第118話 報告会
オルさんを回収してラガーの街に戻る。
「はあ〜。疲れた〜」
宿のオルさんの部屋で報告会だ。オルさんは俺とバヨネッタさんが、『幻惑のカイカイ虫』の触角を落とした時にちらりとその姿を確認出来ただけで、後はどうなったのか分かっていなかったからだ。バヨネッタさんは参加しない。今夜は幻惑燈を愛でるのだそうだ。代わりにバンジョーさんとオルガンがいた。
「そう言えばお二人は参加しませんでしたね」
と俺がバンジョーさんとオルガンに尋ねると、バンジョーさんが横を向く。
「ああ、うん。あれだよ。ボクは吟遊詩人だからね。戦闘となると足手まといになるかなあ。と思って……」
歯切れが悪い。明らかに何かを隠している。
『何を言っている。バンジョーが苦手なのは戦闘ではなく高いところだろう』
「うわ! 言わないでよオルガン!」
と慌ててデルート姿のオルガンを隠そうとするが、まるで意味がない行為だよなあ。と思った。それにしてもバンジョーさんは高所恐怖症だったのか。街の周辺はぬかるみとなっているので、空を飛んでいこう、と提案したのはバヨネッタさんだった。高所恐怖症って言い出し難かったのかな。
「そんな事より、『幻惑のカイカイ虫』がどんなものだったのか、教えてくれるかい?」
オルさんからしたら、バンジョーさんの都合は「そんな事」であるらしい。
俺は一度長めに息を吐いて気持ちを整えてから、あの場で俺が見た『幻惑のカイカイ虫』について話し始めた。
「成程。やはり名前に「幻惑」と付くだけあって、『幻惑のカイカイ虫』は幻惑攻撃が得意だったようだね」
とオルさんは手を組んで感心している。
「そうですね。要塞感はありませんでしたけど」
と俺は思った事を口にするが、オルさんは首を横に振るった。
「いやいや、そんな事もないんじゃないかなあ。ハルアキくんやバヨネッタ様は共感覚でその威容が見えていたからあれだけど、もし見えずにいたら、『幻惑のカイカイ虫』の側を通るだけで、その幻惑に囚われて同士討ちがさせられる。これが自軍陣地に音もなく来られたら、それだけで全滅だよ」
成程。そう言われるとそうだ。たとえ見える者がいたとして、中に入れば罠まみれ。最上階にはセバスチャンと言う羊の魔物。今回の目的は幻惑燈だったから難なく出られたが、これが『幻惑のカイカイ虫』の機能停止が目的だったら、更に骨が折れる事態になっていた事だろう。そう考えると『幻惑のカイカイ虫』のヤバさが更に理解出来る。
「ふ、ふふ、ふふふふ……」
? 静かに俺の話を聞いていたと思っていたバンジョーさんが、奇妙な笑い声を上げている。
「素晴らしい!」
「は?」
「素晴らしい話を聞いてしまった! 現代にまでその名を残す、稀代の要塞設計師カヌスが残した移動要塞『幻惑のカイカイ虫』! それに挑むはこれまた稀代の魔女であるバヨネッタとその従僕のハルアキ! その攻防は一進一退! 一つの幻を突破しても、次に待ち受ける幻、幻、幻! なんて幻惑的な攻防が繰り広げられていたんだ! 何でボクはその場にいなかったんだ!」
高所恐怖症でその場に行かなかったからでしょう?
「くっ! この冒険! 歌にしたい!」
え?
「いや、やめてください!」
「止めないでくれ! これは冒険話を聞いた吟遊詩人の性……、いや、使命なんだ!」
そんな事はどうでも良い。こんな夜中に大声を出すな。と言いたいのだ。ここで大声を出そうものなら、
「煩いわよ!! あなたたち!!」
バヨネッタさんが怒鳴り込んできた。まあ、そうなるよね。
「こんな夜中にギャンギャン騒いでるんじゃないわよ!!」
バヨネッタさんによって正座させられ、俺たちへの説教は二時間続いたのだった。
「それは大変でしたね」
日本に戻ってマスターの喫茶店に来ている。頼まれていたティーセットを納品する為だ。そのついでに愚痴を聞いて貰った。
「本当ですよ。吟遊詩人ってもっと厳かなイメージでしたけど、あんなに煩いなんて」
「はっはっは。そこは個人の性格によるでしょう」
とはマスターの言。それと一緒にコーヒーが出てきた。カップは俺が今回買い付けてきたラガー焼きのカップだ。
「それはそうでしょうけど」
俺はそのコーヒーにミルクと砂糖を入れて飲んでみた。苦味の先にわずかに酸味があり、飲みやすかった。
「あ、そうだ。マスター、ベフメの砂糖いりますか?」
「ベフメの砂糖ですか? 良いですねえ。砂糖瓜の砂糖には、こちらの砂糖とはまた違った爽やかさがありますからね」
と言う事でその場で二キロ程都合した。
「そんなもので良いんですか? もっとありますけど?」
「良いんですよ。個人で楽しみますから」
「個人で?」
「旅をしているハルアキくんとしても、ベフメの砂糖を定期的に仕入れられる訳ではないでしょう?」
確かに。俺の『空間庫』にある分を売り切ってしまえば、次に仕入れられるのはいつになるやら。それなら店用ではなく、個人で楽しむ為に少量購入しようと言うのも頷ける。
「じゃあ、なくなったら言ってください。まだまだ売る程ありますから」
などと会話を交わし、七町さんの分のラガー焼きをマスターに預けて、俺は自宅に帰ったのだった。
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