第44話 着港

 ダァン! ダァン!


 金と銀のリボルバーから発射された銃弾を、半身になったりしゃがんだりしながら躱す。


 俺の右手には剣、左手には丸盾が握られている。いずれもアニンが変化したものだ。


 ダァン!


 更に一発の銃弾が、俺の顔面目掛けて撃ち込まれる。それを左手の盾で逸らす。逸らすのが肝要なのだ。


 バヨネッタさんの魔弾は、大盾にしたアニンであれば、防ぐ事が出来る。まあ、かなりの衝撃で手が痺れるが。


 それならば大盾で全ての銃弾を防げば良いだろうと思うかも知れないが、それをさせないのがバヨネッタさんだ。


 俺とバヨネッタさんは周囲に銃弾の被害が出ないように、結界に囲われている。バヨネッタさんは大盾を持った俺を狙うのではなく、その結界に銃弾を当てる事で跳弾させてこっちを狙って来るようになったのだ。


 大盾は強度は高いが、反面その大きさの為に持ち回しが大変だ。それを突いてのあらぬ方向からの攻撃に、俺は早々に大盾での防御を捨てた。


 代わりに片手で扱える丸盾に変更したのだが、丸盾では、と言うか片手では銃弾の威力を御し切れないのだ。


 だから逸らす。銃弾に対して面で迎え撃つのではなく、盾を斜めに構える事で銃弾を横へ受け流すイメージだ。防御に関してはこれが奏功した。それでも手腕への衝撃は相当なものだが。


 今までは銃弾に対して避ける以外に選択肢がなかったのだが、盾で逸らすと言う選択肢が増えた事で、俺の行動制限が薄まった。バヨネッタさんと対峙しても、じりじりと近付いていけるようになったのだ。


 攻撃も出来るようになってきた。と言っても、向こうが十回二十回銃弾を撃ち込んでくるのに対して、一回反撃出来るのが精々だが。


 とは言えアニンの黒剣が刃の波動を飛ばせて良かった。でなければ俺はもっと近接戦闘を強いられ、遠距離型のバヨネッタさんに攻撃が届く事は永遠になかっただろう。


 まあ、反撃するとその反撃が数倍になって返ってくるのだが。



「今日はここまでにしましょう」


「はあ……、はあ……、ありがとうございました」


 疲れた。が今日はマシだったんじゃなかろうか? 昨日一昨日よりも短時間で終わった気がする。と思っていると、


「お疲れ様」


 とオルさんが話し掛けてきた。


「あ、はい」


 珍しい。昨日も一昨日も甲板には顔を出さなかったのに。


「バヨネッタ様もハルアキくんも、そろそろ上陸のようですよ」


 そう言われてハッとする。そうか、もう十日の船旅が終わったのか。オルさんの向こうに広がる陸地を見遣れば、カラフルな町並みの港町の更に奥に、どれ程高いのか分からない山脈が果てしなく、俺の視界を占めていた。左右に首を振っても、どこまでも山が連なっている。


「カッツェル国の大半を占めるガイトー山脈よ」


 とバヨネッタさんが教えてくれた。ガイトー山脈。モーハルドに行くにはあの山脈を越えなければならないのか。また大変な旅になりそうだ。



「おお! 可愛い!」


 それがカッツェルの港町ムシタに対する俺の印象だった。


 ムシタは坂の町で、その坂を埋めるようにパステルカラーの家々が建ち並んでいる。なんであんなカラフルな町並みになっているのだろうか?


「ムシタは元々漁師町なんだけど、漁師たちが漁から帰ってきた時に、どの家が自分の家か一目瞭然にする為に、あのように色分けし始めたようだよ」


 係留中の船の上、可愛い町並みを眺める俺に、オルさんが教えてくれた。町にも歴史ありだな。


 錨を降ろし係留も終わり、下船が始まる。桟橋から架けられた橋を乗客たちが続々と下船していく。ここでもちょっと小競り合いがあったりするので、治安に不安を感じるところだ。


「あの人たち、ケンカしないと生きていられないんですかね?」


 そんな事を俺が口にしたら、三人からクスリと笑われてしまった。


 俺たちもそんな乗客たちに倣って下船する。久しぶりに地上に降りると、何だか地面が揺れている気がした。長い船旅の後では良くある錯覚だそうだ。


 下船した船客たちは、そのまま税関のある建物に入っていき入国審査をする。


 地球であれば空港の税関ではパスポートと申告用の用紙が必須であるが、こっちではそんな事はない。何せ個人個人が空間庫を所持しているのだから、何をどう申告すればよいのやら。なのだろう。


 その代わり、商人ギルドのギルドカードを見せたうえで、魔道具であろう鏡板に手を当てさせられ、その上で色々質問をされるのだ。どうやらこの鏡板は嘘発見器のような物のようだ。


「この国には何をしに?」


「旅行です」


「旅行? あなたが呈示したのは商人ギルドのカードですよね?」


 そうだった。入国審査官の人が訝しんでいる。


「ま、間違えました。行商です。商売しながら旅をしています」


 鏡板の方を睨む入国審査官。鏡板が少し光っている。それを見て唸りながら何か考えている入国審査官。


「この国は初めてですか?」


「はい」


 今度は鏡板に反応なし。それを見ながらまた入国審査官が唸っている。うう、めっちゃドキドキする。


「行商と言いましたが、目的地は? ルートは?」


 目的地? ルート? カッツェルのって事? 知らないよ。オルさんに聞いてくれ。出来ないけど。ああ、俺、入国審査で初手を間違えたな。


「ええと、この国を越えてモーハルドに行きたいんですけど、どのルートが良いですかね?」


 逆に聞いてしまった。入国審査官が怪訝な顔をしている。


「いや、私も良くは知らないが、山越えをするよりは、北や南に迂回するのが一般的だな」


 まさか答えてくれるとは。良い人だなこの入国審査官。


「そうなんですね! 参考にさせて貰います!」


 笑顔で返事をする俺。それが奏功したのだろうか、破顔する入国審査官から、


「もう結構です。入国税を払って先に進んでください」


 とのお達し。俺は何とか入国審査を切り抜けたのだった。



「長かったわね」


 税関を出てきた俺を、バヨネッタさん、オルさん、アンリさんが待ち兼ねていた。


「逆になんで三人はそんなに早く税関通れたんですか?」


「僕のカードは各国の貴族や官吏が使用する要人用の代物だからね。税関や入国審査はフリーパスなんだよ。アンリは僕の使用人だから身内枠で彼女もフリー」


 なんだそれ!? ズルい!


「バヨネッタさんは?」


 俺が尋ねると無言で黄金のカードを見せてくれた。どこか自慢そうだ。何だあれ?


「あれも各国政府から認められた要人に与えられる特別なカードだよ」


 オルさんが俺に耳打ちして教えてくれた。成程。自慢気なのはカードが黄金だからだろうか。


 何であれ俺たちは無事に税関を切り抜けたのだった。


「とりあえず今日は宿に泊まりません?」


 疲れた。バヨネッタさんとの特訓もあったし、何より入国審査にドッと精神を削られた。

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