第452話 出端

 辺り一帯が背丈を超える長草に覆われる中、その長草の上を越えていくものがあった。ガドガンさんの爆弾紙飛行機だ。


 ドーン! ドーン! ドーン!


 爆弾紙飛行機の爆撃を受け、向こうの戦士たちが右往左往しているのが全合一で分かる。恐らくはマチコさんが草を伸ばし、ガドガンさんが上から爆撃するのが、二人のパターンなのだろう。だが右往左往しているのは三割と言ったところか。他は対応していたり無視していたり、慌てている様子はない。


 そのうちの一人、大剣を背負ったコニン派の戦士が大きく横薙ぎにその大剣を振るうと、ザザッと百メートル程の開けた大地に変わった。


「おお」


 折り畳み椅子を『空間庫』から取り出し、そんな感嘆の声を漏らしつつ、腰掛けながら事態を見守る。


 大剣の戦士だけでなく、他の戦士たちも草を刈りながらこちらに進んでくる。と言ってもまだ『聖結界』内に入らず、見守っている勢力が大半だし、刈られた長草はマチコさんによってすぐに再生されるのだが。


 そんな中、こちらも動き出していた。ミカリー卿、マチコさん、ガドガンさん、カッテナさん、後二人を除いた十一人の半分、五人が長草を掻き分け、敵陣営へ進んでいく。どうやら事前にマチコさんと打ち合わせしていたのか、長草の繁茂する平原をスルスルと進んでいく。


「他の挑戦者に手を貸して良かったんですか?」


 俺の横に控えるマチコさんに尋ねると、肩を竦めるマチコさん。


「構いませんよ。流石にこの人数で二万人相手にするなんて無茶ですよ」


 無茶ねえ。そうだよねえ、普通無茶だよねえ。と俺はこれまでに自分がどれだけ無茶振りされてきたのか振り返り、人知れず溜息を漏らすのだった。


「ミカリー卿はどうです」


「ん? 私が全て薙ぎ払って良いのかい?」


 あはは。洒落にならないなあ。まあ、それは二次テストの趣旨に反するか。それに相手を全て薙ぎ払われては、次期教皇候補も潰してしまう。そんなミカリー卿は笑顔のまま、しかし魔導書を開いて持ち、周囲への警戒をおこたっていなかった。


「マチコさんも、俺の後ろに控えてないで、行ってきて良いですよ?」


 ここに残ったマチコさん以外の五人は、皆遠距離攻撃型だ。それなのにマチコさんがここにいるのは違和感がある。


「いえ、俺の最優先事項ですから」


 言いながら、俺の出したテーブルやティーセットでお茶を淹れていくマチコさん。何も今マチコさんが使用人の真似事しなくても。


「…………それ、単に戦うのが面倒だからじゃないですよね?」


「…………」


 おい。


「や、嫌だなあ。俺、ちゃんと過剰再生で周辺を鬱蒼状態にしているじゃないですか」


 まあ、確かに、マチコさんはお茶を淹れながらも器用に現在進行形で草を繁茂させている。


「こっちはやる事やっているんだから、あとは他の面々が頑張れ。と?」


「お、思っていませんよ」


 めっちゃ視線が泳いでいるのだが? まあ、良いけどね。このくらいの心持ちの人の方が、案外図太く生き残っていけそうだもんな。


 ズーーム!


 そんな会話をしていると、敵陣営の方で炎の柱が立ち昇った。全合一で確認すると、どうやらこちらの一人が向こうの陣営と接敵したようだ。


 炎を上げたのは、デーイッシュ派の槍使いの戦士だ。対するは二次テスト挑戦者の男である。全身至る所に細いベルトを巻き付け、そのベルトに幾本ものナイフを収納している。過激な見た目だなあ。


 そんなナイフ使いからパチパチと電気が弾けている。ナイフ使いは電気属性らしく、幾本ものナイフに電気を付与すると、それを超速で相手の炎槍使いに投げ付けた。


 それを炎の壁を出して防ごうとする炎槍使いだったが、炎壁は超速の電ナイフの勢いを削ぐに留まり、炎壁を越えて炎槍使いへと迫る。しかし勢いの削がれたナイフは、炎槍使いの脅威ではなかった。槍を回転させて電ナイフをはたき落とす炎槍使い。


 そして気合い一閃で炎をまとった槍を、電ナイフ使いに向けて突き出す炎槍使い。炎槍使いと電ナイフ使いの間には、槍三つ分の空間があったが、炎は槍の突きに合わせるように、槍の形をとって電ナイフ使いへと迫る。


 が、それは電ナイフ使いには遅い攻撃であったらしく、炎の槍を余裕で躱し、炎槍使いへと更に接近する。それに対して距離を取ろうとする炎槍使い。


 後退しつつ連続突きで牽制する炎槍使い。それを躱しながら電ナイフ使いが距離を詰める。電ナイフを幾本も投げ、それに対して槍で打ち落としていく炎槍使いだったが、ナイフの一本が太ももをかすめ、電気にやられて硬直する炎槍使い。その隙に一撃入れようとする電ナイフ使い。が、何かに気付いた電ナイフ使いが炎槍使いから距離を取る。すると炎壁が炎槍使いの周辺を囲うように立ち昇った。


 中々に接戦だな。でもこっちの敵はまだまだいるのだから、強敵一人にかかずらわっている場合ではないだろうに。などと思っている間に、電ナイフ使いと炎槍使いの横を、二十人程の隊二つが駆け抜けていく。


 その事に視線を向ける電ナイフ使いだったが、そのちょっとの隙を逃さないように、連続突きを繰り出してくる炎槍使い。


「デーイッシュ派の方から、四十人程が二隊を作ってこっちにやって来るよ」


 俺の言葉に挑戦者たちが反応し、その中で即応したのがカッテナさんだった。弓を構えると、二連続で矢を射るカッテナさん。


 ドーン! ドーン!


繁茂する長草の向こうで、『縮小』から開放されたカッテナさんの矢が、こちらに向かってきた二隊に当たって元の大きさに戻る音が響く。全合一で見ると、半分くらいが丸太の下敷きになって潰されていた。更にその音の出所を目掛けて、皆の長距離攻撃が飛んでいく。哀れ、こちらへ向かっていた二隊は、俺の顔を見る前に壊滅されてしまったのだった。

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