第608話 崩壊都市コース(後編)

 まんまとバヨネッタさんたちを出し抜いたカヌスは、崩壊都市を西へと移動していた。目指すは南のバルーンだ。


『私はカヌスを追うから、タケダはダイザーロの救出とサポート、カッテナはカヌスの先回りして、南西のバルーン地帯へ。場合によってはバルーン地帯周辺を壊して、このゲームはドローに持ち込むわ』


 バヨネッタさんの指示に従い、それぞれが動き出す。


 武田さんはビルに突っ込んで動けなくなったダイザーロくんを、クレーンで引き摺り出し、陥没した道をクレーンで吊り上げて渡らせる。カッテナさんは南のバルーン地帯は素通りして、南西のバルーン地帯へと急いで移動していた。


 そして一人カヌスを追うバヨネッタさん。バヨネッタさんはこの時点でこのレースでの勝ちを半分、いや、七割放棄、ドローへと持ち込むのを優先するつもりらしく、カヌスが向かう南のバルーン地帯へと向けて、レーザー砲にバッテリーのエネルギーをチャージしていき、特大のレーザー砲を撃ち放った。


 ドゴォォォォ!!


 特大レーザーが、射線を遮るビル群を貫いて、南のバルーン地帯へと熱光線を穿つ。これによってドミノ倒しで倒壊していくビル群。これを避けつつ相変わらず見事なドライビングテクニックで南のバルーン地帯へと向かうカヌス。


 右へ左へマシンを動かし、倒壊するビル群、陥没する道を、時にミサイルで破壊し、時に射出式ウィンチで乗り越えながら、カヌスのマシンはビルの倒壊で道が塞がれる寸前に、南のバルーン地帯へと滑り込むと、ドリフトしつつバルーンにタッチして、そのまま勢いを殺さずに、南西のバルーン地帯へと向かった。


『くっ!』


 その活躍は闘技場上空のスクリーンを監視するリットーさんの視界の共有によって、俺たち全員の知るところとなり、念話でもバヨネッタさんが苛立っているのが分かる。


 観客席がこのカヌスの活躍に沸き立つ中、俺とデムレイさんはせっせと北西のバルーンにタッチを終え、東へと進路を取っていた。この時点で時間は六分を過ぎており、全バルーンにタッチ出来るか、タイムアップになるかは瀬戸際と言える。


 一方ダイザーロくんと武田さんはと言えば、バヨネッタさんがカッテナさんの後を追うように西へ向かう中、南東のバルーンにタッチを終えると、なんとバヨネッタさんによって倒壊させられたビル群の上を突っ切る事で、南のバルーン地帯へと直進してショートカットしていた。賢いな。


『着きました!』


『壊しなさい!』


 カヌスより先に南西のバルーン地帯へと到着したカッテナさんに対して、バヨネッタさんは躊躇いなく破壊の命を下す。


 これを受けて行動を開始するカッテナさん。レーザーカッターや丸鋸で、カヌスがやって来る東北東方面のビル群を破壊してみせる。


 これに対してカヌスは南へ進路を取ると、東回りに南西のバルーン地帯へと向かう動きをみせる。それを好機と捉えたバヨネッタさんが、リットーさん視点とマップ位置からカヌスの場所を割り出し、チャージした特大レーザーをカヌスのマシン目掛けて撃ち放つ。が、それを急ブレーキでもって、すんでのところで躱してみせたカヌス。しかもこの行動自体がカヌスの罠だった。


 バヨネッタさんの特大レーザーによって、ビル群に真っ直ぐ空いた大穴に飛び込むカヌスのマシン。下手をすれば倒壊するビル群に巻き込まれて、マシンが潰されてもおかしくない中、カヌスは最高速で大穴を通り抜ける事でこれを回避し、見事に南西のバルーン地帯へと到着すると、直ぐ様バルーンにタッチし、その場を離脱した。バヨネッタさんが『慧眼』で直接視れていれば違っていたかも知れないが、こればかりは仕方なしか。


 この見事な脱出劇に観客席は更に沸き立ち、闘技場のボルテージが高まる。そんな中を俺とデムレイさんはまるでコソコソ隠れるように北のバルーンにタッチし、残る北東のバルーン地帯へと向かう。


