第103話 裏から手を回す

????????よろしく ????????会いたかったわ ハルアキ・クドー」


 俺の前には、名刺を差出し見事なオルドランド語を話す、パンツスーツの女性が立っていた。



 さて、ガラス食器五十セット以上となると大事だ。何か日本で商売をしているならともかく、ただの高校生がその量を購入するのは異常である。


 そんな事をすれば、家族に怪しまれるだけでなく、近所でも変な噂が立ち、もしかしたらマスコミに漏れるかも知れない。そもそもそれだけの量を購入する日本円が心許ない。どうしたものか。


「で、俺たちに相談してきた訳だ」


 昼休み。いつもの階段で祖父江兄妹に現状を説明した。


「工藤にしては珍しく失態だな」


「はあ。俺の目算が甘かったんだよ。平民の普通と、お貴族様の普通では、桁が一つ二つ違っていた」


 情けない話だ。


「まあ、一応桂木さんに報告上げてみるよ。工藤はモーハルド以外からの、貴重な情報源だからな。悪いようにはしないだろう」


 と祖父江兄はスマホでササッと桂木に報告をしたのだった。



 その日の放課後。俺と祖父江兄妹はホテルのカフェにやって来ていた。店内は適度に空いていて、窓際の席ではスーツ姿の男女が語らっていた。その片方が桂木翔真だった。


 俺たち三人は桂木たちの席のすぐ隣りの席に座る。丁度俺と桂木が背中合わせになるような感じだ。


「久しぶりだね、工藤くん」


「お久しぶりです、桂木さん」


 俺と桂木は、互いに顔を見合わせる事なく、背中向きに話を合わせる。俺と桂木に接点があると、周りに気付かれないようにする為だ。


「困った事になっているんだって?」


「なるべくご迷惑はお掛けしたくなかったのですが」


 俺は今回の顛末を説明した。


「確かに、ガラスは高額で取引される商品の一つだからね」


「みたいですね」


「良ければ私が贔屓にしている食器店を紹介しよう。業務店だから大量購入も可能だ。話は私の方から通しておく。お金も立て替えておくよ」


「ありがとうございます。代金は祖父江兄妹にオルドランド金貨で支払います」


「では、そのように」


 十分と経たずに話がまとまった。


「すみません、七町さん。こちらから話があってお茶に誘ったのに、急に仕事が入ってしまいました。私はこれで失礼させて貰います」


 桂木は席をともにしていた女性に断りを入れると、一人カフェから去っていったのだった。それとともにいくつかの席から立ち、カフェを退出していくグループがある。人気者は大変だ。


 しかし桂木、この為だけに時間調整してここに来たのか? まさかね。たまたま時間が空いていたのだろう。


 俺たちはカフェで紅茶とケーキを楽しんだ後、カフェを後にした。



「ちょっと良いかしら?」


 ホテルのロビーで俺たちに声を掛けてきたのは、桂木と席をともにしていたパンツスーツの女性だった。そして冒頭の会話に戻る。


 受け取った名刺には、こう印刷されていた。


 内閣府 異世界外交部 


   七町 可憐


 流暢なオルドランド語を話してきた事にも驚いたが、日本政府に異世界外交部なんて部署があった事にも驚いた。


「少しお話良いかしら?」


 ニコリと微笑むショートボブの女性。俺の警戒度が上がった。



 ロビーのラウンジにある席に、対面で座る。俺以外の、祖父江兄妹も眼前の七町と言う女性も、澄ました顔をしているので、これは打ち合わせ済みだったのだろう。


「異世界からの転生者が、まさか政府関係者として仕事しているとは思いませんでした」


 俺の第一声に、七町さんが驚いた顔を見せ、祖父江兄妹に視線を送るが、二人は顔を横に振るばかりだ。


「違いました?」


「何故、そう思ったのですか?」


 今度は七町さんの警戒度が上がったように見受けられた。


「あなたのオルドランド語が、流暢過ぎた上に、ほんの少し訛りが入っていたからです。訛りが入っていなければスキルの可能性も考えられましたけど。そして転移者と言うには顔が日本人過ぎる。残るは転生者です」


 七町さんは俺の説明に素直に驚いている印象だ。


「成程、桂木さんが一目置く相手であると、褒めるのも頷けます」


 へえ。桂木に従わないから、俺の評価は低いと思っていたけど、そうでもなかったんだな。


「その通り。私はあちらの世界からの転生者です」


「はあ、何故日本に転生してきたんですか?」


「たまたまですよ。天使のイタズラです」


 便利な言葉だな。天使のイタズラ。まあ、それでも転生を選んだんだ。少なからず向こうの世界が嫌になっていたのだろう。


「それで、政府関係者が俺に何の御用ですか?」


「ふふ。そう警戒しないでください。先程桂木さんも言っていたでしょう? 食器店を紹介すると。車で送りますよ。ここからちょっと遠いですから」


「はあ、それだけですか?」


「まあ、あとは顔繋ぎですかね。有事の際にいきなり現れるよりは良いでしょう?」


 有事ねえ。何ともきな臭い。それは異世界に関してなのか、地球に関してなのか。どちらにしてもあまり関わり合いになりたくないが、これも『英雄運』のなせるワザだろうか。俺はニコリと笑顔を七町さんに返す。


「ええ? 政府関係者が俺の活動に協力してくれるんですか? 助かります。ありがとうございます」


 わざとらしさを前面に出す俺の態度に、顔が引きつる七町さんだった。



 食器の業務店は、俺たちの街から七町さんのSUVで一時間程の所にあった。七町さんの車がSUVな事に少し驚いたが、黒塗りのセダンに乗るよりは目立たないか。


 業務店らしく店はそれなりの広さがあり、桂木から店主へ連絡が通っていたのだろう、ガラス食器のセットが百セット、しっかり用意されていた。


「ありがとうございます」


 俺は今更隠すのも馬鹿らしくなってきて、俺以外に祖父江兄妹と七町さん、食器店の店主以外いないのを良い事に、その場で『空間庫』に入手したばかりのガラス食器を仕舞い込んていったのだった。


「やはり『空間庫』があると便利ですよねえ」


 祖父江兄妹と店主は驚いていたが、七町さんにしたら、昔見慣れた光景だったらしく、腕を組んでウンウン頷いていた。


「今回はありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそお役に立てて何よりです」


 俺と七町さんはニコニコ笑顔を交わし、互いに頭をペコペコ下げる。



 その後、七町さんに家の近くまで送って貰い、俺は車を降りた。


「では、また会いましょう工藤くん」


 と祖父江兄妹を乗せて去っていく七町さんのSUVを見送りながら、俺は「もう会いたくないなあ」と心から願っていた。

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