第192話 憤懣やるかたない

「そもそもが罠だったのだ……」


 マリジール公は、自分は悪くない。自分に罪はない。と言い聞かせるように語り出した。


「最後の十番目の門を通り過ぎた直後だ、我々の目に飛び込んできたのは、探求者たちの死体の山だった。それに目を奪われ、我々は一瞬ウルドゥラの事を頭から抜いてしまったのだ。次の瞬間、我々は全員奴の刃で八つ裂きにされていた……」


 場の混乱で衣服まで目がいっていなかったが、三公は鋭い刃で斬り刻まれたようにボロボロの衣服をまとっていた。


「なら、なんで三人とも生きているんですか?」


 尋ねる自分の声に怒気が含まれているのに気付いて驚いた。三公は俺の声に震えていた。


「分からないわ。魔女に、バヨネッタにポーションを掛けられて復活したのだけは覚えているけれど……」


 デイヤ公が従者に支えられながら答えてくれた。恐らくバヨネッタさんが使用したのはハイポーションだ。でなければこれ程の超回復は出来ていない。ではバヨネッタさん自身はどのように復活したのか? 多分だがコレサレの首飾りを付けていたのだろう。俺がサリィの神明決闘裁判で復活したあれだ。


「その後、リットーが直ぐ様『空間庫』から飛竜を出して、我々はこうして地上におる」


 ウサ公が教えてくれた。何かあった時の為に、リットーさんは庭園型『空間庫』にゼストルスを待機させていたのだ。それを、三公を逃がす為に使った。恐らくリットーさんとバヨネッタさんはその間の盾であり時間稼ぎだったのだろう。それが理解出来ているが故に悔しい。


「二人にはどれ程感謝してもし切れない……」


「適当な事言ってんじゃねえよ!!」


 マリジール公の発言にキレていた。


「あの二人は強いんだ!! 頭だって切れる!! 生き残れる算段がなければ、あんたらを逃したりなんてするものか!!」


 怒声を上げる俺が、三公に襲い掛かるとでも思ったのか、騎士や衛士、従者、そしてオラコラさんが、俺と三公の間に割って入る。


「オラコラさん……」


「気持ちは分かるけれど、私はマリジールの味方なの」


 なんだよそれ!!


「なんだよそれ!!」


 俺の怒声に場の緊張感が高まる。


「バヨネッタさんはあんたの妹なんだろう? 今すぐ助けに行きたいと思わないのかよ!?」


「その為に迷宮の門を開けろと? それでウルドゥラが外に解き放たれれば更に問題が大きくなるのよ」


 正しい事を言えば、俺の怒りが収まるとでも思っているのか!!


『落ち着けハルアキ。お主の坩堝がまた闇に染まろうとしているぞ』


 アニンの言葉にハッとする。俺はいつの間にか『闇命の鎧』を半分まとっており、己の内面に視野を向ければ、一番下の坩堝が完全に闇に染まってる。そして闇は徐々に上の坩堝を侵食しようとしていた。


 このままではいけない。心を落ち着ける。全合一に全神経を集中させる。今ここで闇に飲まれて周りの人間に襲い掛かっては、オラコラさんに処断されるだけだ。


 ふう……、ふう……、ふう……。


 深く呼吸をして、心と身体の昂りを元に戻す。闇に染まる俺の坩堝や魔導回路を、俺の魔力で満たしていく。解ける『闇命の鎧』。そして、


「マリジール様、デイヤ様、ウサ様。身内の危急に取り乱してしまい、失言暴言の数々、誠に申し訳ございませんでした」


 膝を付いて頭を下げる。


「うむ。許そう」


 代表して言ってくれたのはウサ公だ。ここで争っても死体が出るだけだからだろう。俺が異世界と通じているのでなければ、この場で首を斬られていたかも知れないが。


「ですが言わせてください」


 俺の視線に三公は後退りしながらも、気丈に振る舞い、鷹揚に頷いてみせた。


「ウルドゥラには『認識阻害』と言うスキルがあります。それがある限り、ウルドゥラを討たねば安全は保証されません」


 俺の言に全員が黙り込んでしまった。それは今すぐにでもウルドゥラが『認識阻害』を使ってデレダ迷宮の門から出てくる可能性を示唆しているからだ。


「はああ……。私はもう疲れた。オラコラ、帰ろうではないか」


 突発的にそんな事を口にするマリジール公。


「そうねえ。でもここから三公が全員帰ってしまっても大丈夫かしら?」


 それに乗っかるオラコラさん。


「大丈夫さオラコラ。既にあの吸血鬼はリットーとバヨネッタが退治している。何ならこの場の衛士たちも引き揚げさせても良いのではないか?」


「それは名案ね、マリジール」


 多少強引な展開だがありがたい。つまりマリジール公は、エルルランドとしては手出しも口出しも出来ないが、俺たちが勝手にやるならそれは見逃してやる。と言っているのだ。


 どうやら他の二公もそれに同意してくれるようで、三公たちはデレダ迷宮の入口から首都の方へと、林の中を歩いて去っていった。と言っても入口から離れただけで、林の中で衛士たちは待機しているようだが。


 残されたのは俺、オルさん、アンリさん、バンジョーさん、そしてゼストルスだ。


「エルルランドは気前が良いな」


 バンジョーさんが遠くへ去っていく三公たちに向かってそう呟く。


「呑気ですねバンジョーさん」


「そうか?」


「俺には、俺たちを犠牲に、ちょっとでも時間稼ぎをして、その間に周辺各国に応援要請をしようとしているようにしか見えませんでした」


 俺の言葉に渋い顔を見せるバンジョーさん。


「国のトップに立つ人間だからねえ。とは言え、この賭けにはそれなりの時間稼ぎが必要だよ。つまり三公たちもバヨネッタ様やリットーが、既にウルドゥラに倒されているとは思っていない証拠だよ」


 オルさんの言葉に勇気を貰う。確かにそうだ。俺も悪い方へ悪い方へと考え過ぎていたかも知れない。


 とにかく俺たちは門を開く為に祭壇へと向かった。



 祭壇にあったのは十個のダイヤルだった。十個のダイヤルに十個の目盛りが付いている。が、そこに書かれている文字に見覚えがない。


『懐かしい文字だな』


「アニン読めるのか?」


『当然だ。これはこの時代からすれば古代文字と呼ばれるもので、これは数字だな。0から九までの数字が書かれている』


 数字かあ。


「って、それが分かったからってどうすれば良いんだよ!? 暗号錠なの忘れてたあ!!」


「この暗号を解く時間も、三公たちの計算の内なんだろうねえ」


 とオルさん。マジかあ、すぐにでもバヨネッタさんリットーさんのところに駆け付けたいのに、焦りでジリジリする。

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