第46話 ロバ? 馬? 馬車?

「ただいま戻りました」


 転移門を通り、俺は異世界に戻ってきた。場所は港町ムシタを一望出来る丘にある高そうなお宿だ。


「オルさんいないな」


 ツインの部屋を二部屋押さえ、旅支度が整うまでの定宿としている。部屋割りは船と一緒で、俺とオルさん、バヨネッタさんとアンリさんだ。


「風が気持ちいいなあ」


 部屋からベランダに出ると、町と海が一望出来る。町はカラフルで可愛らしく、海には何十隻もの船がたゆたっていた。シービューとは洒落ている。俺はベランダに設けられた椅子に座りながら、午後のアロッパ海を眺めていた。


「ああ、戻ったんだねハルアキくん」


 ボーッと海を眺めていたら、いつの間にかオルさんが部屋に戻ってきていた。


「ただいま戻りました」


 椅子に座ったまま会釈する。貴族に対して不敬かも知れないが、オルさんがそう言った事に頓着しない人なので助かる。


 オルさんは部屋を抜けてベランダまでやってくると、俺の隣の椅子に座った。俺は空間庫からコーラを取り出し、コップに注ぐと、オルさんに差し出しながら尋ねた。


「どこ行っていたんですか? オルさんが部屋にいないなんて珍しいですね?」


「僕だって用があれば外に出向くよ」


 確かにそれはそうなのだろうが、やはりオルさんには研究者のイメージが強く、部屋で本を読んでいるか、机で何かいじっている印象が強い。


「馬車を調達してきたんだよ」


「おお! 馬車!」


 この先は馬車で旅をするのか。


「自走車じゃないんですね?」


「それも考えたけどね。カッツェルは山国でアップダウンが激しいから、自走車には厳しいと車屋に言われてね。馬車にしたんだ」


 自走車がどれ程の性能なのか知らないが、この世界、生活圏を一歩出れば魔境と言っていい。当然道路は舗装されていないだろう。となればオフロード車が必要になってくるが、あれは地球でも高性能だし、絶対壊れないとは言えない。であれば馬車なのだろう。馬車の歴史は自走車よりも長いだろうし、悪路でも進める印象がある。


「見せて貰っても良いですか?」


 馬車なんて地球でも乗った事がない。是非見てみたい。



「良いよ」と言うオルさんに連れられて、俺は宿の馬車駐車場にやってきた。


 駐車場には、馬車から外された馬たちの馬房と、馬車だけが置かれている車庫が、左右に分かれて建てられていた。


「これが僕らの馬車を牽いてくれる、テヤンとジールだよ」


 まず二頭の馬を紹介された。…………馬? だろうか? 周りの馬に比べたら小さい気がする。いや、このくらいの馬なら他の馬房にもいるか。


 テヤンが黒毛でジールが栗毛だ。二頭とも大人しそうで、俺がビビりながら手を伸ばしても、素直に撫でさせてくれた。頭にぷくっと小さなコブのような角が二本あり、そこを触るとくすぐったそうにする。うん、道中仲良くやっていけそうだ。


 でもやっぱり少し小さい気がする。ロバ程ではないが、他の馬より一回り小さい。オルさんはお金持ちなのだし、もっと大きくてドーンとした馬を選ぶと勝手に想像していたな。


「ふふっ、チラチラ横の馬房の馬を見ているが、二頭が小さいのが気になるかい?」


 うっ、顔に出ていたか。


「山国ですし、アップダウンも激しいと言う事ですから、もっと大きくてどっしりした馬を選ぶかと」


 俺は顔がヒクヒクするのを感じながらも、素直な感想を述べる。


「ふふっ、だからこそのこの二頭なんだよ」


「だからこそ、ですか?」


「二頭はラバと言って、馬とロバをかけ合わせた種でね。山道などにはとても強い種なんだ」


 ラバ。聞いた事はあったけど、見たのは初めてだな。丈夫で賢いらしいけど、馬とロバと言う違う種のかけ合わせだから、繁殖能力はないとか。これがラバか。そう聞くとなんだか頼もしく見えてくる。



 続いて馬車を見せて貰った。車庫に納められている馬車は四輪のボックス型で、御者台の上には、雨避けのひさしも付いている。色のベースはウッドブラウンだが、全面に魔石インクで魔物除けの魔法陣が描かれていた。それが馬車の意匠のようで格好良い。


 後ろにある扉を開けて中を見せて貰う。左右にソファが備え付けられていた。肘置きも付いている豪華なやつだ。これならば四人で乗っても十分リラックスして馬車旅を満喫出来そうだ。


 中に入ってソファに座ってみた。座面に角度がついていてお尻が深く沈み込む。


「ソファはそのままベッドとしても使えるようになっているんだ。角度がついているのは座面から落ちないようにだね」


 成程。ん?


「あの、これだと二人しか寝られないんじゃ?」


 俺がそう尋ねると、オルさんは「そうだね」としか答えてくれなかった。ああこれ、俺は外で野宿のパターンか。一人用のテントと寝袋買わなきゃな。


「別にハルアキだけが外で寝る訳じゃないわよ」


 そこにバヨネッタさんがアンリさんを連れてやって来た。


「そうなんですか?」


「ええ。長旅だし、出来るだけ道中の町や村で宿をとるつもりだけど、ハルアキのせいで一度場所が定まると、五日はその場所を離れられないから、遊牧民なんかが使う大型のテントを建てるのよ」


 ああ、もしかしてモンゴルの遊牧民なんかが生活しているゲルみたいなあれかな。


「全く、従僕の都合に合わせてあげるなんて、私ってばなんて優しいのかしら」


 腰に手を当て胸を張るバヨネッタさん。それに対して、俺は乾いた笑いを返す事しか出来なかった。


 まあ何であれ、次の土日からカッツェルを馬車で旅する事になるようだ。

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