第43話 百面相

 船の甲板をランニング中。本日は晴天なり。潮風は心地好いです。


 ブンマオ病との闘病で失われた体力の回復の為、俺の身体が、身体を動かせと命令してくる。俺はそれに応える為、結構早いペースで甲板の外周を走り回っていた。


 俺みたいな身体を動かしたい勢と言うのは一定数いるらしく、甲板には、冒険者らしき人の姿がちらほら見られ、それぞれ武器の素振りをしたり、一対一で模擬戦をしたりしている。


「はあ、はあ、やっぱり体力落ちてるなあ」


 甲板を十五周したくらいで軽く息が上がってしまった。船に乗る前ならこの倍くらいは余裕だっただろうに。そう思いながら、俺は空間庫からタオルと水の入ったペットボトルを取り出し、汗を拭きながら水を飲み始めた。


 俺は航海に入ってから、食事は船で出される食事を食べていたが、水はペットボトルかアンリさんが水魔法で出してくれた水に限定していた。怖がり過ぎじゃないか? と思うかも知れないが、実は俺、ヌーサンス島で水にあたった事があったのだ。


 もちろん『回復』のスキルを取る前の話であり、いやあ、その日は一日何も出来なかったわあ。飲めるかなあ。と思ったんだけどねえ。あれは無理だ。いや、今ならいけるか? 回復もあるし、浄化も使えるし、ワンチャンあるんじゃね?


「相変わらずの百面相。一人なのに楽しそうねハルアキは」


 甲板で潮風にあたりながら休んでいると、バヨネッタさんが声を掛けてきた。


「どうしたんです?」


「私も暇だし、ちょっと従僕をいじめてあげようかと思ってね」


 嫌な事をサラッと言う人だな。


「それで? 何を百面相してたの? ワンチャンとか言っていたけど」


 声に出てたか。


「バヨネッタさん、真水って飲んだ事あります?」


 凄え嫌そうな顔をされた。 


「……飲んだ事がないと言えば嘘になるわね。でも例え飲むにしてもすぐそこで湧き出しているような清水や井戸の水よ。それも浄化の魔法を掛けてね。そこらの川や池の水をそのまま飲めば、お腹を壊すのは当然だもの」


「あ、やっぱりそうなるんですね」


「なるわよ。世の中で一番良いのは魔法の水だけど、これを使い続けるのはコストが掛かり過ぎるわ。なので次は煮沸した水。または浄化した水ね。真水をそのまま飲むなんてのは、余程水が綺麗な土地柄か、水が危険だと分かっていても飲まざるを得ないギリギリの状態の時だけよ。まさかハルアキ、真水を飲んだの?」


 睨まれた。俺は思わず目を逸らす。


「ベルム島の時の話ですよ。この船に乗ってからは持参したペットボトルの水か、アンリさんが水魔法で出してくれた水を飲んでいましたから」


「ペットボトルの水?」


 どうやら見知らぬ単語が出てきた事で、バヨネッタさんの興味を引いたようだ。


「これです」


 と言って俺は水のペットボトルを空間庫から取り出し、フタを開けてからバヨネッタさんに差し出す。


 バヨネッタさんは眉をしかめてそれを受け取り、俺とペットボトルを交互に見たが、俺が自身のペットボトルを口にしているのを見て、自らもペットボトルの水を口にした。


「え? 美味しい?」


「そうですか? 味なんてないと思いますが」


「いえ、美味しいわ。清水や雪解け水のように冷たく清涼で、苦味も酸味も砂のザラザラ感もない。私が今まで飲んできた水の中でもかなり上位に入るわよ!」


「はあ、ありがとうございます。まあ、金払って買うものですし、それなりに美味しいものなのかも知れません」


 俺の言葉に「これならば」とバヨネッタさんは得心していた。


「水って言えば、この船ではどういった水を使っているんですかねえ? 俺はこのペットボトルの水か、アンリさんの水魔法の水以外飲まないようにしているので」


「水師がいるんじゃない」


「水師……ですか?」


 知らない職業だ。


「こういった船での航海や、陸路で商隊を組んでの旅となると、大量に清潔な水が必要になってくるからね。旅の前にそれを集める専門の職業って言うのがいるのよ」


 へえ、そんな専門家が。このファンタジー世界、俺の知らない職業とかいっぱいあるんだろうなあ。


「じゃあ、この船の水も安全なんですね」


「どうかしら?」


 違うの?


