第117話 幻惑の移動要塞(後編)

「起きなさい! ハルアキ!」


 バヨネッタさんに踏まれて目を覚ます。起き上がろうとすると、地面が柔らかくてぬちゃぬちゃしていて難儀してしまった。


「どこですかここ?」


『『幻惑のカイカイ虫』の中だ』


 バヨネッタさんに聞いたつもりだったんだけど、答えてくれたのはアニンだった。そう言われて辺りを見回すと、俺たちがいるのが、まるで口の中を覗いたかのような、柔らかい肉壁に囲まれた場所だと分かる。


「マジか?」


『ああ。だから早く宙に飛べ。消化液に溶かされるぞ』


 アニンにそう言われたところで、ハッとして自身の状況確認をすると、つなぎが溶け始め、ところどころ消化液の酸でやけどしていた。


「うわあっ!?」


 俺は直ぐ様アニンを翼に変化させて宙に浮く。バヨネッタさんは既にバヨネットに乗って浮いていた。


「どうなっているんだよ? やけどしているのに全く痛くない」


「恐らく消化液の効果でしょうね。消化液にも幻惑の効果があって、溶かされている本人が気づかないうちに、溶かすようになっているのよ」


 と言われてゾッとする。あのまま眠っていたら、俺は溶けて『幻惑のカイカイ』の栄養になっていたのか。


 バヨネッタさんが、俺に対して魔法の水をぶち撒けてきた。俺の周りに付着していた消化液が洗い流され、次の瞬間からヒリヒリなんてものじゃない痛みが全身を襲う。


「ぐはあ……!!」


「さっさと『回復』で治しなさい」


 バヨネッタさんはもう少し周りの人に優しくしても、バチは当たらないと思う。



『幻惑のカイカイ虫』に摂り込まれて直ぐに起きたからだろう。俺のやけどはそれ程酷いものじゃなかったので、十分程の『回復』で元に戻った。つなぎはボロボロのままだったけど。ちなみにバヨネッタさんは服に溶けた跡一つ見付からなかった。


「治りました」


「そう。じゃあ行くわよ」


「……はい」


 この場での「行く」は、きっとこの『幻惑のカイカイ虫』の奥へと進むと言う事で、出口に向かうと言う事ではないのだろうなあ。と分かっていたが反論はしない。無意味だと悟っているからだ。



 カイカイ虫の肉壁に触れないように慎重に先に進むと、物凄く人工的な上に向かう螺旋階段があった。


「罠じゃないですかね?」


 あまりにも不自然な螺旋階段の登場に、俺は罠を疑うが、バヨネッタさんは首を横に振るう。


「確かに罠は仕掛けてあるけれど、この階段が上に通じているのは確かだわ。共感覚で良く見てみなさい」


 言われて共感覚で探ってみると、確かに螺旋階段が上階に続いている。ただし階段の何段かに一段に、踏むと何かしらの仕掛けが作動する罠が仕掛けられていたが。まあ、宙を浮いている俺たちには関係がなかった。


 俺たちは螺旋階段の罠を踏まないように気を付けながら、上階に進む。



 上階は肉壁に囲まれている事もなく、恐らくは外殻と同じであろう素材で出来ていた。 床に降りても消化液に溶かされる事も、罠が発動する事もなかった。下階とは全くの別物だと考えた方が良さそうだ。


「先へ進むわよ」


 バヨネッタさんの指示に従い進む。上階は小部屋の連続だった。その小部屋毎に、番人のような魔物が存在していた。ゴブリンにオーク、スライム、エッチな体型の女妖精にマッチョな体型の男妖精と、多種多様な魔物が行く手を阻み襲ってくる。


 ただ戦うのであれば遅れはとらない。俺たちは魔物たちを、倒して倒して倒して進んだ。そう、倒して進んでいるはずだった。


「おかしいわ」


 バヨネッタさんの言葉に俺は首肯する。


「はい。もう、五十以上の部屋を攻略しているのに、一向に最後の部屋にたどり着きません。外からこの『幻惑のカイカイ虫』を見た限り、既に最後の部屋にたどり着いていておかしくないのに」


『幻惑のカイカイ虫』は巻き貝のような殻を背負っている。今俺たちがいるのが、その巻き貝部分であるなら、先細りしていくはずであり、いくら五階建てビルの大きさとは言え、五十室もあるはずがない。


