第45話 焼きそば

 ベッドにて微睡まどろむ。やはり家のベッドは寝心地が良い。船のベッドも船室のグレードが高かったから、寝心地は悪くなかったが、慣れたベッドの方が何とも言えない安心感があって、ぐっすり眠れると言うものだ。


「お兄ちゃん! もうお昼だよ! いつまで寝てるつもり!」


 だと言うのに。はあ。


 得てして現実の妹と言うのはうるさい生き物である。それが死にかけた船旅から、やっとの思いで地球に帰還した俺に対する態度だろうか?


 まあ恐らくはリビングでスマホをいじっていたところを、母に言われて嫌々俺を起こしにきたのだろう。


「聞いてるの!?」


「……うるさい」


「はあ!? こっちだってお母さんに言われてなきゃ呼びになんて来ないよ!」


 どうやら俺の推測は当たったらしい。しかし今日のカナは虫の居所が悪そうだ。


「何だよ、随分不機嫌だな?」


 俺はのそのそとベッドから這い上がりながらカナに尋ねる。


「お兄ちゃんには関係ない!」


「男にでも振られたか?」


「はあ?」


 うわっ、すっげえ冷たい目をされた。バヨネッタさんにだってそんな冷たい目をされた事ないぞ。


「…………私じゃなくてアオイだよ。振られたの」


 説明してくれるんだ。自分の中でモヤモヤを抱えきれなくなってたのかな?


「ああ、アオイちゃんか」


 アオイちゃんはカナの一番の親友だ。小学校高学年から仲良くしていて、うちにも良く遊びにきている。


「アオイの彼氏だった奴が、アオイと付き合ってるのに私にちょっかい掛けてきたの」


 何だと!? 命知らずな。


「それをアオイに言ったらケンカになって、しかもアオイ、彼氏にそれが原因で振られたみたいで、…………私のせいだって」


 それは中々キツいシチュエーションだな。軽率にからかってはいけなかった。


「でも、カナはアオイちゃんと仲直りしたいんだろ?」


 頷くカナ。


「なら直ぐ様DMなり電話するなり、直接会うなりしろ。もしかしたら、俺みたいにもう会えなくなるかも知れないんだから」


 俺の言葉にカナは泣きそうになりながら頷き、すぐにスマホをいじり始めた。タカシとは今でも会えているが、他の四人とはあの事故以来だ。人間、いつ身近な人と会えなくなるか分からない。人間関係に後悔は少ない方が良いだろう。


「アオイ、もう怒ってないって」


 アオイちゃんとDMのやり取りを終えたカナは、スッキリした顔をしていた。


「お昼ご飯食べ終わったら、会いに行ってくるね」


 にっこり笑うカナ。まあ、こんな日もあるだろう。


「二人とも何してるの? ご飯冷めるわよ」


 俺を呼びに行ったカナが戻ってこなかった為に、結局母が俺たちを呼びにきた。



 昼は焼きそばだった。焼きそばは良い。シンプルながらソースがきいてていくらでも食べられる味だ。塩味もまた良い。


 焼きそばには色々流派がある。


 例えば中に入れる具材。肉や野菜、海鮮など。入れる物に料理人の拘りが出る。母は豚こまで野菜は全て短冊切り。これが父になると、肉はベーコンで野菜は大きめのザク切りになる。ちなみに俺が作る時は、豚こまでピーマンが多めになる。焼きそばのピーマン美味しいよね?


 例えば上に載せるトッピング。紅生姜と青のりは定番だが、焼きうどんのように鰹節を載せる者や、マヨネーズやケチャップをかける者もいるだろう。ちなみに我が家は全員青のり派で、皆麺が見えなくなるくらい青のりを掛けて食べる。美味いは正義だ。


「全く、春休みだからって遊び過ぎじゃないの?」


 母に釘を刺された。まあ、そうだろう。母からしたら、友達の家に十日もゲーム合宿なんて馬鹿な事して帰ってきたら、昼まで寝ていたのだ。将来が不安になるってものだろう。


「四月から二年生になるのよ? ちょっとは勉強してるの?」


「まあ、それなりに」


 それなりだ。俺は家から近いと言う理由で今の学校を選んだのだ。うちの学校はそれ程偏差値は高くない。それなりに勉強していれば、それなりの成績が取れて、将来はそれなりの大学に進学する事になるのだろう。


「はあ。それなり、ねえ」


 母は納得していなさそうだ。


「春秋、将来何になるつもり?」


 心配になるのは分からんでもないが、高二で将来なりたいものを決めているやつの方が少ないだろう。


「そうだなあ。異世界調査隊にでも入ろうかなあ」


 二人に大笑いされてしまった。そこまで笑われる事か?


「お兄ちゃん、今や異世界調査隊は、世界トップの学者さんなんかが参加しているプロジェクトなんだよ? お兄ちゃんが入れる訳ないじゃん」


 うん。でも俺、その調査隊のトップの桂木翔真から直接スカウトされたんだけどね。まあ、断った話だ。ここで蒸し返す事もないか。


「そう言えばお兄ちゃんって、何のゲームやってるの?」


 うむ。一気に話が変わったな妹よ。


「この春休みはずーっと船の上にいたよ。流行り病に罹ったり、海賊に襲われたり、先輩の女性プレイヤーにしごかれたりな」


 嗚呼、大変な十日間だった。


「その女性プレイヤーってバヨネッタさん?」


「うぐっ、何故分かった?」


 食べていた焼きそばが喉に詰まり、むせそうになってしまった。


「何となく? 女の勘ってやつ?」


 何だその曖昧なの。カナも母もニヤニヤしやがって。


「じゃああのコスプレってそのゲームのやつなんだ?」


 ぐいぐいくるな妹よ。


「まあそうな。そのコスプレだよ。剣と魔法のファンタジー世界を旅するってコンセプトのゲーム」


「へえ」


 興味があるんだかないんだか、適当な相槌打ちやがって。


「何て名前のゲームなの?」


「海外のゲームだから、カナに言っても分かんねえよ」


「じゃあいいや」


 やっぱり興味ないなコイツ。


「バヨネッタさんは良いわよねえ。美人だし、どこか気品があるわ。またいつでも遊びに来て良いわよ。って言っておいて」


 とニコニコの母である。息子が女性を連れてきたのがそんなに嬉しかったのだろうか? でもなあ、バヨネッタさんかあ、何しでかすか分からないからあんまり連れてきたくないんだよなあ。でもニコニコ顔の母にそれは言い難い。


「まあ、そうね。機会があったらね」


 そうやって曖昧に濁す俺がいた。

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