第610話 仁義を切る
「ええ〜と、いくつか質問しても?」
「ワタクシは構いませんよ。ただ、この竜は時間が経つ程に強化されていきますが、それでもよろしいなら」
成程。武田さんの話では、スケルトンドラゴンだったはずの竜が、今はフレッシュゾンビドラゴンとなっているのだし、そのような仕様なのだろう。とは言え、聞きたい事はあるので、俺は皆の方へ振り返る。皆もこの状況に疑問があるのだろう。質問したい俺に同調するように、首肯してくれた。
「ええ、それでは、あなたがガローインさんだと言うのは分かりました。ではその竜は何でしょう?」
「この竜はこのフロアの守護者。あなた方が言うところの、中ボスですね」
成程。このアルティニン廟では、五体の大ボスは階層を問わず自由に動き回れる。そして二十階層ごとのワープゲートはそのフロア独特の仕掛けで守護されていた。地下二十階は無限湧きする骸骨兵たち。地下四十階は雷の雨が降り注ぐ部屋で、雷耐性のある怨霊たちに、『恐怖』持ちの中ボス怨霊。地下六十階ではリビングウェポンに中ボスの阿修羅骸骨、そして大ボスのシンヒラー。地下八十階は部屋全体がドロドロゾンビで出来ており、地下百階では化神族のデュラハンが待ち受けていた。ならここ地下百二十階を守護しているのが中ボスなのも頷ける。だが、
「その竜のステータスにも、あんたと同じ『ガローイン』って名前が付けられている理由は?」
武田さんが気になった事を尋ねてくれた。
「この竜はカヌス様から頂いたスキルにより、ワタクシが運用している魔物ですので、デフォルトでそのような名前となっているのですよ」
ああ、この人、RPGの主人公の名前を初期から変更せずに、元から付いているデフォルトの名前や、『ああああ』で始めるタイプか。
「それで、このフロアのクリア条件なのですが、『ガローイン』本人であるあなたを倒せば通過出来るのか、そちらの竜の『ガローイン』を倒せば良いのか、どちら何でしょう?」
俺が尋ねると、答える前にガローイン(女)は後ろを振り返った。
「奥に魔法陣があるのが見えますか?」
確かにこのフロアの最奥に、これまでにも見てきたワープゲートの魔法陣がある。
「あれに五つの翠玉像を台座に置くと、地上へとワープゲートが開きます」
それは知っている。ちらりと武田さんを見遣っても頷いたので、正しい情報だろう。
「つまり、ここで竜やあなたを無視して、台座に翠玉像を置いても、地下界、無窮界へは行けないと?」
「そうです。この竜の中に、カヌス様を模した黄金像が封じられています。これを倒し、その黄金像を台座の中央に置く事で、無窮界への扉は開かれるのです」
この竜を倒すのは絶対って事か。
「では俺たちが相手をするのは、その竜だけって事ですか?」
「…………」
返答がない。無言でこちらを見詰められると、怖いんですけど。ガローイン(女)はしばらくこちらを見詰めていると、「はあ」と軽く嘆息をこぼし、己がここにいる理由を話し始めた。
「あなた方はここまで来るのに、ジオと出会していない事を不思議に思いませんでしたか?」
それは思ったし、俺の質問の一つでもあった。なのでガローイン(女)の問いに首肯を返す。
「ジオは今回のあなた方の侵攻に手出ししない旨を、カヌス様に上申しました」
そうなのか。理由は……やっぱりあの安全地帯の町の運営が大変だからかな?
「理由は、あの仮初めの町の運営に注力したいとの説明でしたが……」
そこで俺に冷徹な視線を向けるガローイン(女)。フロアの冷たさも相まって、鳥肌が立つ。
「ワタクシの見解では、情でも湧いたのでしょう。それとも共に町の運営をしたあなたへ仁義を切ったか」
仁義を切るか。仁侠モノを想像するものもいるが、ビジネス用語だ。おっさんビジネス用語などとも言われるので、年配の社会人が使う言葉だが、意味としては新しい職場に配属された者が、前任者に倣い、業界独特のルールやマナーを守って、あいさつ回りなどで他部署や社外と顔合わせをして筋を通しておき、以後の仕事を円滑に進める事を指す。今回の場合は、ジオが俺の代わりにカヌスに対して仁義を切ってくれたのだ。
それだけジオが俺を高く評価してくれていたと言う事であり、今後の六領地同盟の事を考えると、ここで俺を優遇しておく事が、後々役に立つと判断しての事だろう。もしかしたら、他の五領地へも、根回しがてら仁義を切ってくれているかも知れない。
「まあ、ここで死にゆくあなた方に、情けを掛けたところで、無駄と言うものですが」
ガローイン(女)としては納得していないようだ。
「それで、ジオの代わりに、ガローインさん自ら出張ってきたと?」
ガローイン(女)の目が細まる。それとともにフロアの温度が更に下がった。これは何か地雷を踏んだかな?
「あなたたちはカヌス様の面子に泥を塗りました。死ぬ理由はそれだけです」
たかがゲームで。と言いたいところだが、どうやら彼女にとってカヌスとは唯一絶対の存在のようだ。その存在へ唾を吐きかけた俺たちは、到底赦される存在ではないのだろう。
「質問はそれでお終いですか?」
「そうですね」
「では死んでください」
ガローイン(女)から、殺気がまるで冷気で出来た無数の槍のように俺たちへ襲い掛かってきた。これに晒されながら、俺たちは二体のガローインとの戦闘に突入する。
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