第609話 予想外
「それで、ピクトレーサーで初代魔王であるカヌスに勝利して、エキストラフィールドから脱出した、と?」
ここは日本のとある場所にある温泉旅館。バヨネッタ天魔国の保養地である。その温泉旅館で俺とミカリー卿、ダイザーロくんが使わせて貰っている部屋で、俺の進言でペッグ回廊の最下層への挑戦を一時止めていたシンヤに、エキストラフィールドで何があったかを説明していた。
「馬鹿にしている?」
畳の部屋で座椅子に座りながら、呆れてローテーブルに頬杖を突くシンヤ。その目は胡乱なものを見るようで、全く信用していない。
「嘘にしか聞こえないだろうが、これが真実だからなあ」
俺は腕組みして身体を座椅子に預けながら、説明の間じっと聞いていたリットーさんに目を向けた。
「本当だ!」
相変わらず大きな声のリットーさん。その真っ直ぐな声に、気圧されるシンヤだったが、それでも信じられず、ミカリー卿やダイザーロくんを見遣る。両者が頷いた事で、「はあ……」と何かを諦めたようにローテーブルに突っ伏した。
「こんなの仲間にどうやって説明すれば良いんだよう?」
そう愚痴られてもな。事実と言うのは往々にして想定外となるものだ。
「そこはぼかして説明して良いんじゃないか? 単純にレベル五十を超えたから、エキストラフィールドから出る条件が整ったとか」
「…………そうするよ」
そう相槌を打ちながら、また溜息を漏らすシンヤだった。
「じゃあ、リットー様はそちらでの役目を果たされたのだから、こちらに戻ってきて貰って良いんだな?」
「ええ〜、このままこっちじゃ駄目?」
睨まれた。まあ、向こうもカツカツなんだろう。ここは譲歩するか。
「ではリットーさんはシンヤと合流すると言う形で」
「うむ! あい分かった!」
そんなこんなでシンヤとの話はここまで。シンヤがリットーさんを連れて武田さんの案内で旅館を出ていった翌日、俺たちも再度アルティニン廟踏破に挑む事となった。
「呆気ないものね」
エキストラフィールドで全員がっつりレベルを上げたからだろう。停滞していた地下六十階から地下八十階まで、全く苦労する事なくやって来た俺たちは、ここの中ボスであるドロドロのゾンビを倒していた。バヨネッタさんの言葉に、皆が頷く。
ドロドロゾンビはフロア全体に粘体のように張り付き、床や天井、壁から無限にゾンビを生み出す本来なら厄介な相手であったが、ミカリー卿の絶対零度の魔法でフロア全体を凍らせ、そこへダイザーロくんの『超伝導』で電撃を流し込む事で相手の動きを封じ、そこへフロアに入った瞬間に『慧眼』で一目見て弱点である魔石の位置を看破したバヨネッタさんが、キーライフルを放って一撃確殺である。
「このペースで遅れた分を巻き返して、さっさと地下百二十階まで行きたいものですね」
「ただこの先には、百階の中ボスもいれば、ジオに、最後の砦であるスケルトンドラゴンのガローインもいるからな。気は抜けない」
武田さんに半眼を向ける。せっかく人がやる気になっていると言うのに、それを折るような事を言わないで欲しい。そんな事は百も承知なのだ。
それでも俺たちの進行速度が落ちる事はなく、俺たちは地下百階を守る中ボスがいるフロアの前まで来ていた。
「おかしい」
「おかしいですね」
武田さんの呟きに、俺も皆も同意する。俺たちのここまでの進行速度はかなり速い。カヌスのここまでのやり口からすると、地下百階までのどこかで、ジオと戦う事になっていてもおかしくないはずだ。それなのに、ここまで会敵せずに来ているのはおかしい。皆がそれを感じていた。
地下百階を守護するのは、デュラハンであった。首なしの黒馬に跨がり、己の首級を脇に抱えた黒鎧の騎士。その黒い姿から、それが化神族であるのは間違いない。これまた厄介な相手。で間違いないのだが、俺が『有頂天』から、『虚空』の『時間操作』タイプAでデュラハンの動きをのろくしたところで、カッテナさんがデュラハンから化神族を『分割』。後は皆で総攻撃と言う名のたこ殴りで勝ちを得てしまった。
思わぬところで化神族を手に入れたので、ここで一旦地上に戻り、日本に戻り、化神族をオルさんのいる魔法科学研究所で保管して貰い、温泉旅館で一泊して、地下百階以降を降りていく。そんな俺たちの行く手に立ちはだかるはずのジオは、
