第11話 立ち塞がる壁ともう一人の……。
異世界にも雨が降る。ここ崖下も、上が吹き抜けているので、日によっては雨が降ってくる。毎度霧雨のような雨だ。
トンネルを掘っている分には気にならないが、崖下に戻ってくると結構シャビシャビになるので気になるようになった。
結果、俺は雨避けにキャンプなどで使われるタープと呼ばれる天幕と、レインコートを買い足した。
今日俺は、タープの下で折りたたみ式のローチェアに座ってのんびりしている。
タープの上部にはランタンが吊るしてあるので、タープの中は視界が確保されている。側のシングルバーナーのコンロの上には深めのミニパンが置かれ、湖の魚と、地球から持ってきたカット野菜を半分煮込んでいる。味付けは塩コショウとコンソメだ。
釣った湖の魚は三枚におろし、その後ある程度の大きさに切り分けてクーラーボックスに入れておいた。一匹釣って、一週間くらい持つ。
ミニパンが沸騰したのでバーナーを止める。グツグツのミニパンの取っ手を握り、フォークで魚肉を崩しながら口に運ぶ。美味い。湖の魚は、白身の魚らしく、タラのようだ。いや、タラは海水魚だけど。湖の魚から出汁が出るので、コンソメと塩コショウだけの味付けで存分美味い。難しい料理出来ないし。
タープの外を降りしきる霧雨を眺めながら、黙々と食事を摂る。ここが異世界で、すぐ側にカエルなどのモンスターがいると言うのに、なんだか時がゆっくり流れていた。
魚と野菜を食べ切り、少し冷めたスープを、ミニパンに口を付けて飲み干すと、さっさとミニパンとフォークを折りたたみ式の小型洗い桶に放り込む。そこにペットボトルの水を入れて洗剤で洗うと、キッチンペーパーで水気を拭き取る。残った洗い桶の水はそこら辺にバシャーである。一応洗剤は自然由来のやつなので大丈夫だろう。
洗い物が終わったところでローチェアに座って、またタープの外を眺める。雨は止みそうにない。
別に雨が止まなかったからって穴掘りは進められる。実際今日まで毎日穴掘りをやってきた。モンスター退治でレベル上げもやってきた甲斐があり。穴掘りの速度は最初の頃と比べて格段に速くなった。
がしかし、ここにきてそれは壁にぶち当たったのだ。
それは文字通りの壁だった。物理的な壁だ。穴を真っ直ぐ掘り進めてきた俺だったが、どうやら硬い岩盤にぶち当たってしまったようだ。掘ろうにもツルハシを弾き返すその岩盤は、無理にツルハシを振って逆にツルハシの先がひしゃげて壊れてしまった程に硬い。
その岩盤が土中に埋まった大きな岩か何かなら横に少し掘って先に進めるのだが、周囲を掘った感じ、どうにも結構な大きさであるらしい。岩盤がどれくらいの大きさなのか見当もつかない。
困った。下手したら今のトンネルを放棄して、別の場所を掘り進める事になるかも知れない。もしくは岩盤をぶち壊す為に、更にレベルアップをする必要がある。どちらが現実的だろうか。考えるのも面倒臭い。
なので俺は雨が降りしきる中、タープの下で一人現実逃避をしているのだ。別ルートのトンネルをイチから掘るにしろ、あの岩盤をぶち抜けるくらいレベルアップするにしろ、相応の時間が掛かりそうだ。その労苦を想像すると嫌になる。
一週間くらい穴掘りから離れてのんびりしていよう。
「お兄ちゃんとおんなじだね」
後日、母、俺、カナで夕食の仕度をしている時の事だ。テレビを点けっぱなしにしていたのだが、夕方のニュースで久し振りにあの事故の事が取り上げられた。
年末だからだろうか? と俺たちは家事の手を止めニュースに見入る。だがそれは、事故の特集ではなく、事故に遭った一人の男性の特集だった。
男性はテレビの向こうで、取材記者の質問に色々と答えていた。
事故で天使を見た事。事故後に夢枕に天使が立って望みを叶えてくれた事などを話していた。事故後多数の事故関係者がマスコミの前で話をしたが、世間から鼻つまみにされた話題だ。
取材記者も呆れ顔で、「それでは貴方はどのような望みを叶えて貰ったのですか?」と定型文のような質問を男性にしていた。
その男性の答えに俺はギョッとした。
「私が天使から事故の補償でいただいたのは、異世界に渡る能力です」
男性が至極真面目な顔をして口にした答えに、「へ?」と取材記者は間抜けな声で聞き返していた。
そんな馬鹿な。と疑う記者に対して、その男性は証拠とばかりにスマホで撮った写真を見せる。
それはどこかヨーロッパの町のような風景だったり、森や川だったり、そしてこの地球上に存在しないであろうモンスターの姿だった。
「これが証拠ですか? CGじゃないんですか?」
記者はスマホの写真を見ても疑ってかかっている。
「ではこれでどうでしょう?」
男性は更なる証拠として、不格好な硬貨と、よく分からない木の実と、小さな角の生えたウサギの毛皮と、恐らく魔石であろう宝石を記者の前に広げて見せた。
それを見てもまだ疑いの眼差しで男性を見る記者に対して、男性は拳を握りしめて強く訴えかけた。
「もし、これでも信じられないというのであれば、調査隊を送り込んでくれて構いません! その調査隊を私が異世界にお連れしましょう! これはチャンスなのです! 地球人類は歴史上初めて、自分たちとは別の世界の人類と邂逅する事になるのですから!」
俺の印象は、「なんとも胡散臭い」だった。
俺も異世界へ行ける身だ。彼が恐らく本当の事を喋っているだろうとは思うが、それを聞かされている記者や、これを見させられている視聴者たちには同情してしまう。訳分かんないだろうなあ。
しかし同じような異世界転移能力者で、向こうは人里にたどり着いているのか。素直に羨ましい。
「ふふふ、異世界だってよ、お兄ちゃん。あの人、あの事故で現実と夢の区別がつかなくなっちゃったんじゃないの?」
テレビを見て笑っているカナと母を横目に、「ははっ、そうだな」と俺も同調して乾いた笑いを上げていた。
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