第191話 迷宮へ潜る
「バヨネッタさ〜ん、出てきてください」
バヨネッタさんの部屋の扉を叩くが、応答はない。バヨネッタさんは闘技場でリットーさんと戦った日から、部屋に籠もりっぱなしで、お世話をするアンリさん以外に顔を見せていなかった。理由は単純だ。リットーさんに負けたからである。
そんな事か。と思うかも知れないが、バヨネッタさんにとっては一大事だったらしく、なんと負けたショックで涙を見せた程だ。それが恥ずかしかったのかどうかは分からないが、それ以来、首都にあるマリジール公の別邸の部屋に引き籠もっている。
「なんだ!? まだ部屋にいるのか!?」
リットーさんがやって来た。今日はリットーさんとバヨネッタさんがデレダ迷宮に挑む日だ。だと言うのに、バヨネッタさんが部屋に引き籠もったままなので、様子を見に来たのだろう。
「まだすねているのか!? あの勝負、ほぼ互角だったじゃないか! バヨネッタ殿が勝っていてもおかしくなかった! あれは良い戦いだった!」
確かに一見互角ではあった。バヨネッタさんとリットーさんの戦いは、一時間を超える睨み合いから始まった。その時点で観客は半分以上が退席し、デイヤ公は不満を口にしていた。
そして睨み合いから先手を打ったのはバヨネッタさんだった。時間を掛けてリットーさんを百丁以上のバヨネットで取り囲み、全方位から斉射されるバヨネッタさんの銃弾。
それを多少の被弾は覚悟の上と、大盾に身体を隠しながらバヨネッタさん目掛けて一点突破するリットーさん。右手に持つ螺旋槍の威力は凄まじく、避けたバヨネッタさんの後ろの壁を貫き、大穴を開けた程だ。普通、闘技場の壁はそうそう壊れない。壊れても表面だけだ。観客の安全の為、分厚い石材が何重にもなっているし、魔法も掛けられているそうなのだが、それらを全部ぶっ壊すリットーさんのパワーが規格外なのだ。
そしてそれに対抗しようと、『宝物庫』から大砲を取り出すバヨネッタさん。ジョーエルが融合して変身した巨人さえも肉片に変えた大砲である。バヨネッタさん、本気だな。と俺は思った。その後は悲劇だった。
大砲の威力は凄まじく、やはり壁に大穴を開ける程。そんな大砲と螺旋槍のぶつかり合いである。二人が戦う程に壊れていく闘技場。その威力の凄まじさに恐れ慄いた観客たちが、一斉に闘技場から逃げ出そうとしてパニックになる現場。そんな事お構いなしに戦う二人。特別観覧室から見た光景は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
結果は、大砲の砲弾をまるで踊るように巧く大盾でいなしながら、バヨネッタさんへと近付き、螺旋槍でバヨネッタさんの何重もの結界を突き破ったリットーさんが、試合巧者ぶりを見せ付けて勝利した。
バヨネッタさんも最後の螺旋槍はギリギリで躱していたし、恐らく次の一手はあっただろうが、そこで三公から「そこまで!」との言い渡しが下ったのだ。まあ、それも仕様がない事。ここまでの二人の戦いで、闘技場はほぼ全壊となっていたからだ。これ以上は街に被害が及ぶ恐れがあると考えた三公の判断だった。
なのでリットーさんの言い分は確かに正しいのだが、勝者にそうやって気を使われるのは、中々に辛い仕打ちのように思われる。なのでリットーさんが扉に向かって何を言ったところで、暖簾に腕押し、糠に釘と言うやつでまるで出てくる様子はない。
「そうか! ならば私一人で迷宮に行く事にしよう!」
まるで出てくる様子のないバヨネッタさんを、部屋の外に出す事を諦めたリットーさんがそう口にした瞬間、バンッと部屋の扉は音を立てて開かれ、そこには泣きはらした目をしたバヨネッタさんが憮然とした表情をしながら立っていた。
「行くわよ。行くに決まっているでしょう」
天の岩戸に引き籠もった
「そうか!」
