第339話 朝から商売話
「う〜ん……」
まどろみから目を覚ます。まるでふわふわの雲に包まれているかのような感触に、二度寝した。
「おあようごさひます〜」
三十センチ程の妖精に先導されて食堂にやってくると、既にゼラン仙者とパジャンちゃんが席を並べて食事していた。その周りでは、和漢折衷の服を来た少年が、甲斐甲斐しく二人の世話をしている。
「おはよう。良く眠れたようだな」
二人の向かいに座ると、半眼のゼラン仙者が答えてくれた。
「ええ。あの雲みたいなベッド、滅茶滅茶寝心地良いですね。一台売ってくれません?」
俺の返事が不満だったらしく、嘆息するゼラン仙者。俺だってゼラン仙者の言葉が皮肉な事くらい分かりますよ。
「売ってやらん事もない。高いがな」
それでもこうやって返してきて、口角を上げる辺り、ゼラン仙者らしい。
「いや、実際売れると思いますよ。雲に包まれて寝るなんて、人間の夢ですからね。俺個人だけでなく、金持ちや上流階級、ホテルや旅館、需要は結構あります!」
俺がそう熱弁を振るえば、またも嘆息するゼラン仙者。
「私の仕事は雲の育成じゃあないんだ。育成方法と雲を少し分けてやるから、あとは自分たちで育てるんだな。無論売れた分だけ分け前は貰うがな」
ゼラン仙者らしいな。それにしても、
「大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
ゼラン仙者が、具のない肉まんみたいなものに具を包みながら尋ねてきた。
「いや、シンヤたちにも雲は渡していなかったじゃないですか? それを金払うならって……」
「ああ、あの飛行雲とベッド用の雲は別物だ。ベッド用の雲は操作しようとしても浮くだけで移動はしない」
ああ、それはそうか。雲にも種類があるんだな。
「朝から商売の話とか、一千年経っても変わらないわねえ」
パジャンさんが、慈愛に満ちた目でゼラン仙者を温かく見詰めている。
「仕事の話をしているんだ。横からチャチャ入れてくるなよ」
言って手をひらひらと振るゼラン仙者だったが、本気で嫌がっているようには見えない。が、
「ご主人様はゼラン様と楽しくお食事がなされたいのです。ご理解ください」
とゼラン仙者とパジャンちゃんの周囲で甲斐甲斐しく世話をしていた少年が、俺の前に食事を並べながら、二人の間に口を挟んできた。
「いやん、ありがとうドーヤ。もう、食事中なのに仕事の話とか、つまらないわよねえ。もっと言ってやって」
そうやって少年をけしかけるパジャンちゃん。そう、この少年こそパジャンちゃんのガイツクールで出来た、ドーヤと呼ばれる少年だ。見た目は和漢折衷の服で背の高さはゼラン仙者くらい。顔もゼラン仙者にどこかしら似ていた。髪が黒いくらいで、ゼラン仙者の双子と言われても納得してしまうだろう。
「この顔、どうにかならんかったのか?」
「可愛いじゃない」
嘆息するゼラン仙者。朝から溜息ばかりだな。
「それにしても、色とか変えられたんですねえ」
ドーヤは真っ黒ではなく、普通に日焼けした程度の肌色をしているし、服にも色が入っている。これは絵の具で塗ったとか、服を別から持ってきて着せたとか、そう言う事ではなく、ガイツクールの色設定を変化させてその色にしたのだ。
「ハルアキくんも自分の化神族に色を付けたら?」
「遠慮しておきます」
速攻でお断りした。それは化神族やガイツクールに色を入れるには、魔力圧縮量を少なくしなければならない。と言うデメリットがあるからだ。つまり化神族やガイツクールに色を付けると脆くなるのだ。
「ええ、色付いていた方が気分上がるのに」
そんな理由で色を付けたんだよなあ、この人。それでも模擬戦で俺とアニンは,パジャンちゃんとドーヤのコンビにボロ負けしているので、これ以上文句は何も言えない。
「それくらいにしておけ。自分を助けてくれた人物なんだ。あまりからかい過ぎるなよ」
ゼラン仙者がそれを言うんだなあ。
「それよりこんなところまで来て貰ってすまなかったな。半年後の魔王戦の時には、私とパジャン、二人とも参戦させて頂く」
「それはありがとうございます。でもゼラン仙者はガイツクールを入手しなくて良かったんですか?」
俺としてはゼラン仙者本人の戦闘力にも期待しているのだが。
「ああ。そこら辺はお前のところに行く前にオルと話し合っていてな、私は後方支援に回る事にしているんだ」
オルさんが、ねえ。オルさんは信用出来る人だからな。あの人が何かゼラン仙者に頼んでいると言うなら、俺はそれを信じるだけかな。
「どうせこの後やる事ないのだろう? 食事が終わったら送ろう」
ゼラン仙者としては、今回の事は相当な借りと感じているらしい。普段ならとっとと出ていけくらい言いそうなもんだけどな。
「いえ……」
「なんだ? ラシンシャにでも会っていくのか?」
ラシンシャ天か。まあそれも悪くはないけれど、
「この後、ガーシャンに行こうかと」
「ガーシャンか。確か魔王との最終会談の場だな。確かに、事前に見ておくのも悪い手ではないか」
「ええ、それにちょっと南行すれば、魔大陸もその目に拝めるでしょうし」
俺の発見に目を丸くする二人。
「本気か? あそこは今や魔王軍と言う多くの軍勢がいるのだ。ちょっとピクニック。なんて気分で生きて帰れるとは限らんのだぞ?」
心配する二人に、深く首肯して返す俺。
「な〜に、ちょっとだけですよ、ちょっとだけ」
言って俺は具を巻いた肉まんもどきを、タレに付けて口に運んだ。
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