第149話 『制約』

「へ〜え、ふ〜ん、そう。私がいない間に、ずいぶん面白い事になっているのねえ」


 バヨネッタさんとオルさんが、サリィにあるマスタック邸に帰ってきた。早速クドウ商会についてチクチク言われる。


「やっぱり不味かったですかねえ?」


 愛想笑いで乗り越えようとするが、乗り越えられそうにない。


「別にい。私は心が広いから、良いのよ? 商会を勝手に立ち上げても。た・だ・し……」


「ただし?」


「私も一枚噛ませくれるんでしょうね?」


「一枚噛む。ですか?」


 俺は首を傾げる。


「当然よ。従僕のものは主人のものなんだから。そのクドウ商会も私のものよね?」


 なんて強引な理論だ。


「バヨネッタさん。会社と言うのは社長ではなく、出資者のものなのですが」


 俺の言葉に、オルさんの方を振り返るバヨネッタさん。


「ハルアキくんの言う通りです。会社にとって王様は出資者であり、社長はその下で働く大臣と言ったところでしょうか」


「ふ〜ん」とバヨネッタさんは頷き、腰に手を当て、もう一度俺を見定める。


「それで? あなたの会社の王様は誰なのかしら?」


「…………俺です」


 目を逸してもバヨネッタさんの視線が追い掛けてくる。クドウ商会は、サリィの方も日本の方も、俺が百パーセント出資している。百パーセント俺資本の会社だ。


「あら? ハルアキが王様なら、私は神様か何かかしら?」


 にやりと口角を上げるバヨネッタさん。


「勘弁してくださいよ」


「何も乗っ取ろうって言う訳じゃないのよ? ちょっと口出しさせてくれれば良いのよ」


 口出し、ねえ。



「私がこのクドウ商会のトップ、バヨネッタよ。バヨネッタ様と呼ぶ事を許してあげるわ」


 そしてバヨネッタさんは日本のオフィスに来ていた。社員を全員集めて、誰がこの会社の頂点であるか知らしめている。オルドランド語が理解出来ないタカシ以外は、ただならぬ魔女の襲来に直立不動だ。


「ずいぶんレベルの低い人間ばかりね?」


 相変わらずズケズケ物を言う人だ。


「仕方ありませんよ。こっちの世界にはレベルシステムがありませんから。普通は誰も彼もレベル1です」


「ふ〜ん。レベルが高い人間も、スキルを持っていないのね? 持っているのは……一人だけ」


 とタカシの前で止まったバヨネッタさんは、いきなりタカシの両目に目潰しを食らわせた。


「何しているんですか!」


「ハルアキ。こいつ『魅了』のスキル持ちだわ」


「知ってますよ! 俺の友人ですから。話したでしょ? 俺と同じ天使の事故に巻き込まれたタカシですよ」


「ああ、こいつが。大丈夫なの?」


 俺を振り返ったバヨネッタさんは、真剣な目で俺を射貫いてきた。ちょっと前に洗脳の使い手に場を掻き回されたばかりだ。警戒するのも分かる。


「不安は分かります。俺も不安ですから。なので仕事中はオルさんに作って貰った、アンチスキルの指輪をして貰っています」


「ふ〜ん」とバヨネッタさんは、タカシの右手の指輪を見て納得してくれたようだ。


「分かったわ。どうせここでの事は口外出来なくなるのだから、さほど問題ないわ」


 ? どう言う事だろうか? と俺だけでなく、全員が不思議がっているところで、バヨネッタさんが社員全員の前に立って宣言した。


「これからあなたたちに『制約』の魔法を掛けるわ」


 は? この人はいきなり何を言っているんだ?


「この魔法によって、あなたたちはこの商会の詳細を、この仕事に関係のない他者に話す事が出来なくなる。何故か分かるわね?」


 社員一同に緊張が走る。それはそうだろう。皆、この商会が何の為に設立されたのか理解しているのだから。この商会の事は口外出来ない。だが人間だ。思わず口を滑らせる可能性だってある。その可能性を限りなく0に近付ける為の措置なのだろう。


 バヨネッタさんはぐるりと、社員一同をもう一度見回した。


「ふん。ここで逃げ出す人間はいないみたいね。まあ、その場合も『忘却』の魔法を掛けるだけだけど。ふふふ」


 魔女の含み笑いに、社員たちの肝が冷えていくのが見ていて分かる。何か、怖い思いさせてごめん。


「では今から『制約』の魔法を掛けるわ」


 こうして、タカシや七町さん、祖父江兄妹を含む社員全員に、『制約』の魔法が施されたのだった。こんなの日本の法律的にアウトな気もするが、未だ日本に魔法やスキルを規制する法律はない。なのでグレーと言ったところだろう。まあ、今回の件で、七町さんらから日本政府に働きかけて、新たな法律が成立する可能性はあるが。



「ただいま〜」


 バヨネッタさんに異世界にお帰り願い、俺が家に帰ってきたのは、夜八時を少し過ぎた時間だった。


「お帰りなさい。夕食は?」


「食べてない。食べる」


 俺はリビングのソファにドサッと座りながら母に応える。


 家族にはバイトを始めたと言ってある。クドウ商会と言う新たに出来た貿易会社で、雑務のバイトをしていると。経緯としては、学校にOBが講演にやって来た。そのOBは貿易会社を新たに立ち上げた社長で、その社長の言葉に感銘を受けた俺は、その会社で働く事を直談判した。そして同じクドウと言う名字であった縁で、その社長に雑務のバイトとして迎え入れられた。と言う設定だ。


「お疲れ様」


 ダイニングのテーブルに、温め直された野菜炒めや味噌汁、ご飯が並べられたところで、手洗いうがいを済ませて席に着く。


「いただきます」


 と食べ始めたところで、カナが部屋から出てきて俺の前の席に座った。


「おかえり。いきなりバイトとか、どう言う風の吹き回し?」


 何に対して探りを入れてきているのか分からんが、妹とは時たまこう言う事を口にする生き物だ。


「面白そうだと思ったんだよ。あと単純にゲームやる金がなくなった」


「ふ〜ん。ゲームってあの海外のゲーム? あれ、まだやってたんだ?」


「悪いかよ?」


「悪くはないけど。お兄ちゃんがそこまでハマるとはねえ」


 まあ、ここまできたらシガラミみたいなものだな。


「ねえ? バイトってどんな事してるの?」


 来たよ。絶対この質問されると思ってた。


「やっている事は資料のコピーとか、社員が見付けてきた新商品を、会議室であれこれ試してみたり、海外のサイトを巡って、新たな輸入品になりそうな品物を探したり、そんな感じだよ」


「へえ。何かちょっと面白そう」


 と興味を持つカナ。


「いやあ、中々難しいよ。今、俺の入っているチームが担当しているの、女性向け商品のチームだから。良く分かんねえ」


「あっはっは。それは大変だねえ」


 他人事だと思って笑っていやがる。


「そうだ。金を稼ぐのは大変なんだよ」


 俺の言葉に、ダイニングの席に座る母も、ミデンを撫でながらテレビを見ている父も頷いていた。


「まあ良いや。バイト代入ったら、何か奢ってね」


 とカナは冷蔵庫からアイスを取り出し部屋に戻っていく。


「奢る訳ないだろ」


 そんな俺の言葉も、カナには響いていないようだった。

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