第189話 場外戦

 リットーさんに出された条件を叶える為に、エルルランドの首都にある闘技場が開放された。開放された闘技場の観客席では、首都で暮らす人々が、寒空の下、熱視線を闘技場の舞台へ向けている。


 闘技場には国選探求者になりたい候補者たちが、ぞろぞろと二百人程いるだろうか、集まっている。


 対するはリットーさん。そして何故かバヨネッタさんである。


 リットーさんが条件付きでデレダ迷宮に入れると知って、バヨネッタさんが駄々をこねたのだ。なんでもデレダ迷宮は広い故に未踏部分が多く、発掘されてない古代の財宝の宝庫なのだとか。リットーさんが許されるなら、自分も入れろ。とバヨネッタさんはマリジール公に直談判した。それに対してエルルランド側がリットーさん同様条件を突き付けてきたのだ。


 その条件とは、リットーさんに匹敵する実力である事を、今回の闘技場での戦いで示せ。との事だ。なので今回の戦い、リットーさん&バヨネッタさんではなく、リットーさんVSバヨネッタさんが正しい。他の候補者たちには悪いが、はっきり言ってメインはこっちだろう。



 闘技場に緊張感と高揚感が漂う中、試合開始の鐘が鳴らされた。


 同時に、バヨネッタさんが『宝物庫』から百を超えるバヨネットを中空に出現させ、候補者たちに向けて斉射した。


 ほぼ一つの銃声が闘技場に鳴り響き、しかし直後の舞台で倒れた者は一人もいない。バヨネッタさんの斉射が全て外れていたからだ。いや、バヨネッタさんがわざと外した。と言った方が正しいだろう。それを裏付けるように、候補者たちの後ろの壁が、銃弾によって候補者たちの姿を写し取ったような形になっていた。


「次は当てるわよ」


 バヨネッタさんの言葉に、候補者たちは全員両手を揚げた。残るはバヨネッタさんとリットーさんのみである。



「予想は出来ていたけれど、つまらないオープニングになったわね」


 闘技場の舞台を見下ろすここは、三公の為に用意された特別観覧室である。オルドランドとは違い、エルルランドでは公爵たちの為に、闘技場の最上階が観覧室となっている。その中でも、ここは三公に選ばれた者と、三公に招待された者だけが入る事の許された特別な部屋である。


「まあ、オラコラ殿の妹弟子との事だ。利かん坊なのも計算の内よ」


 闘技場を見下ろす三公の一人、赤髪の女傑、デイヤ公は、開始早々に他候補者たちを退場させたバヨネッタさんに、少々不満があったようだ。椅子の肘掛けに片肘をつきながら冷めた視線を舞台に投げ付けている。それを諌めるように、老練なウサ公が白い顎髭を撫でながらこぼす。


「設けられた舞台が闘技場である事を考えて欲しいわね。観客がいるのよ。安くないお金を払って、今回の戦いを観に来ているのよ。瞬殺なんて、一番白けるわ」


 それはそうなのだろうけど、ダンジョンや財宝のかかったバヨネッタさんはマジなのだ。どうやら今回のデレダ迷宮、バヨネッタさんマジマジだな。


 その証拠に、候補者たちが退場してから、バヨネッタさんは百を超えるバヨネットをリットーさんに向けたまま、間を取り、隙を窺い、まだ一発の銃弾もリットーさんに向けて撃っていない。まるで先に手を出した方が負けのような、手を強く握り、奥歯を噛み締めるような緊張感が闘技場を包んでいた。


「さて、前座も終わりましたし、こちらも本題に入りましょうか」


 そんな緊張感を意に介さないような平静な声で、マリジール公が卓に着くデイヤ公、ウサ公、そして俺へ向けて声を掛けてきた。


「そうね。あの様子じゃあ、日が暮れるまでにらめっこをしていそうだものね」


 デイヤ公の皮肉に、胃の腑がゾワッとするが、マリジール公とウサ公は軽く笑っていた。流石に胆力が凄い。


「さて、ハルアキ殿。オルドランドでの活躍は、このエルルランドまで届いておりますぞ」


 白髭のウサ公は柔和な顔をこちらへ向けているが、そのくぼんだ眼窩がんかの奥の瞳は笑っていない。あれは人を品定めする眼だ。


「そうですか。それで、エルルランドとしては、我々日本とどのような取り引きをお望みなのでしょう?」


 俺の返事に、三人の公爵は口角を上げた。


「あらあら、若いわねえ。そんなに焦らなくても良いじゃない。まだ日暮れまで時間はたっぷりあるのよ?」


 デイヤ公が、むずかる幼子をあやすかのように話し掛けてきた。


「すみません。私は皆さんのように他人を慮る事に慣れていないもので。言葉にトゲがあるかも知れませんが、若さ故の未熟さ、早くに摘んでしまった果実の酸味とでも思って、ご容赦頂けるとありがたく思います」


