第116話 幻惑の移動要塞(前編)

「でっけー……」


 開いた口が塞がらない。五階建てのビルくらいはあろうデンデン虫が、のそりのそりとぬかるみを前進している。何あれ? 異様な光景だ。


「そんなに大きいのかい?」


 と羨ましそうに尋ねてくるのはオルさんだ。


「ええ。見えないんですか?」


「全く」


 首を横に振るうオルさん。


「ハルアキが見えているのは、あなたが共感覚を取得しているからよ」


 とバヨネッタさんが説明してくれた。


 俺たちは今、ラガーの街から南西に進んだぬかるみ地帯、その中にポツンと浮かんだ島のような岩の上に立っていた。バヨネッタさんはバヨネットに乗って、俺はアニンの翼で、オルさんを運びながらここまでやって来たのだ。


「あれが、幻のデンデン虫ですか?」


「移動要塞『幻惑のカイカイ虫』ね。稀代のダンジョンメイカーである、要塞設計師のカヌスの作品よ」


 だから情報量多いってば。


「カヌスって言うのは人名ですか?」


「そうよ」


「ダンジョンメイカーって言うのがダンジョンを造る人で、カヌスって人は、その中でも要塞を造る事に特化していた。って事で良いんですかね?」


「そうよ」


「…………なんでカヌスって人は、ダンジョン造ってたんですか?」


「さあ?」


 ああ、それは分からないんだ。


「一説には、他国との戦争に備えてだとか、魔物対策だとか、色々言われているけど、真実は闇の中ってやつだね」


 とオルさんが教えてくれた。まあ、バヨネッタさんがアタックかけようってくらいだ。古代の遺物であるなら、真実が分からなくても不思議じゃない。不思議じゃないが、


「マジであのカイカイ虫を攻略するつもりですか?」


 思わず尋ねていた。これで何度目だろうか?


「当然よ。『幻惑のカイカイ虫』の中には、幻惑燈と言われる宝が眠っているそうなの。是非ともそれは手に入れたいわ」


 バヨネッタさんはやる気満々だった。


「幻惑燈、ですか?」


「ええ。その灯りを見た者を幻惑へと誘い、その幻惑に囚われた者から魔力と生命力を奪うと言われているランタンよ」


 何それ? 怖すぎるんですけど。


「『幻惑のカイカイ虫』のぐるぐる回転している触角が見えるわね?」


「ええ」


 見ていると気分が悪くなるから、あまり見ないようにしているが、『幻惑のカイカイ虫』には二本の触角が生えており、色は黄色と黒の警戒色。それがぐるぐる回転して、なんか気持ち悪くなってくるのだ。


「あの触角が幻惑効果を周囲に放つ事で、『幻惑のカイカイ虫』を周りから見えないようにしているそうよ」


 そうですか。


「なのでまず、あの触角から落とすわよ」


「は?」


 思わず聞き返していた。


「だってどこにも入口らしき場所が見当たらないのだもの。ならばまず、動いている部分を活動停止にしなければならないでしょう?」


 強引だな。でも確かに、デンデン虫の殻の中に幻惑燈があるのなら、入口ってあのナメクジ部分から以外思い付かない。


「分かりました。でも触角からやる意味は?」


「『幻惑のカイカイ虫』は、あの触角で姿をくらませているわ。なら、触角を取ってしまえば、何かしら新たな動きを見せるはずよ」


 筋は通っていると思う。


「分かりました」


「では行くわよ」


「いってらっしゃい」


 と宙に浮かぶ俺たちに手を振るオルさん。この人何しにきたの? と言いたくなるが、まあ、『幻惑のカイカイ虫』を見にきたのだろう。見れなかったけど。それも俺たちが触角を落としたら見れるようになるかも知れない。



『幻惑のカイカイ虫』は近付く程にその巨大さを実感する。そして近付く程に視界が歪むようになってきた。恐らくこれが触角による幻惑効果なのだろう。まあ、共感覚のお陰で位置は把握出来ているが、視覚は既に使い物にならなくなっていた。


「ハルアキ、一斉に攻撃するわよ」


 バヨネッタさんの声が遠くに聞こえる。今、何て言ったのだろうか? 「何て言ったんですかバヨネッタさん?」と振り返るも、そこにバヨネッタさんの姿はなく、見えるのは辺り一面のお花畑だった。そのお花畑の向こうで、見た事もない綺麗な女性が手招きしている。


「こっちへ来て。こっちへ来て」


 と耳心地の良い声で手招きされると、俺にはそうするのが当然であるように思えてきて、お花畑を一歩一歩、その女性に向かって歩き出していた。


「こっちよ。こっちへ来て」


 手招きする女性に、あと一歩で触れられると言うところでだった。背筋にゾッと悪寒が走る。俺の『野生の勘』が危険を知らせていた。俺はとっさに身体をのけ反らせた。と同時に響く銃声。


 その銃声にハッとして辺りを見回すと、お花畑も女性も消えていて、俺の前には軽蔑するような顔のバヨネッタさんがいた。


「あれ? 女の人は?」


 呆けた事を口走った俺に対して、


「何言っているのよ。もう一発撃たれなきゃ、現実に戻ってこられないのかしら?」


 とバヨネッタさんが乗っているバヨネットの銃口をこちらに向ける。


「いや、大丈夫です! 今バッチリ覚醒しました!」


 との俺の返事に、


「なら良かったわ。このまま幻惑に囚われて、私に襲い掛かってくるようなら、本当に撃ち殺さなければならないところだったもの」


 とのお答え。危ねえ。俺、『幻惑のカイカイ虫』の幻惑に囚われて、外からはそんな風になっていたのか。もう少しでバヨネッタさんに撃ち殺されるところだったんだな。


「もう大丈夫なのね?」


「はい!」


 そう元気良く返事をして、もう一度『幻惑のカイカイ虫』を見遣るが、その触角の幻惑効果でくらくらしてくる。


「しっかりレジストしなさい!」


 とバヨネッタさんに叱咤され、俺は魔法で『幻惑のカイカイ虫』の幻惑に抵抗する。


「今度こそ一気に触角を落とすわよ!」


 バヨネッタさんの号令の下、俺は空を飛びながら、右手にアニンの黒剣を出すと、木と見紛う程の大きさの触角を、ズバッと斬り落としたのだった。


 同時にバヨネッタさんもバヨネットの連射で触角を落としたようで、一気に『幻惑のカイカイ虫』の幻惑効果が失われた。と思ったら、直ぐ様触角が再生しようとしていた。


「こいつ再生するのかよ!」


 と俺が身構えると同時に、


「きゃあ!?」


 との悲鳴。そちらを見遣れば、バヨネッタさんが『幻惑のカイカイ虫』の触角とは別の部分、恐らく口から生えた触手によって巻き取られていた。


「バヨネッタさん!?」


 驚きで俺が声を上げたところを狙って、俺自身も『幻惑のカイカイ虫』の触手に巻き取られてしまう。


「これも幻惑なのか!?」


「違うわ! この触手は本物よ!」


 振りほどこうにも触手は凄い力で俺たちを締め上げて振りほどけず、俺とバヨネッタさんは触手によって『幻惑のカイカイ虫』の口へと放り込まれてしまった。

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