第338話 拘り

「この一千年間、僕が何を楽しみに生き長らえていたと思う?」


 がっしりゼラン仙者を抱き締めて離さないパジャンちゃんが、俺へ向けて語りだした。


「そう! それは美少年! 美少年が僕だけの為に足繁くこの場に通い、僕を気遣って様々な話をしてくれる。それだけでも最高なのに、ゼランくんは僕を生かす為に、その魔力と生命力を『集配』によって分けてくれていたんだよ!? なんて献身! なんて愛! 僕はもう、その愛情に一千年間涙が止まらなかったよ!」


 と泣きながら熱弁するパジャンちゃん。ああ、あの涙は感動の涙だったのか。


「そして、ぐふふ、もうゼランくんと僕を隔てる壁は取り払われた! さあ、ゼランくん! 僕たち二人の愛に溢れた人生はこれからだよ!」


 パキーン……。


 言ってゼラン仙者を更に強く抱き締めたパジャンちゃんだったが、その両腕がまるでガラスが砕けるように割れて地面に落ちた。……お、おう。


「大丈夫ですか?」


 思わず気遣う俺。ゼラン仙者が嘆息しながらその落ちた腕をくっつける。くっつくんだ。


「大丈夫よ。ちょっと身体が脆くなっているだけだから」


 ケラケラ笑うパジャンちゃんだが、大丈夫な人間は身体が割れたりしないと思う。


「あ、これ、ガイツクールです。お使いください」


「ありがとう! おお! これが噂の異世界の化神族ってやつね! つい先日、ゼランくんが破顔してこれの事を伝えにきたのよ! やっと僕をここから出してやれるって!」


「やめろ! 私の恥を口にするな!」


 ゼラン仙者はそれが恥ずかしかったのだろう。真っ赤になってパジャンちゃんの口を塞ぐが、力はパジャンちゃんの方が上らしく、簡単にはがされてしまう。


「ええ? 良いじゃない。僕は嬉しかったんだよ」


 にこりと笑うパジャンちゃんの眩しい笑顔を直視出来ないゼラン仙者は、照れたように横を向いた。


「良いから早くそれを身体に吸収しろ。身体が全て砕け散ってしまうぞ」


「は〜い」


 元気な返事をして、パジャンちゃんは自身の腹にガイツクールを吸収した。段々とガイツクールが馴染んでいったのだろう。どこか脆さを感じていたパジャンちゃんの身体に生気と魔力が戻っていくのを感じる。そして首を傾げるパジャンちゃん。


「どうかしたんですか?」


「うん。なんか、名前を設定してください。って視界に出ているんだけど?」


 名前の設定か。確かにバヨネッタさんも自分のガイツクールに、名前と姿を与えていたな。


「自分が師事している人は、ガイツクールに好きな名前と外見を与えていましたね」


「へえ! そんな事も出来るのね!」


 明らかにウキウキしているパジャンちゃん。まあゲームでプレイヤーキャラクターの名前付けたり、外見を自由にカスタマイズするのって楽しいからな。拘る人は一時間でも二時間でもこれに時間を掛けるって言うし。俺はそれなり派かなあ。それよりゲーム自体をやりたくなってしまうタイプだ。


「ゼランって付けちゃおうかなあ」


「やめろ。そんな事してみろ、私が全力でそのガイツクールを破壊してやる」


 ゼラン仙者の目が本気だ。ガイツクールは貴重なのでやめて欲しい。


「冗談よ。何にしようかなあ。プーリーとか? ヘヨンテとか? ルーンジョーとか? カシーラン? トモトモ? マッジョトトリー? ええ、悩む〜」


 とパジャンさんは地面に倒れてジタバタしだした。


「そんなの適当で良いだろう? スイとか、エン辺りで良いんじゃないか?」


「そんな適当な名前は絶対に嫌!」


 ゼラン仙者の意見は拒否された。どうやらパジャンさんは名前に拘りがあるタイプの人らしい。



 二時間後━━。


「決めたわ! ドーヤにしましょう!」


 やっと決まったのか。俺とゼラン仙者はうんうん唸りながら悩むパジャンちゃんの姿に三十分くらいで飽きてしまい、途中からドロケイをやって暇を潰していた。


「ドーヤ! 良い名前でしょう! どうや!」


「はあ」


 聞いたら普通の名前だった。これに二時間掛けたのか。


「悪くないんじゃないか。元ネタは北東の守護神ドーヤ太子か」


「ええ! あの小さな身体で大活躍する様が大好きなのよねえ」


 どうやら極神教の信仰対象であるらしい。二人の会話からして、物語にも出てくる有名な神様のようだ。そしてショタっぽい。


「さて、名前が決まったんだ。そろそろここを出よう」


「ちょっと待って!」


 俺たちが地べたから立ち上がり、この洞窟の最奥から出ようとしたところ、パジャンちゃんから待ったが掛かった。


「なんですか?」


 まあ、予想はつくが、俺は半目になってパジャンちゃんを見遣る。


「この子、外見も作れるのよね? 外見も作っておきたいわ〜」


 はあ。どうしたもんか。と俺は何か案を持っていないかと、ゼラン仙者の方を見た。そのゼラン仙者は腕組みをして眉間にシワを寄せていた。


「パジャン」


「なあに?」


 既にその気になっており、手の平の上にバスケットボール大の黒い球体を出現させたパジャンちゃんは、その球体をコネコネするのに夢中だ。


「こんな参考になるものが何もない場所では、作れるものも作れないだろう? 上にある私の屋敷に来い。そこなら参考になる絵も本も巻物もいくらでもある」


「おお! 確かに! そっちの方が良いかも知れないわね!」


 パジャンちゃん的にも、そちらの方が創作意欲を刺激すると考えたのだろう。一旦黒い球体を仕舞うと、ゼラン仙者の手を握って、すたこらと洞窟を後にしようとする。


「はあ。なんとも自由な人だな」


 と俺が呟けば、


『我は未だに外見がないのだがな』


 とアニンが愚痴をこぼすのだった。

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