第115話 噂話
デルートへと変化したオルガンの音色に合わせて、バンジョーさんの良く通る歌声が宿の食堂に響く。ここで会ったのも何かの縁と、俺たちはバンジョーさんとオルガンを俺たちが泊まる宿に招待した。
幸い宿には空室が出来ていた事もあり、俺たちがラガーの街に滞在している間は、バンジョーさんとオルガンにはその部屋を使って貰う事になった。
しかし恵んで貰うばかりでは申し訳ない。と二人は言い出し、夜には宿の食堂で歌を披露する事で決まったのだ。バンジョーさんは吟遊詩人として各地を転々としているのだと言う。って言うか、吟遊詩人って本当に存在したんだな。
バンジョーさんが歌うのは英雄譚が多い。吟遊詩人は良く知らないが、歌手って恋愛の歌を良く歌うイメージがあったので意外だった。何でも、恋愛の歌も歌う事はあるが、身分制度のしっかりしているオルドランドでは、身分差の恋、みたいなのを歌うのは、下手すると取り締まりの対象になるそうだ。吟遊詩人も大変である。
なのでワクワクドキドキ出来る英雄譚が好まれるのだそうだ。そして人気はやはりリットーさんらしい。彼の英雄譚は枚挙にいとまがないそうで、それって本当? と疑いたくなる話も少なくないらしい。
「いわく、巨竜を殴って倒しただの、いわく、十万を超える敵兵を一人で打ち破っただの、いわく、千人を殺した毒蛇を殺して食べたが、腹も壊さなかっただの、いわく、好きになった女性に一万回告白して十万回振られただの、出所の良く分からない話がゴマンとあるんだよ」
確かに、最初に出てきた話からして、既にぶっ飛んでいるが、あのリットーさんであればありえそうに思えてしまうから不思議だ。
「まあ、ボクはリットー様に会った事ないんだけどね」
と歌を終えて、俺たちと食事をするバンジョーさんが肩をすくめる。
「そうなんですか? 俺たちベフメルでずっとリットーさんと一緒だったんですよ」
「ええっ!!」
良く通る声で驚かれると、食堂中から注目を浴びるので困る。
「ほ、本当なのかい!?」
「ええ。ベフメ家で寝食をともにしたりしてましたね」
「リットー様ってどんな人なんだい? やはり噂に違わぬ傑物なのかい? 好きな食べ物は? 嫌いな食べ物は? お茶目なのかなあ? 真面目なのかなあ? 愛竜のゼストルスはどんな感じだった? 背は? 大きい? 小さい?」
質問の圧が凄い。あまりの質問攻めに俺がアワアワしているのが余程面白いのか、同じ卓を囲むバヨネッタさんとオルさんがニヤニヤしていた。
「助けてください」
と俺が助けを求めると、
「これがリットーに対する世間一般の反応ってやつだよ」
とオルさんに軽く流されてしまった。
「今もベフメルにいるのかい?」
バンジョーさんの質問攻めはまだ続いていた。
「いえ、俺たちより先に出発しました。北に向かったようですね」
「北か。首都に向かったのかな。それとも更に北の国境線か」
ブツブツと思考を巡らせるバンジョーさんの顔は真剣そのものだった。更に北ねえ。そう言えばカッツェルで山脈地帯を迂回するのに、北と南どっちに行くかで、俺たちは南を選択したんだよなあ。北は情勢が不安定だとかで。国境線云々って事は、オルドランドとどこかが小競り合いでもしているのだろうか?
「まあ、首都の更に北かは分かりませんけど、目的地はダンジョンだと思いますよ」
「ダンジョン?」
意外だったのだろう。バンジョーさんは俺を見ながら首を傾げていた。そんなバンジョーさんに対して、俺はベフメルの吸血神殿であった出来事を話した。
「ベフメルでそんな事が! 吸血鬼ウルドゥラと、それを追う竜騎士リットー。…………うおおおお!! 歌が! 詩が! どんどんと浮かび上がってくる!! 悪いが、ボクはここで失礼させて貰うよ!」
などと切り出したバンジョーさんは、夕食もそこそこに自室へと戻っていってしまったのだった。
その夜はオルガンが変化したデルートの音色が、夜中まで宿中に鳴り響き、苦情がこちらまできたので、バヨネッタさんが結界で封じる事態にまでなったのだった。
「やあ! おはよう!」
次の日の朝、食堂であいさつしてきたバンジョーさんは、目の下の隈からして徹夜したのだろうが、徹夜明けの変なハイテンションで元気そうだった。
「聞いてください。『竜騎士対吸血鬼。その死闘』」
「いえ結構です」
「何故だい!?」
と驚きの隠せないバンジョーさんだったが、昨夜さんざん鳴り響いていたので、その歌はもうお腹いっぱいなのだ。
「とりあえず食事にしません?」
鼻息荒いバンジョーさんを落ち着かせる為に、とりあえず朝食を摂る事を勧める。
「いやいや、そんな事よりまずは一曲……」
と食い下がるバンジョーさんだったが、ギュルギュルと鳴く腹の虫には抗い切れず、俺たちと卓を囲んで朝食を食べ始めるのだった。
「そう言えば、ここいら辺もベフメルから北と言えば北なんだよね」
朝食のパン粥を腹に入れて、一息吐いたバンジョーさんは、何かを思い出したように口にする。
「そうだけど、ラガー周辺にダンジョンなんてなかったはずよ」
古代のお宝大好きなバヨネッタさんが反論する。確かに、ここら辺にダンジョンなり遺跡なんかがあるのなら、バヨネッタさんが黙っていない気がする。いや、攻略済みなら別か。
「まあ、普通のダンジョンならね」
普通のダンジョンって何? ダンジョンって時点で普通ではないと思う。
「あれは僕らがラガー川を遡上している時に見かけた、いや、正確にはオルガンが感じ取ったのだけど、あの大きなカイカイ虫は、確かダンジョンではなかっただろうか?」
大きなカイカイ虫? カイカイ虫ってデンデン虫だろ? それがダンジョンってどう言う事? とバヨネッタさんとオルさんの顔色を窺うと、驚きで固まっていた。
「あのう、バヨネッタさん? オルさん?」
俺の声にハッとする二人。それから二人はバンジョーさんをジッと凝視する。
「えっと、何か?」
二人に凝視されて縮こまるバンジョーさん。
「本当に見たの?」
『うむ。肉眼で認識するのは難しかろうが、我が心眼を騙せるものではない』
そう答えたのはオルガンだった。オルガンの答えにしばし黙考する二人。
「まさか本当に存在したなんて」
とずいぶん間を取ってオルさんが口を開く。
「ええ。それこそリットーの与太話程度の眉唾物だと思っていたんだけど、実在したのね、カヌスの移動要塞『幻惑のカイカイ虫』」
カヌスの移動要塞『幻惑のカイカイ虫』? 何を言っているのか一つも理解出来ないんですけど?
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