第10話 友達の為にできる事
今日の体育の授業はバスケだ。体育館を二つに分けて、男子と女子に別れて試合をする。
ビシュッとバスケ部のチームメイトからパスを受け取った俺は、ボールを奪おうとやって来る相手を、一人躱し二人躱し、リングまでドリブルで進むと、敵を一人こちらに引きつけつつ、リング前で陣取るタカシにパスを出す。
パスがタカシに渡ると、観戦していた女子たちから、耳をつんざく程の黄色い声援が浴びせられた。
タカシは声援に応えようと、その場から動かずにシュートモーションに入るが、敵チームの一人に体当たりされて吹っ飛ばされた。
完全な反則だ。だと言うのに、審判をしている男の先生も無視なら、味方からも反則だと抗議の声が上がらない。理由はさっきの女子たちの声援。皆、女子にモテモテのタカシに嫉妬しているのだ。
俺は吹っ飛ばされたタカシの二の腕を持ち、「大丈夫か?」と声を掛けながら立ち上がらせる。タカシはぷるぷる震えながら俺に掴まりつつ、何とか立ち上がった。
「そんな使えない奴相手にしてんなよ!」
チームメイトの一人から、普通に邪険な言葉が浴びせられた。その声に女子たちが猛烈に抗議して、悪口を言ったチームメイトはバツが悪そうだ。
あの事故から五ヶ月が経ち、季節はもうすぐ冬である。世間からあの大事故はもう過去の事として忘れ去られようとしていた。だが、タカシにしてみれば忘れられない日常だ。
両手両足を骨折したタカシは、五ヶ月経った今でも後遺症に苦しんでいる。足は引きずるようにしか歩かせる事が出来ず、茶碗や箸を持つ手はぷるぷる震え、字を書いてもミミズがのたくったような字になってしまう。病院へはリハビリの為に今でも通院している。
普通ならば男女問わず周りの人間が手を差し伸べるシチュエーションだが、少なくとも男子からは無視され続けていた。だってタカシはモテるから。
天使からモテモテになる能力を授かったタカシは、病院にいた頃からモテていたが、退院して学校に復帰すると、更にモテモテになった印象だ。
休み時間には女子たちに囲まれ談笑し、昼休みにはお弁当持参の女子たちから、あ〜んと食べさせて貰っていたり、登下校は年上のお姉さんによる車での送迎付きだ。
そんなのを見せつけられれば、男子であれば無視だってしたくなるのも分かる。俺だって小学校からの友人でなければ、無視するグループに属していたはずだ。
学校帰り、俺はタカシを迎えにきたお姉さんの車に乗り込んで、タカシとともに家まで送ってもらっていた。
自転車を学校に置きっぱなしだがら、明日早めに家出なくちゃなあ。と思っていると、タカシが尋ねてくる。
「で、本当に治るのか?」
「多分な」
「多分か」
「多分だ」
俺は今日、タカシを異世界の崖下に招待する事にしたのだ。目的はタカシのレベルアップ。それによる傷などの治癒だ。
異世界でモンスターを狩るようになって三ヶ月。レベルアップと、それによる傷の自動回復は、俺の中で疑いようのない確信へと変わっていた。
これをタカシに施せば、タカシを昔のような不自由ない身体に戻せるのではないか、と今回タカシを異世界に誘ったのだ。
では何故今の時期だったのか。それは最近までタカシが入院していた事と、退院後も女性たちとのデートで放課後が埋まっていた事が原因だった。
何とか隙を縫うように休み時間の男子トイレでこの話を持ち掛けて、今回ようやく実現したのだ。
「じゃあ、二時間後に迎えに来るわね」
そう言ってお姉さんは車の窓越しにタカシにキスをすると、車で走り去っていった。我が家の前でイチャつくのはやめて欲しい。
「んじゃ入るか」
俺は満足に歩けないタカシをもどかしく思い、肩を担いで我が家に引き入れる。
「ただいま〜」
「おかえり〜」
母がリビングから顔を出す。タカシがいる事に目を丸くしていた。
「タカシ……くん?」
「はい。タカシです。お邪魔しますおばさん」
「ええ!? 本当にタカシくん!? まあ、しばらく見ない間にカッコよくなっちゃって!」