「どうなっている?」
思わず武田さんの方を振り返るデムレイさん。その気持ちは分かる。疑心暗鬼を生ず。ここまで出会わなかったと言う事は、この地下百二十階のフロアで、スケルトンドラゴンのガローインとともに待ち受けている可能性が、極めて高いと言う事だ。最後の最後で大ボス二体を相手にしないといけないとなると、いくらレベルを上げているとは言え、こちらが不利と言わざるを得ない。
「どうなっている? と言われてもな。俺の方が尋ねたいくらいだ。カヌスの性格が悪い。としか答えようがないな」
皆の視線に晒されて、どこかバツの悪い気持ちを抱いている印象の武田さんは、肩を竦めて首を横に振ってみせて、それは自分のせいではない。と虚勢を張る張り子の虎のようだった。
「武田さんを責めても仕方ありません。今回の俺たちの進行は、向こうからしても想定外だったと、カヌスも言っていた事ですから。それよりも、大ボス二体を相手にするんですから、気を引き締めて行きましょう」
俺の言に、仕方なしと諦めたのか、デムレイさんは嘆息を漏らすと、息とともにくだらないアレコレを吐き切り、シャンとした面持ちとなって、俺に頷き返してきた。
他の面々も同様に戦闘態勢に入ったところで、俺が先頭で地下百二十階のフロアの扉を開けた。
「…………ッ!?」
開けた瞬間に、思わず我が目を疑った。冷え冷えとしてスモークのように冷気で覆われている広大なフロア。そのフロア中央に鎮座する竜は、バヨネッタさんのサングリッター・スローンと遜色ない大きさだ。だが驚いたのはその大きさではない。事前にスケルドラゴンだと知らされていたのに、そこで己の尾を枕にして横たわる竜は、全身を緑の鱗に覆われた、生ける竜の姿だったからだ。
「フレッシュゾンビドラゴン……ッ!?」
『空識』で竜の種族を見破った武田さんの口から、そんな言葉が漏れる。
「どう言う事です?」
何となく寝ているように見えるこの竜を起こさないように、小声で武田さんに尋ねる。
「…………俺たちが以前に戦った時も、時間経過でガローインはスケルトンからゾンビへと肉付きながら変態していっていた。それを考えると、最終的に通常のドラゴンのような姿になってもおかしくはない。おかしくはないが……」
納得は出来ないよなあ。これって、俺たちがエキストラフィールドでもたもたしていたから、スケルトンドラゴンが、フレッシュゾンビドラゴンにまで強化された。って事だもんなあ。カヌスの性格の悪さが出ている。
「それでも引き返す選択はないか」
諦めつつ『有頂天』でフロアを認識する。ガローインがフレッシュゾンビドラゴンになっていたのは全くの想定外だが、探してもジオの姿を見付けられないのも想定外だった。その代わりと言うべきか、
「バヨネッタさん、ガローインのその奥を覗いてみて貰えますか?」
俺の言葉の意味を解して、バヨネッタさんが『慧眼』でガローインのその更に先を見遣る。
「何者かいるわね。亡霊かしら?」
「本当か?」
バヨネッタさんの発言に武田さんが驚く。武田さんには感知出来なかったようだ。
「あら、もうバレてしまったのですね」
そうやって何もない空間から、一人の亡霊の女性が現れた。ガローインの鱗と同じ緑の髪をした亡霊の女性。俺たちは彼女を知っていた。カヌスの側に仕えていた、あの名も知らぬ女性だ。緑の髪に緑の鱗。何も関係がないとは思えない。
「ここまで来て失礼ですが、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。よろしいですよ。
ああ、そう言う感じね。
「カヌス様とのゲームの際にはお世話になりました」
ピクトレーサーで俺たちが勝利した後、闘技場は俺たちの勝利に納得がいかない観客たちによって、暴動が起きそうになったのだが、彼女、ガローインがピシャリと一言でそれを静めてみせたのだ。成程、彼女こそがガローインであるなら、それも納得である。
「いえいえ。良いのですよ。どうせあなた方はここで死ぬのですから」
そのピクリともしない無表情が、無慈悲さを物語っていた。
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