 現時点で残るバルーンの数は、俺とデムレイさんは北東と南西のバルーンの二つ。ダイザーロくんが南のバルーンにタッチしたので、残るは南西のバルーンと、移動するバルーンの二つ。そしてカヌスは西と北西のバルーンと移動するバルーンの三つだ。


 これはこちらが勝利するかも知れない。とにわかに野心が心から漏れるが、南のバルーンにタッチしたダイザーロくんは、前方の倒壊して道が塞がれた南西地帯に立ち往生。己のマシンの射出式ウィンチや、武田さんのクレーンを使って、何とかゆっくり南西地帯を進んでいた。


 俺とデムレイさんも、北東のバルーンは良しとしても、残るのは真反対にある南西のバルーンだ。クレーンでもたもたしていたら、タイムアップとなってしまう。


 対してカヌスはどうか。崩壊しているとは言え、北西地帯はまだ通れる場所が少なくなく、上手く進路を取れれば、三つのバルーンを時間内にタッチする事は可能だろう。


 難しい判断が求められる終盤。時間は八分を切り、カヌスのマシンは西のバルーンにタッチし終えて北西へと向かい、俺とデムレイさんもなんとか北東のバルーンにタッチし、ダイザーロくんと武田さんも南西のバルーン地帯に到着した。それは良いものの、南西地帯は周囲を完全に倒壊したビル群に囲まれて、抜け出す時間はないようだった。


 これでダイザーロくんのクリアはほぼなくなった。残るは俺とデムレイさん対カヌスの勝負だ。残り時間が丁度一分となるところで、カヌスのマシンが北西地帯をふらふら漂っているバルーンを発見する。これに突撃するカヌスのマシン。


 一方こちらは中央の電波塔まで来たが、ここからグチャグチャになっている南西地帯のバルーンに向かうには、一分以上掛かるだろう。これは負け確定か、それともタイムアップで引き分けか。俺は脳内で諦めそうになっていたが、『瞬間予知』がその予想を覆す。


 既に南西地帯を抜け出していたカッテナさんのマシンが、マップ中央に鎮座する巨大な電波塔に向かって、レーザーカッターと丸鋸で攻撃を始めたのだ。そしてそれに呼応するように、バヨネッタさんのマシンから特大レーザーが放たれ、南西方面へと倒れていく電波塔。


『デムレイさん!』


『おう!』


 何をすべきか理解したデムレイさんのクレーンによって、俺のマシンは徐々に倒れていく電波塔へと投げ飛ばされた。これと時を同じくして、移動するバルーンにタッチしたカヌスのマシンは、残る北西のバルーンへと向かう。


 互いに残るバルーンは一つ。時間は三十秒を切っており、どのような決着となるか分からない。このひりついた状況に観客席のボルテージはマックスとなり、その熱気と歓声に釣られるように自分も興奮の高まりを覚える。


 スマホの中で倒れていく電波塔を登りながら、『六識接続』でリットーさんの視界を共有していると、カヌスのマシンが北西のバルーンを捉えていた。時間は残り八秒。


 俺のマシンが電波塔を登り切り、南西のバルーン地帯上空へと飛び出したところで、カヌスのマシンはバルーンへと向かって最高速で突貫していた。これは俺のマシンが中空からバルーン地帯に着地し、その後でバルーンにタッチするよりも、カヌスのマシンがバルーンにタッチする方が速いな。と悟ったところで、俺のマシンがあり得ない動きをした。


 地上に向かって引き寄せられるようなその動きは、武田さんのマシンのクレーンが引き起こしたもので、クレーンは俺のマシンが中空に飛び出たところで既にフックを引っ掛けており、そのフックを引き戻しながら、俺のマシンを地上に向かって、まるで一本背負いでもするかのように、バルーン目掛けて投げ付けたのだった。


 ドーンッ!!


 これが最後の手段と自爆する俺のマシン。自爆で破片を撒き散らす事で、タッチするスピードを上げる荒業だ。


「どっちだ!?」


「どっちだ!?」


 思わず俺とカヌスの口から同じ言葉が飛び出る。カヌスの勝ちか、俺たちの勝ちか、それともタイムオーバーか。あまりに集中し過ぎた為、両者結果にまで目がいかなかったようだ。改めてスマホの画面に映る順位発表を食い入るように見ると、タイムアップで最下位扱いの六人が発表された後、少し間を置くように焦らして、俺とカヌスの順位が画面に映し出される。


 一位は俺のマシン。二位のカヌスとの差は0.02秒であった。

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