第420話 前提条件(後編)
「方法があるんですか?」
俺が尋ねると、ゼラン仙者が首肯で返してきた。
「うむ。うってつけのものがある」
蒐集家であるゼラン仙者であれば、今の俺に合った魔導具を持っていても不思議じゃない。俺にそう伝えたゼラン仙者だったが、どうやらそれはこの場にはないらしく、ちょっと席を外す。と『絶結界』から出ていってしまった。
やる事なくなったなあ。と手持ち無沙汰になってしまった俺は、アニンを黒剣として呼び出し、それを振り回す。この機に『ゼイラン流海賊剣術』と『五閘拳・重拳』をもう少し使えるようにしておこうとの考えだ。
海賊剣術と重拳は相性が良かった。何せ海賊剣術は剣を回転させるように斬り付けるからだ。それに合わせるように剣の形も変わった。サーベルかシャムシールかシミターか、いや、海賊ならばカットラスが言い得て妙だろう。それは片刃の曲剣で、拳を守るように鍔が柄全体をカバーしている。曲剣は突くよりは斬るに寄せた剣であり、これを振るえば、描く軌跡が直剣よりもその刃の曲線のお陰で、より物を切断するのに適している。
つまりは円運動で振り回すのに適した剣だと言えるだろう。なら突くのに不適なのかと言えば、それは刃の曲がり具合によるのだ。あまりにも曲がり過ぎているショーテルのような剣では、突くには不向きだ。それ程でなければ問題ない。
俺は斬ると突く、どちらにも最適である曲がり具合と、それを扱う海賊剣術との適合性、更に円運動で威力を上げる重拳と、様々な要素を思い浮かべながら曲剣を振るい、あーでもないこーでもないと、己のプレイヤースキルの最適化を計るのだった。
「持ってきたぞ」
ゼラン仙者は一時間程過ぎて戻ってきた。意外と時間掛かったな。と俺は思いながら、アニンを体内に仕舞う。
「これだ」
とゼラン仙者が俺の前に差し出してきたのは、棒だった。お香のような匂いを放つ長さ三十センチ程の細長い薄桃色の棒だ。
「夢幻香と言う」
本当にお香だった。
「この香は、嗅いだ者の魔力と結合して、嗅いだ者を夢地心地へ
誘眠作用のあるお香か。
「何に使用するんですか? 眠れない時の為とか?」
まだ焚かれていないが、甘い匂いで少しぼうっとする。これなら良く眠れそうだ。
「拘束した者への自白剤だ」
「うへっ!?」
俺は嗅いでいた鼻を思わず離し、半眼をゼラン仙者に向ける。
「睨むな。だが適しているだろう? ハルアキの周りにはオルもいる。これで半覚醒状態になれるようなら、オルと研究してもう少し使えるように改良すると良い。素材は渡す」
「はあ」
それでも俺は、ジト目でゼラン仙者と夢幻香を見ずにはいられない。
「ものは試しだ。やってみよ」
更にグイッと俺の前に夢幻香を差し出すゼラン仙者。周りのゴウマオさんやパジャンさんも興味があるらしく、少し遠巻きに俺を見ていた。遠巻きなのは香の香りを嗅がない為だろう。
「分かりました」
俺はゼラン仙者から夢幻香を受け取ると、それを『絶結界』の地面に突き立て、その前に胡座をかいて座る。
右手を夢幻香の前に近付け、指を鳴らす。それだけで人差し指から火が出た。『五閘拳・火拳』である。まあ、この程度じゃあ、戦闘では使えないが。お香に火を灯すくらいは出来る。
火が点いた夢幻香は、その煙から甘く、それでいて爽やかな香りを漂わせた。鼻を抜けるその香をひと嗅ぎしただけで、瞼が重くなり、頭が船を漕ぐのが分かる。これ、相当な誘眠効果があるな。などと頭の奥で思いながら、俺は香に身を委ねた。
スッと眠りに落ちた俺は、全身が世界に溶けるような感覚を維持したまま、瞼をゆっくり上げる。
「どうだ? 私の声は聞こえているか?」
「聞こえています」
ゆっくり顔を上げた俺は、視界に捉えたゼラン仙者に首肯した。
「ひとまず半覚醒状態にはなれたようだな」
そのようだ。なんだか、身体が軽いような、だるいような変な感覚を引きずりつつ、俺は立ち上がると、身体をひねったり屈伸をしたりと状態を確かめる。
「問題なさそうだな」
「はい」
「まさかこんな方法で『有頂天』になれる人間がいるとは、ハルアキには良く驚かされるな」
そうだろうか? と首を傾げるが、ここは口を挟むところでもないと考え、黙っておく事にした。
「では、まずは自分のステータスから確認せよ。HPとMPの値に変化があるはずだ」
俺はゼラン仙者の言葉に首肯して、『鑑定(低)』で己のステータスを確認する。すると、HPとMPが統合されてLPとなっており、元々HPの分母としてあったLPの値は消えている。
「これは?」
「前にも言ったが、『有頂天』は世界と融合するものだ。だから個人としてのLPは消え、HPとMPが溶け合った新たなLPがなくならない限り死ぬ事はない」
へえ。それは良い事なのか?
「魔法を使う場合、このLPから引かれるんですよね?」
「そうだ」
となると、LPの管理が重要になってくるな。これまでなら、MPがなくなっても死にはしなかったけど、『有頂天』状態で魔法を使い過ぎれば、LPがゼロになって死ぬ可能性もあるもんなあ。
「しかし凄いですね」
俺は周囲をぐるりと見回しながら、自分の変化に驚いていた。
まず、統合されたLPの値が、HPとMPを足した値の十倍あるのだ。これだけでおかしい。更に、拡張された感覚が俺の周囲に広がっていた。ゴウマオさんのそれは半径三十メートル程だったが、俺のはそれどころではない。半径一キロはありそうだ。
「ハルアキとゴウマオでは、『有頂天』の方向性が違う」
「方向性、ですか?」
ゼラン仙者の言葉に首を傾げる。
「ハルアキよ、その状態で感覚の先にある物を掴めるか?」
言われて俺は拡張された感覚の先の小さな水晶に触れるが、持ち上がらなかった。俺は首を横に振るう。
「であろうな。今のハルアキは探知に特化した状態だ。逆にゴウマオは戦闘特化だな。どちらが悪いと言う訳ではなく、状況に応じて、探知特化から戦闘特化までを段階的に使い分ける必要性があるのだ」
成程なあ。俺は首肯した。
「まあ、その使い分けをこれから覚えていくのだが、まずハルアキの場合、『有頂天』のオンオフからだな」
確かに。この状態どうやったら解除出来るんだ? と俺は試しに夢幻香の火を消してみた。良かった。『有頂天』状態を解除出来た。
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