃していく。ブレスの届かない遠方まで退避した武田さんとダイザーロくんも、光と電撃で応戦するが、ガローイン(竜)の鱗は頑強で、傷を付けられていない。精々がその衝撃で動きを鈍らせるくらいが関の山だ。


 サングリッター・スローンの坩堝砲が使えれば、ガローイン(竜)に大打撃を与える事も可能だろうが、カッテナさんの持つ単発銃と違い、サングリッター・スローンの坩堝砲は、充填時間が掛かる。その間無防備になるサングリッター・スローンを放置する程、ガローイン(竜)も馬鹿ではあるまい。


 そうなると他の面々でサングリッター・スローンが坩堝砲を発射出来るだけの時間稼ぎをしなければならないのだが、現状デバフのブレスでそれが出来ない状態なので困っている。


 ガローイン(竜)は三人の攻撃など、チクチクとした痛痒かのように意に介さず、身体を上に向けると、口腔を大きく開いて、天に向かってマグマを吐き出した。


 それはまるで火山のようで、雷をまとった噴煙と、全てを焼き尽くすかのような灼熱の炎をまとった岩石群が、ブレス以上の広範囲へと降り注ぐ。


(マジかよ!?)


 闇色のブレスに視界を遮られ、他の皆の視界からその様子を確認するも、これまでのどの魔物よりも派手な攻撃に、逆に現実感を失って、呆然としてしまう。バヨネッタさんと武田さん、ダイザーロくんはその攻撃範囲から更に遠ざかり、他の面々も使用魔力を上げて、この災害に抵抗する。


『武田さん、これはいったい……』


『俺だって知らないよ! 前回は灼熱の炎のみだった! 火山噴火みたいな事が出来るなんて予測してなかった!』


 …………成程。スケルトンドラゴンや、ソンビドラゴンでは、灼熱の炎程度で済んでいた攻撃力が、フレッシュゾンビドラゴンになった(戻った)事で、その攻撃力を増した訳か。森林は瞬く間に火に包まれ、俺たちの逃げ場をなくしていく。これは隠れる場所が多いからと、『清浄星』のフィールドを森林にしたのは完全に悪手だったかな。


 こうなってくると、防御に徹して身動きが取れず、長期戦になれば魔力切れと言う形で継戦不能となって殺されるな。まあ、元より短期決戦が俺たちの作戦だ。それを実行するだけである。


 ズドンッ!


 何度目かの俺とガローイン(女)との攻防に、横から割り込んできた者が現れた。カッテナさんだ。俺はただ当て所なくガローイン(女)から逃げていた訳ではない。ガローイン(女)をカッテナさんの方へ誘き寄せていたのだ。撃たれた銃弾は黄金のデザートイーグルのもの。そう、『縮小』で小さくされていた銃弾が、見えない何かを引き戻そうとするガローイン(女)がいると思われる方へと解き放たれ、巨大化しながら飛んでいく。


 森林の木々を破壊しながら、視えないガローイン(女)へ向かっていく巨大な黄金の銃弾。が、それはガローイン(女)に当たる事なく、時間が巻き戻るように、カッテナさんの方へと縮小しながら戻っていった。


 残念ではない。それは『六識接続』でこちらも共有済みだ。ガローイン(女)に隙を、俺から目を離すわずかな時間が設けられれば良かったのだ。


 ぽつり、ぽつりと水滴が森林の草木に当たる。上を見れば空は真っ暗な曇天となり、そこから降り出した雨粒は、瞬く間に細雨から大雨へ、そして土砂降りの豪雨へと移り変わり、森林を覆っていた闇色のブレスを霧散させ、燃え広がった火事を鎮火させていく。


 そんな雨の効果はそれだけではなかった。上空を飛び回るガローイン(竜)が、雨を浴びて苦しみ出した。この雨に、聖属性が付与されているからだ。体内の坩堝を、喉にある第四の坩堝まで開放しての聖属性の雨だ。いくら立派な鱗で守られていようと、ゾンビにはこの雨は辛かろう。それにガローイン(女)も亡霊だ。聖属性攻撃は苦手なはず。実際に雨が降り出してから、ガローイン(女)からの攻撃回数が少なくなってきた。時空系スキルでこの雨を防ぐ事に、スキルの一部を割いているのだろう。


『じゃあ、やっちゃいますか』


 俺の念話による号令を、待ってましたとばかりに曇天の大空に大穴を空けて、巨大な隕石が降ってきた。デムレイさんの『隕星』による隕石召喚だ。聖雨で混乱していたガローイン(竜)は、これをその身にもろに受け、地上へと墜落させられる。そこへ更なる追撃として、ミカリー卿が聖雨を氷に変えてその場に氷漬けにする。


 それでも暴れるガローイン(竜)であったが、ダイザーロくんの『超伝導』で鱗の剥がれた箇所から高圧電流を流され、隕石、氷、電気で身動きが取れなくなったところへ、既に充填を完了させていたサングリッター・スローンの坩堝砲が発射される。


 ズドオオオオッッ!!!!


 坩堝砲がガローイン(竜)を跡形もなく蒸発させた。やり過ぎか? とも思ったが、ガローイン(竜)のいた場所には、ただ一つ、カヌスの黄金像だけが残っていた。


 武田さんが『転置』でその黄金像を手にしたのを確認したところで、俺は『清浄星』を解除し、黄金像を持った武田さんは、直ぐ様再度の『転置』で台座まで転移すると、それを台座の中央に置いてみせたのだった。


「俺たちの勝ち、ですね」


 ワープゲートが開き始める中、自身の姿を隠す事もやめたガローイン(女)は、色々な感情がこもったような嘆息をこぼすと、どこかスッキリした顔でこちらを見詰めてくる。


「そうですね。アルティニン廟攻略、おめでとうございます」


 それは彼女が俺たちに初めて見せた笑顔であった。

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