「さっきも言ったけど、水にはランクがあるのよ。魔法の水、煮沸または浄化した水、清水、真水と言った具合にね。これだけの大型船だと、全てを魔法の水で賄うのは難しいわ。恐らく他の水も売買して安く上げてるんじゃないかしら。まあ、私たちが口にするような場面では真水は出てこないでしょうけど」


 成程なあ。水師は安く仕入れて高く売りたいし、船側も安く仕入れて儲けを出したい。いろんな思惑があるんだなあ。


「さ、それじゃやるわよ」


 と空になったペットボトルを俺に投げ返してくるバヨネッタさん。


「え? やる?」


「言ったでしょう? いじめてあげるって」


 そう言えばそんな事言っていたかも知れない。俺がそんな事を思いながら空間庫にペットボトルを仕舞っていると、俺とバヨネッタさんを囲うように、バヨネッタさんが結界が展開していく。おう、逃げ場なし。


「いったい何を……?」


 そう言ってバヨネッタさんを振り返ると、その両手には金と銀の二丁拳銃が握られていた。


 右手に金と魔石で装飾されたリボルバー、左手に銀と魔石で装飾されたリボルバー。リボルバーの形としてはピースメーカーといった感じの装飾銃だ。


「避けなさい」


 そう言ってバヨネッタさんはいきなり右手の金のリボルバーを俺に突き出し、撃鉄を起こす。


「は?」


 ダァンッ!


 うおっ!? 普通に撃ってきやがった!


「いきなり何するんですか!?」


 その一撃を躱してバヨネッタさんに尋ねる。


「あら、私は協力してあげているのよ」


 と言って今度は左手の銀のリボルバーを、俺に向けてぶっ放すバヨネッタさん。躱す俺。


「協力って何の!?」


「あなたのギフトはこの旅でとても有用よ。少しでも鍛えて、レベルを上げておくに越した事はないわ」


 そう言ってバヨネッタさんは、避ける俺目掛けて、ダァン! ダァン! と二丁拳銃をドンドン撃ってくる。それを俺は避け、躱し、潜り抜ける。


「相変わらずやるわね」


 言いながらもバヨネッタさんの俺を撃つ手は止まらない。ピースメーカーがシングルアクションだから対応出来ているが、ダブルアクションの銃で連射でもされようものなら、俺は蜂の巣になっているだろう。


『なんだ? そのシングルアクションやらダブルアクションやらとは?』


 アニン、こんな切羽詰まっている時に話し掛けてくるなよな。


『避けられているのだ。多少余裕はあろう』


 ぐっ。シングルアクションって言うのは、銃の後部にある撃鉄を起こして、引き金を引いて、と一回一回必要な動作をしないと銃弾を発射出来ない機構の銃の種類。ダブルアクションって言うのは、引き金を引いただけで連動して撃鉄が起こされ、銃弾を発射させられる銃の事だ。


 バヨネッタさんが持っているピースメーカーは、シングル・アクション・アーミーって言う銃の通称だから。あの銃はシングルアクションだと思いたい。


『必死だな』


 死にたくないからね!


 しかし銃弾が減らないし、排莢したり装填し直している様子もない。もう両方六発以上撃っているだろ!?


「魔弾か」


『だろうな』


 もう! 魔弾ズルい!


「ふふっ、良く避けるわね。良いのよ? 遠慮しないで私に攻撃仕掛けてきても」


 そう言われてもな。人に、ましてや女性に向けて攻撃を仕掛けた事なんてない。


 ダァン!


 などと言っている場合ではなさそうだ。


「アニン!」


『おう!』


 アニンを黒い剣へと変化させる。


「そう。やる気になったのね。なら私も、回転率を上げようかしら」


 え? と思った次の瞬間、


 ダァンダァンダァンダァン……!!


 連射してきた! 嘘だろ!? あのピースメーカーがダブルアクションだった訳じゃない。


 右の銃を撃つ間に、左の銃の撃鉄を起こし、左の銃を撃つ間に右の銃の撃鉄を起こす。そうやってシングルアクションに出来る間隙をなくし、バヨネッタさんは左右の銃によって連射してきたのだった。


 俺はそれを避け、躱し、潜り抜ける。右へ前転、左へ滑空、甲板を転がり、飛び跳ね、躱して躱して躱しまくる。近付いてアニンで一撃与えるなんて夢のまた夢。その場で踊らされるばかりで、一歩もバヨネッタさんに近付けなかった。



「ぜえ……、ぜえ……、ぜえ……」


 息が切れる。一時間は躱し続けたんじゃなかろうか。甲板に突っ伏し、身体がもう一ミリも動かせない。


「まあ、今日のところはここまでにしておいてあげるわ」


 そんな捨て台詞とともに、バヨネッタさんは結界を解いて去っていったのだった。まさに嵐のような人だ。ん? 今日のところは?


『まだまだ鍛えるつもりなんだろう』


 マジかー!?


『ご愁傷さま』

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