第190話 お正月

「五千円か」


 正月と言えばこれだろう。お年玉。去年も五千円だったので、今年は金額アップを期待したのだが、やはり変わらずだった。まあ、中学三年間三千円だったのだから、きっと来年も五千円なのだろう。


「お兄ちゃん」


 妹のカナが、普段俺に見せない満面の笑みを顔に浮かべながら、右手を差し出してきた。


「なんだよ?」


「お年玉。お兄ちゃんもう働いているでしょう? 可愛い妹に、お年玉あげたいと思わない?」


「思わない」


「ケチ」


 満面の笑みが軽蔑の顔に変わった。良くもそこまで変われるなあ。と逆に感心してしまう。


「そう言う事言うんだあ」


 俺はそう言いながら、ズボンの後ろポケットからポチ袋を取り出す。


「これはアオイちゃんにでもあげようかなあ」


 俺の言葉に顔を真っ青にするカナ。


「ウソウソウソ! 今のなし! 今のなし! 流石はお兄様! ヒトの心理の裏を読んでくるなんて、お兄様にしか出来ない芸当だわ!」


 我が妹ながら、プライドはないのか? と不安になる態度だが、ヤンヤヤンヤと褒め称えられるのは悪い気はしない。


「馬鹿な事はしでかすなよ」


 と一応釘を刺しておいて、俺はポチ袋をカナに手渡した。それを直ぐ様開封するカナ。そう言うところだぞ。と言いたいが、めでたい元旦である。口は出さないでおこう。ちなみに中身は三千円だ。稼いでいるくせにケチだと思われるかも知れないが、親より高い金額を渡す気にはなれなかった。


 そして金額を確認してガッツポーズをするカナ。


「お兄ちゃん、ありがとう!」


 言ってカナは直ぐ様家を飛び出していく。アオイちゃんやら友達と正月から買い物なのだろう。


「全く、元旦からカナは騒がしいな」


 と父。朝から酒を飲んで良い気分になっている両親は、リビングのコタツでテレビを見ていた。


 流れていたのはニュースだ。正月と言えばお笑い番組が相場だが、今年は一味違った。エルルランドとの国交締結に向けて、日本政府が動いている。とのニュースが朝から繰り返し放送されている。


「どうなんだ? 国交締結は本決まりなのか?」


 うちの家族は、クドウ商会がオルドランドと貿易していると知ってから、テレビやネットで異世界のニュースが入ってくる度に、俺に質問を投げ掛けてくる。


 俺としても出来るだけ答えてあげたいが、日本の政策やら会社の利益やら、情報漏洩を防ぐ為に話せない事も多い。そもそも桂木翔真側の事を俺に聞かれても知らないしね。


「まだ国同士の対話が始まったばかりだよ。まさかこんなに早くマスコミに情報が漏れるなんて、こっちも思わなかった」


 これは本音だ。エルルランドのトップである三公と闘技場で会談したのがつい先日の事なのだ。いったいどこから漏れたのか、日本政府は元旦から情報漏洩者のあぶり出しに必死だ。


「どんな国なの、エルルランドって?」


「オルドランドの帝室と所縁ゆかりのある公国だよ。多数の公爵様が治めているんだ」


 母の質問に当たり障りなく答える。


「ふ〜ん。何が名産なの?」


「公爵様が治めているから、そう言う高貴な人とかお金持ち向けの高級品なんかだねえ。一般庶民には縁遠い国かも」


「そうなのねえ」



 エルルランドの輸出品は高級品や嗜好品である。ではエルルランド側は日本の何と取り引きしたいのか?


 それは同じような高級品や嗜好品だった。エルルランドは政治や食料事情が安定している国なので、他の周辺国ともこんな感じで高級品や嗜好品の交易をしているそうだ。


 エルルランドで生産されているそれらの商品価値はとても高いらしく、天災などで国内の衣食住に問題が起こったとしても、公爵たちが普段囲っている自慢の品のいくつかを国外に提供するだけでどうにかなるそうだ。


 そんな国のそんな公爵たちだから、気になるのは同じ国に住む他の公爵たちの動向だ。


 あっちの公爵があの酒を更に美味しく改良しただの、こっちの公爵は燻製肉の最高品質を生み出しただの、樹齢千年の木材から削り出したテーブルセットだの、百年掛けて手編みされた絨毯だの、とかく公爵たちは他の公爵たちの目を気にして、他の公爵たちより良い品を手に入れようと奮闘している。


 しかし最近はどの公爵領も似たり寄ったりになりつつあった。一国として用意出来る最高のものを、どの公爵領も揃えてしまっていたからだ。違いはちょっとした趣味の差異くらいなものだ。公爵たちはそれをひどくつまらないと感じていた。


 そこに降って湧いたようにオルドランドからもたらされた異世界の情報。公爵たちは欣喜雀躍したと言う。これであの公爵と違うものが手に入れられると。


 オルドランドに近しい国として、いち早く情報を入手したエルルランドの公爵たちは、自国とまるで違う異世界の様子に喜び、俺たちがサリィを出立して、エルルランドに入国するのを一日千秋の思いで待ちわびていたらしい。


 エルルランド三公の婉曲な言い分を要約するとこうなる。


「金ならある。地球中から最高の物を用意せよ」


 中々付き合いの難しい国だ。オルさんの話では、エルルランドの品のファンは世界中にいるので、そのコネクションの力は凄まじく、敵に回すのは得策ではないとの事である。日本の外交力が試されそうだ。



「それにしてもハルアキがくれたこのお酒、美味しいわねえ」


 母の言葉に父も力強く同意する。今二人が互いに注ぎあっている酒は、三公からお近付きの印として渡されたビヨ酒だ。俺が持っていても仕様がないので、お世話になっている辻原議員なんかの分は別個で確保しつつ、正月の機会に日頃の感謝の気持ちとして両親に提供した。


 そんなビヨ酒を、うちの両親は一口飲んで、これは高級酒だ。と感じ取ったらしく、普段は隠している高級チーズを取り出してきて、それを肴にチビチビやっている。


 高級酒と分かって、グビグビではなくチビチビ飲むのが、俺の両親らしいなあ。と思った。

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