しかしリットーさんはバヨネッタさんの様子に頓着していないようで、カラッとしたいつもの調子で応えるのだった。
「ここがデレダ迷宮の入口ですか」
俺たちが三公に連れられてやって来たのは、首都から少し離れた林の中。そこは神殿跡地のような場所で、正方形の土台は一辺が二十メートルはありそうで、デザインなのか角から向かいの角まで一本の斜線が引かれ、二等辺直角三角形が二つ合わさったような感じだ。そして土台の脇に祭壇が設置されている。正方形の土台の各角には柱が建っていて、途中が光っていた。柱は十のブロックで造られているのだが、その上から四番目のブロック光っている。
「で、入口はどこにあるんですか?」
と俺が尋ねると、
「これよ」
とバヨネッタさんが土台を指差した。ああ、成程。土台が入口のパターンね。この土台自体が閉ざされた門って訳ね。俺もこの世界の仕掛けに慣れてきたなあ。このくらいでは驚かないからね。
三公が祭壇まで歩いていく。何やら暗号との事なので、「開けゴマ」的な呪文なのかと思っていたら、祭壇で何かを操作していた。ああ、成程。そっち系ね。などと心の中で知ったかぶっていると、操作が終わったのだろう、正方形の土台が斜線から切り離されるようにして開いていき、その中には下へと続く螺旋階段が延びていた。下を覗くと、階段の先にまた閉ざされた門がある。ここと同じく正方形に斜線が入れられ、四隅に柱が建っていた。
「では、バヨネッタさん、リットーさん、いってらっしゃい」
デレダ迷宮に入る事が許されたのはバヨネッタさんとリットーさんだけだ。俺たちはお見送りである。バンジョーさんはリットーさんVSウルドゥラの戦いを間近で見て、それを歌にしたかったらしく、同行出来ない事をかなり悔しがっていた。
三公の後に続いて、バヨネッタさんとリットーさんが入口を下っていく。下っていく五人を上から見守っているだけなのだが、バンジョーさん的には無理みたいで、明後日の方を向いていた。それで良くついて行くと言えたな。
三公はオラコラさんや配下も伴わずに下っていく。それだけデレダ迷宮に入れる人間は限られているようだ。デレダ迷宮で三公が魔物に襲われた時に守るのは、バヨネッタさんやリットーさんの役目になる。強さが求められる理由がここにある。
「もうデレダ迷宮には着きましたかね?」
「着いていてもおかしくないんじゃないかなあ」
俺のその場の退屈を紛らわせるだけの質問に、オルさんが応えてくれた。これが何度目のやり取りかは覚えていない。下る五人を見守っていたのも最初のうちだけで、十分もしたらそれにも飽きてしまった。だからと言ってこの場を無断で離れるのもはばかられる。なにせ辺りは衛士たちによって厳重警備中だからだ。まあ、こんなデカい門が開きっぱなしじゃあ、心配なのも当然か。
しかし冬の林は寒いので、さっさと三公には戻ってきて欲しいものだ。
などと不遜な考えを持ったのがいけなかったのかも知れない。下から、デレダ迷宮の方から轟音が近付いてくる。何事か!? と俺たちが入口に顔を覗かせた瞬間、暗緑色の何かが入口から天へと突き抜けて行った。それを追って俺たちは空を仰ぐ。
視界に映ったのはリットーさんの愛竜ゼストルスだった。その背に乗せているのはリットーさんではなく、三公だ。
ゼストルスが着地するや否や、オラコラさんがマリジール公に駆け寄っていく。他の二公の配下たちも同じだ。それに一歩遅れる形で俺たちは駆け寄っていった。
三公は三人とも顔面蒼白で、心配する周りを気にする余裕などなく、まず始めにデレダ迷宮の入口を閉じた。
「大丈夫マリジール!? 何があったの!?」
心配するオラコラさんにマリジール公は抱き着き、そうする事で安心したのか、ぽつりと呟いた。
「あれはこの世の者では倒せない……」
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