「レジスト!」


 バヨネッタさんがそう唱えるが、部屋の様子に変化は見られなかった。どうしたものか。と二人して顔を見合わせていると、


『一度戻ってみるのも手ではないか?』


 と珍しくアニンが口を出してきた。余程俺たちの現状を見兼ねたのかも知れない。


「そうね」


 とバヨネッタさんもアニンのアドバイスは素直に聞くらしく、部屋を二つ戻ると、下に降りる螺旋階段があった。


 これはおかしい。俺たちは五十室先に進んだのだ。最初の部屋の螺旋階段がここにあるはずはない。


「これは……、さっきの螺旋階段とは違うわね」


 とバヨネッタさん。言われて共感覚で調べると、確かに階段に仕掛けられている罠の順番が違う。と言う事は、


「先へ進む階段。と言う事ですか?」


 首肯するバヨネッタさん。カヌスと言う人はかなり嫌らしい性格をしていたらしい。先へ先へ進んでも目的の場所にはたどり着けず、諦めて引き返したところに、先へ進む道を用意するなんて。



 俺たちは階段を降りた。はずだった。そう、ずっと降りていたはずだったのに、いつの間にか俺たちは上っていた。何だこれ? 本当に感覚が混乱する。


 そしてたどり着いた部屋にいたのは、羊であった。


「セバスチャン!?」


 驚くバヨネッタさん。いやそれ、羊じゃなくて執事だから! とツッコミを入れようとしたところで、


「メエ〜〜」


 羊が鳴いた。すると世界が一変する。場所は夕暮れの教室だった。そこに一人の女子生徒が立っていた。長い黒髪の女子。俺はその後ろ姿に見覚えがあった。


「浅野……」


 俺が声を掛けると女子が振り返る。それは確かに浅野だった。


「浅野、俺、浅野の事が好きなんだ。俺と、付き合ってください!」


 うおっ!! これは中学最後だと思って俺が初めて告白した記憶。と言う事は、


「は? 何それ? マジキモいんだけど」


 うおおおお!! 心の、心の傷がえぐられるうっ!! 痛い、痛過ぎる。などと感傷に身悶えてなどいられなかった。


「浅野、俺、浅野の事が好きなんだ。俺と、付き合ってください!」


 またも告白する俺。


「は? 何それ? マジキモいんだけど」


 うおおおお、やめろ、やめてくれえ!


 その後も俺は何度も告白し、何度も浅野に振られるのだ。痛い。痛いよう。さっきから何度もレジストしているのに、恐らくあの羊の幻惑効果が強過ぎて、俺にはレジストしきれない。『聖結界』はそもそも発動しない。精神攻撃を受けている為だろう。


「は? 何それ? マジキモいんだけど」


 何十回目かのそのセリフに、息も絶え絶え死にそうになっていたところに、


 ダァン!!


 と言う銃声が鳴り響いた。


 ハッとして目を覚ますと、羊はバヨネッタさんのバヨネットに撃たれて絶命していた。


「バヨネッタさん」


「はあ……、はあ……、まさか最後に待ち構えていたのが、セバスチャンだったとはね」


「セバスチャンですか?」


「ええ。悪夢を見せる魔物で、その催眠幻惑効果は、良く訓練された軍隊でさえ全滅させる程に凶悪な魔物よ」


 なんて危ない魔物なんだセバスチャン。でもやっぱりそれは羊じゃなくて執事だと思うぞセバスチャン。


 などと思っていると、バヨネッタさんがバヨネットに乗って天井まで飛び上がる。そこにはランタンがいくつも吊り下がっていた。これ全てが幻惑燈なのか? それとも一つだけなのだろうか?


「やったわ! 幻惑燈を手に入れたわよ!」


 などと勘ぐる俺の心配は杞憂だとでも言わんと、ランタンを手にして喜ぶバヨネッタさん。喜んでいるし、あれが幻惑燈って事で良いんだろう。と同時に、天井がパカンと開いて空が現れる。


「これは……?」


「目的を達したのだから、さっさと外に出ろ。って事でしょうね」


 成程。まあ、ここから一階に戻って、『幻惑のカイカイ虫』の口やら肛門から脱出するより何万倍もマシだな。俺とバヨネッタさんは開かれた天井から外に脱出したのだった。


「はあ。もうしばらくカイカイ虫は勘弁して欲しいです」


 俺、今回何一つ役に立ってないしね。


「そうねえ。でも首都に行く前の良い予行練習になったんじゃないかしら」


 とのバヨネッタさんの発言。それってつまり、首都にもカヌスの要塞があるってことですかあ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る