 俺の言葉に三公は鷹揚に頷いてみせた。ああ、頭の奥がヒリヒリする。こんな綱渡りな話し合いは苦手なんだよなあ。


 俺が口中が渇いて上手く唾を呑み込めないのを知ってか知らずか、飲み物がスッと使用人によって横から出された。


 軽くお辞儀をする。そんな自分に日本人だなあ。と感じながらグラスに出された飲み物に口を付けようとして、その香気から、それが酒類だと分かった。匂いからして、ビヨをかもしたもののようだ。


「どうかしたかい?」


 マリジール公が、顔には出さないが、ジッとこちらの様子を窺っている。いや、マリジール公だけでなく、デイヤ公やウサ公もだ。余程俺にこの酒を飲ませたい。と言う事で良いのかな?


 どうしたものか。ここは異国な訳だし、一口くらい飲んでも良いかな? 誰も見ていないし。いや、俺の後ろの三枝さんが見ているか。


 この場に俺一人で出席した訳じゃない。マリジール公はオラコラさんを連れているし、デイヤ公やウサ公も、屈強な配下を後ろに控えさせている。そう考えると、三枝さんでは心許ない。なぜ七町さんじゃないかと言うと、七町さんはオルドランド担当だからだ。今もサリィで大忙しだろう。


「すみません、私は貧乏舌なもので、皆さんのように味を上手く表現出来ないのです」


 俺の答えに眉をピクリとさせたのは一番年嵩のウサ公だ。うう、胃が痛い。


「ですが私の後ろに控えますこの三枝、日本でも名家の生まれでして、幼い頃から勢を凝らした料理の数々を食して参りました。彼ならば、その味を見事表現してくれる事でしょう」


 俺は必殺の『丸投げ』で酒の入ったグラスを三枝さんに渡した。この場の全員の視線が三枝さんに集中した。


「い、頂きます!」


 逃げ出す事も出来ない三枝さんは、そう言って一気に酒を呷った。静寂な観覧室で、三枝さんのゴクリと言う音のみが耳に入ってきた。


「うおっ!?」


 直後に変な声を出す三枝さん。まさか毒!?


「めちゃ美味い……」


 あっそ。俺の冷めた視線に気付いた三枝さんが、コホン。と咳払いしてからしゃべり始めた。


「流石は世に名高きエルルランドのビヨ酒ですね。普通ビヨ酒は熟成させればさせる程、酒精が強くなるのですが、その代わり、ビヨ特有の味や薫りがとんでしまい、ただ酒精が強いだけの酒になってしまいます。ですがこれは強い酒精とビヨの風味を見事に同居させた、正に一級品。これを飲んでしまっては、他のビヨ酒なんてもう飲めませんよ」


 へえ。なんとなく振っただけなんだけど、予想以上にちゃんとした解説が返ってきたな。三公も三枝さんの答えにまんざらでもない反応だ。


 これを口火に、高級な食事の乗った皿が次々と卓に並べられていった。俺は三公に喧伝した通り貧乏舌なので、一口食べたら後ろの三枝さんにバトンタッチ。三枝さんはそれらを見事に表現して、三公たちは上機嫌だ。


 分かったのは、つまるところ、ここエルルランドは公国であり、公爵の為の国なのだ。だから国で作られているのは、そこを治める公爵の為に作られた高級品や嗜好品となる。〇〇公爵の為に作られた高級食材だったり、✕✕公爵の為に作られた高級家具であるとか、一品物だったり、手間の掛かる少数生産物である。三公は自信満々のようなのだが、これって日本で需要あるのだろうか?


 が、俺の思いは杞憂であると言わんばかりに、三公と三枝さんとの間で話が盛り上がっていた。この国は三枝さんが担当する事になりそうだなあ。と闘技場の舞台に視線を落とすと、まだバヨネッタさんとリットーさんが睨み合っていた。デイヤ公の言う事もあながち間違ってないなあ。と思う自分がいた。

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