母がタカシに向かって他所行きの声で話し掛ける。何かモヤっとする。
「そういうのいいから! 俺ら部屋で勉強するね」
「とか言って、どうせゲームでもするんでしょ? タカシくん、この子事故でちょっとばかしお金が入ったからって、何か色々買い込んでるみたいなのよね、どう思う?」
「うるさいなあ、いいだろ? 部屋行くから退いて!」
俺は廊下を塞ぐ母を手で退かしながら、タカシとともに自室に逃げ込んだ。
「おばさん相変わらずだな」
部屋に着いたタカシが漏らす。
「そうか?」
多分多少なりタカシの魅了にかかっている気がするが。
「言っておくけど、母さんやカナに手を出してみろ、絶交とかそんなレベルじゃないからな」
「わかっているよ。友達の家庭を壊そうとは、俺だって思わない」
なら良いんだが。
そこにトントンと部屋のドアがノックされる。
「タカシくん、お菓子とジュース持ってきたわよ〜」
と母がお盆に菓子やジュースを載せて入ってきた。
「ホントもうやめて。出てって! これ以上は何か声掛けてきたとしても鍵掛けて反応しないから!」
「あらなに? 反抗期なの?」
母からお盆を取り上げると、文句を言う母を部屋から追い出し、俺は部屋のドアに鍵を掛ける。
「ははっ」
何か微笑ましそうにこちらを見ているタカシがムカつく。
タカシをつなぎに着替えさせ、ヘッドライトや安全靴を装着させると、俺は転移門を開いた。
「おお!」
初めて見る転移門に、タカシが感嘆の声を上げる。
「中は真っ暗闇だし、足下は岩場でゴツゴツしているから気を付けろよ」
俺の注意に首肯するタカシ。俺はそれを横目に、まず自分が転移門を潜った。
中は相変わらず真っ暗闇で、ヘッドライトの灯りがなければ何も見えない。足下を見るがここは比較的平らだ。タカシがコケる事もないだろう。
そしてタカシがまず手を伸ばし、そして足、体の順番に転移門を通過してきた。他人が転移門を通過するのは初めて見る。何か不思議な感じだ。
「ここが異世界なのか? 寒いな」
もうすぐ冬だしな。ここも俺が初めてきた時から、……あんまり気温は変わっていない気がする。洞窟の中は温度が一定だって聞いた事があるな。ここもそんな感じなのだろうか?
俺は足を引きずるタカシに、長居させる訳にはいかない、とさっさと物置から二本のツルハシを持ってくると、湖の側までやって来た。
「じゃあ、俺がカエルをおびき出して動きを封じるから、タカシはトドメを刺してくれ」
震える両手でツルハシを握りながら首肯するタカシ。震えているのは怪我のせいか恐怖ゆえか武者震いか。
俺が湖岸に立つと、早速カエルのお出ましだ。ちゃぽんと湖面から顔を出し、スイーっとこちらへやって来る。何故こいつらは俺に対して警戒してこないのだろう? 俺が魔石を持っていないからだろうか?
そんな事を考えている俺に向かって、カエルが飛び掛かってきた。俺はそのカエルの喉にツルハシの先を引っ掛け、地面に叩き付けて動きを封じる。
「タカシ!」
「お、おお!」
俺に声を掛けられたタカシは、俺に倒され仰向けにひっくり返っているカエルに向かって、ツルハシを振り下ろした。が、跳ね返されるツルハシ。
「もっと力いっぱいだ!」
「分かった!」
とタカシの二度目の攻撃。今度はカエルに少し刺さったが、殺すまでには至らなかった。
「タカシもう一度だ!」
俺に言われてタカシはカエル目掛けてツルハシを振るった。カエルが動かなくなるまで何度も何度も。
「はあ……、はあ……、はあ……、やった、のか?」
動かなくなったカエルと俺に交互に見遣るタカシ。
「それは自分の身体が一番実感しているんじゃないか?」
俺の言葉に、タカシが両手をグーパーグーパー握ったり開いたりする。スムーズな動きだ。そしてピョンピョンと飛び跳ねてみるタカシ。
「おおおおッ!! 動く! 動くぞハルアキ!」
そう言いながらタカシは暗い崖下を走り回る。ああ、見えているよ。良かったなタカシ。
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